2016年07月13日

利益調整に関する財務指標に着目した信用リスク分析-「粉飾」に起因した企業倒産の予見は可能か?

金融研究部 金融調査室長・年金総合リサーチセンター兼任 福本 勇樹

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4――順序ロジットモデルを用いた倒産確率の推定

これまでの議論を土台に、Accruals Ratioの特徴を織り込んだ信用リスクモデルについて提案してみたい。Accruals Ratioがクロスセクションだけではなく時系列の特徴をもつことから、次のように、会計年度末t時点のAR Score(t)を過去5年間のAccruals Ratioの加重和として定義することにする。

 AR Score(t)= β(t)×Accruals Ratio(t)+β(t-1)×Accruals Ratio(t-1)
          +β(t-2)×Accruals Ratio(t-2) + β(t-3)×Accruals Ratio(t-3)
            + β(t-4)×Accruals Ratio(t-4)

先の考察から、係数 β(k) が正の数と考えると、倒産企業のAR Scoreは一定期間においてある水準よりも大きな値をとり続けるか、またはある水準よりも小さい値をとり続けることが多いことが想定される。また、非倒産企業のAR Scoreはある一定の幅に集中するはずである。その閾値を大きい方から順にTH_High、TH_Smallとする。次のように倒産確率(PD)を定義し、直近1年前をt時点として、最尤法により係数 β(k) と閾値(TH_HighとTH_Small)推定した結果が図表10と図表11である9

 PD = 1 – [ 1/{1 + exp(AR Score – THHigh )} - 1/{1 + exp(AR Score – THSmall )}]
図表10:B/S Based Accruals RatioのAR Scoreの推定結果/図表11:CF Based Accruals RatioのAR Scoreの推定結果
図表10より、B/S Based Accruals Ratioを使用した場合は、倒産する1年前(t時点)と5年前(t-4時点)のAccruals Ratioが最もAR Scoreによる判定に影響することがわかる。特に5年前のAccruals Ratioが倒産確率に大きく影響するのは興味深い。この点については、企業の資金調達の期間などが影響しているのかもしれない。また図表11より、CF Based Accruals Ratioを用いた場合は倒産する1年前(t時点)、2年前(t-1時点)、3年前(t-2時点)がAR Scoreでの判定に最も影響することがわかる。

次に、推定された倒産確率の分布(図表12、図表13)から倒産確率が80%を越えた企業の数を確認してみよう(図表14)。非倒産企業において倒産確率が80%を超えた企業はB/S BasedとCF Basedにおいてそれぞれ2社(1.9%)で、両方において80%を超えた企業はなかった。一方で、倒産企業で倒産確率が80%以上であったのは、B/S BasedとCF Basedそれぞれで48社(65.7%)と52社(71.2%)で、両方とも80%を超えたのは40社(54.8%)であった。特に2006年以降の倒産企業で見た場合に、B/S Basedでさらに説明力が高まることが分かる(65.7% ⇒ 78.1%)。

また、2005年以前の倒産企業におけるAR Scoreと2006年以降の倒産企業におけるAR Scoreの傾向についても確認しておこう(図表15、図表16)。2005年以前はAR Scoreが正であっても倒産確率が80%超える水準までAR Scoreが高まることはなかったが、2006年以降の倒産企業についてはAR Scoreが大きな数字になることで倒産確率が80%を超えるケースが格段に増えていることがわかる。つまり、このことは、特に2006年以降の企業倒産において、「粉飾」に限らず「過度な利益調整」であっても企業倒産の可能性を高めることを示しており、この場合においてもAR Scoreはうまく信用力の悪化を捕捉できている10。つまり、財務指標の数値はさほど悪く見えてなくても、水面下で企業の信用力が悪化していたようなケースが2006年以降に増えているものと思われる。一方でAR Scoreが負の数になった場合に倒産確率が高くなる傾向は2005年以前も2006年以降も変わらないことが分かる。

以上から、すべての倒産企業において説明可能ではないものの、特に2006年以降の倒産企業におけるAR Scoreの説明力や、非倒産企業においてB/S BasedとCF Basedの両方において80%を超えることがめったにないといった結果から、信用リスクの分析手法の一つとして活用できる可能性を秘めているものと考えられる。
図表12:倒産企業(左)と非倒産企業(右)のB/S Based AR Score(x)と倒産確率(y)の関
図表13:倒産企業(左)と非倒産企業(右)のCF Based AR Score(x)と倒産確率(y)の関係/図表14:倒産確率が80%を超える企業の割合/図表15:2005年以前と2006年以降の倒産企業におけるAR Scoreの傾向の違い
 
9 順序ロジットモデルによるパラメータの推定方法は、「信用リスク評価の数理モデル」(木島正明、小守林克哉 著)などを参照されたい。
10 「粉飾」による倒産事例として取り上げられることの多いアイ・エックス・アイやニイウスコーもこの方法で検知できてきる。一方で、一般的に「粉飾」による倒産事例に分類されない企業についても、B/S BasedとCF Basedの両方で倒産確率が80%を超えているものがあった。このことは、「粉飾とまでは言えない過度な利益調整」を行っていたと考えられる企業に関しても「信用力が悪化している」ものとして検知されていることを意味しており、この結果から「過度な利益調整は倒産確率を高める」と結論付けられるものと思料される。
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金融研究部   金融調査室長・年金総合リサーチセンター兼任

福本 勇樹 (ふくもと ゆうき)

研究・専門分野
金融・決済・価格評価

経歴
  • 【職歴】
     2005年4月 住友信託銀行株式会社(現 三井住友信託銀行株式会社)入社
     2014年9月 株式会社ニッセイ基礎研究所 入社
     2021年7月より現職

    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会検定会員
     ・経済産業省「キャッシュレスの普及加速に向けた基盤強化事業」における検討会委員(2022年)
     ・経済産業省 割賦販売小委員会委員(産業構造審議会臨時委員)(2023年)

    【著書】
     成城大学経済研究所 研究報告No.88
     『日本のキャッシュレス化の進展状況と金融リテラシーの影響』
      著者:ニッセイ基礎研究所 福本勇樹
      出版社:成城大学経済研究所
      発行年月:2020年02月

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