2016年07月13日

利益調整に関する財務指標に着目した信用リスク分析-「粉飾」に起因した企業倒産の予見は可能か?

金融研究部 金融調査室長・年金総合リサーチセンター兼任 福本 勇樹

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3――日本におけるAccruals Ratioの特徴

1Accruals Ratioの計算
BeneishのM Scoreモデルのインプリケーションから、日本における企業による利益調整と企業倒産の関係について調査してみたい。具体的には、会計発生高(「当期利益(特別損益は含まない)-営業活動によるキャッシュフロー」)が大きい場合に不正会計の検出可能性が高まるとするM Scoreモデルの特性を生かし、企業の営業活動だけではなくAQI(固定資産(償却あり)の変化)やDEPI(減価償却費の変化)のような投資活動に関連した利益調整も含めた財務指標(Accruals Ratio)を用いて分析を試みる。Accruals Ratioについては様々な定義が存在しているが、本レポートでは次の2種類の比率をAccruals Ratioと定義してみたい4

一つ目は、財務活動を除く営業活動と投資活動に関する利益調整に関する財務指標として、下記のようにNOA(純営業資産:Net Operating Assets)を計算し、その増加率をAccruals Ratioとすることで、どの程度利益が増加する方向に調整されたのかを説明する(B/S Based Accruals Ratio)。このようにNOAを用いて数値の異常な変化を捉えることで、売上債権を活用した架空売買、固定資産等の購入による費用の資産化の影響等だけではなく、倒産企業においてよく見られる資産売却や減損によるリストラクチャリングの影響も考慮することが可能となる。

二つ目として、会計発生高に投資活動によるキャッシュフローを含めた直接的な数値がNOAに対してどの程度変化していたかについても分析対象とする(CF Based Accruals Ratio)。営業活動によるキャッシュフロー算定における間接法によるインプリケーションから、特別損益の影響を除けば、B/S Based Accruals RatioとCF Based Accruals Ratioはほぼ近しい数値になるものと考えられる。
図表1:Net Operating Assets(NOA)のイメージ
(1)B/S Based Accruals Ratio
 B/S Based Accruals Ratio (t) = [NOA(t) - NOA(t-1)]/[(NOA(t) + NOA(t-1))/2]
ここで、
 NOA(t) = ([総資産](t) - [現金及び現金同等物](t) - [短期投資](t))
                  - ([負債総額](t) - [短期借入金](t) - [長期借入金](t))

(2)CF Based Accruals Ratio
 CF Based Accruals Ratio (t) = [NI(t) - CFO(t) - CFI(t)] /[(NOA(t) + NOA(t-1))/2]
ここで
 NI(t): 当期利益(特別損益は含まない)
 CFO(t): 営業活動によるキャッシュフロー
 CFI(t): 投資活動によるキャッシュフロー
 
 
4 本レポートでは、これらの指標を計算する際に、会計制度の変更、米国基準やIFRSを用いることによる会計差異については補正することなく、データソースにより取得された数値をそのまま用いて計算している。
2日本の倒産企業と非倒産企業のAccruals Ratioに見られる差異
上記のAccruals Ratioの定義式に基づいて、日本企業に適用した結果について報告する。日本の倒産企業と非倒産企業について、以下の基準で財務データの収集を行った。

(1)倒産企業(73社)
  • 「全国企業倒産集計2015年8月報(帝国データバンク)」に掲載されている「2000年以降の上場企業倒産①②」において、東証一部・二部に上場していたもの(金融機関を除く)5
  • Bloombergにおいて、倒産までの直近6年間について財務データの取得が可能なもの(ただし、連結データと単体データがあるものについては連結データを優先する)。
     
(2)非倒産企業(106社)
  • 2015年8月末基準で、A格以上の発行体格付けが付与されているもの。ただし、S&P、Moody's Fitch、R&I、JCRの順に発行体格付けを選択する(金融機関を除く)。
  • Bloombergにて発行体格付けのデータが取得可能なもので、かつ直近6年間について財務データの取得が可能なもの(ただし、連結データと単体データがあるものについては連結データを優先する)。

上記のサンプルにおいて、直近5年間についてAccruals Ratio(前年比)の平均、標準偏差、最大、最小、範囲を計算した結果が図表2~図表5である。倒産企業と非倒産企業との間で標準偏差の水準が大きく異なっているのが特徴的である。倒産企業のAccrual Ratioの標準偏差は各年度において30%~60%の数値を取るが、非倒産企業のAccruals Ratioの標準偏差は6%~11%の間にある。これは、倒産企業において利益調整、つまり不正会計の兆候が疑われる財務項目の変化が非倒産企業のそれに比べて非常に大きいことを示している。一般に、財務諸表の数値が大きく変化する場合は、当該企業のビジネスリスクが大きいことが想定されるので、直感的にもこの結果は妥当であろう。
図表2:倒産企業の倒産までの直近5年間におけるB/S Based Accruals Ratio/図表3:非倒産企業の直近5年間におけるB/S Based Accruals Ratio/図表4:倒産企業の倒産までの直近5年間におけるCF Based Accruals Ratio/図表5:非倒産企業の直近5年間におけるCF Based Accruals Ratio
 
5 粉飾事件事例として指摘されることのあるアイ・エックス・アイやニイウスコーなどがこのサンプルの中に含まれる(ただし、粉飾等が発覚した後に会計数値が修正されている場合は、修正後の財務データを使用している)。一方で、一般的に日本において重要な粉飾事件として取り上げられることの多い山一證券、カネボウ、日興コーディアル証券、ライブドアなどは、この標本抽出方法では倒産企業のサンプルに含まれず分析対象とはならないことに留意されたい。
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