2016年07月13日

利益調整に関する財務指標に着目した信用リスク分析-「粉飾」に起因した企業倒産の予見は可能か?

金融研究部 金融調査室長・年金総合リサーチセンター兼任 福本 勇樹

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また、直近5年間のAccruals Ratio(前年比)に関する度数分布(図表6、図表7)を見ると、Accruals Ratioのとりうるデータ区間の範囲に大きな違いが見られる。非倒産企業はマイナスのAccruals Ratioになることはほとんどなく、また30%を超えることもほとんどない。一方で、倒産企業はAccruals Ratioが負の数になることも30%以上になることも恒常的に生じている。つまり、この結果から、Accruals Ratioが極端に大きな数字を取るか、または極端に小さな数字を取るかは倒産企業の特徴と非倒産企業の特性を区別する重要なポイントになりうることが示唆される。
図表6:倒産企業(左)と非倒産企業(右)におけるB/S Based Accruals Ratioの度数分布(5年間)/図表7:倒産企業(左)と非倒産企業(右)におけるCF Based Accruals Ratioの度数分布(5年間)
次に時系列の特徴を見てみたい。一般的に「会計発生高はゼロを中心に平均回帰する」と指摘されることが多い。会計発生高が大きい場合は、会計期末において現金回収よりも利益計上の方が早い取引があることを示しており、次の期に現金が問題なく回収できていれば6、翌年の会計発生高の数値は小さくなるはずだからである。よって、投資活動によるキャッシュフローを含めた財務指標であるAccruals Ratioにおいても同様に、多額の設備投資や企業買収等が継続的に行われない限り、大きな数値が計算された翌年にはあまり大きな数値にはならないものと考えられる。また、設備投資や企業買収等が行われる場合には、翌年以降の収益性の向上や、減価償却費やのれん償却/減損7等による費用認識の影響を受けて、最終的にAccruals Ratioは元の水準に回帰することも想定される。

図表8と図表9は倒産企業と非倒産企業のAccruals Ratio(前年比)の時系列推移を示したものである。この2つのグラフから倒産企業と非倒産企業ではAccruals Ratioの時系列推移の特性が異なることが分かる。非倒産企業のAccruals Ratioは、平均値があまり変化しておらず、標準偏差も小さいことから平均値の近辺を平均回帰している企業が多いものと解釈できる。一方で、倒産企業のAccruals Ratioは2005年以前とそれ以降で様相が異なっている。2005年以前の倒産企業におけるAccruals Ratioの平均値は単調減少しており、特に倒産する2~3年前からAccruals Ratioが一貫して負の数を取り続ける特性があったことが分かる。これは、2005年までの倒産企業は、業績悪化を伴いながら、総資産が倒産するまで単調減少することが多く、資産売却や減損等によるリストラクチャリングが伴うことが多かったためではないかと推測される。逆に、2006年以降の倒産企業では、倒産する2年前までAccruals Ratioが正の数を継続的に取り続け(しかもB/S Basedでは単調増加の傾向も見られる)、最終的に負の数になる傾向があることが分かる。この点については、おそらく、倒産する直前まで利益項目を大きくするような利益調整等で財務数値を良く見せることに成功していたが、資産化して後ろ倒しにしていた費用等を後々認識しなければならなくなって、最終的に利益調整を行ったとしても利益目標が到達できない状況下となり、大きくAccrual Ratioを毀損することになった企業が相対的に増加した状況が想定されるのではないかと思われる8
図表8:倒産企業と非倒産企業のB/S Based Accruals Ratioの時系列推移(平均値)/図表9:倒産企業と非倒産企業のCF Based Accruals Ratioの時系列推移(平均値)
これらの結果から、2006年以降の倒産企業において、米国企業に対してBeneishが指摘したのと同様に日本においても利益を大きく見せる利益調整と「粉飾」(に起因した企業倒産)がある程度相関している可能性が考えられる。また、「粉飾」とまでは言えないまでも「過度な利益調整」が最終的に企業の信用力を悪化させる方向に作用している可能性があることを示唆するものであろう。この点については次章以降で信用リスク管理モデルの観点から、定量的にさらなる分析を行ってみたい。

これまでのクロスセクションと時系列の考察から、倒産企業と非倒産企業のAccruals Ratioの性質は以下のようにまとめられる。
  • Accruals Ratioの絶対値が大きい場合、倒産確率が上昇する
  • Accruals Ratioが負の数または正の数を継続的に取り続けると、倒産確率が上昇する
 
6 現金が回収できないことが確定した場合であっても、遅かれ早かれ貸倒引当金を通じて費用認識されるため、最終的に会計発生高が小さくなる方向に作用することになる。
7 日本基準とは異なりUS GAAPやIFRSではのれんの償却は行われないが、減損の可能性は(会計処理に違いはあるものの)同様にある。
8 他にも、メインバンク制の変化や株式持合いの解消に伴って債権者や株主との関係に変化が生じたことや昨今の情報社会の発展などにより、2005年以前と比較して2006年以降の企業倒産において、信用力の悪化した企業に対する(資産のリストラ等に対する)猶予期間も短くなっているのかもしれない。
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金融研究部   金融調査室長・年金総合リサーチセンター兼任

福本 勇樹 (ふくもと ゆうき)

研究・専門分野
金融・決済・価格評価

経歴
  • 【職歴】
     2005年4月 住友信託銀行株式会社(現 三井住友信託銀行株式会社)入社
     2014年9月 株式会社ニッセイ基礎研究所 入社
     2021年7月より現職

    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会検定会員
     ・経済産業省「キャッシュレスの普及加速に向けた基盤強化事業」における検討会委員(2022年)
     ・経済産業省 割賦販売小委員会委員(産業構造審議会臨時委員)(2023年)

    【著書】
     成城大学経済研究所 研究報告No.88
     『日本のキャッシュレス化の進展状況と金融リテラシーの影響』
      著者:ニッセイ基礎研究所 福本勇樹
      出版社:成城大学経済研究所
      発行年月:2020年02月

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