2016年07月11日

ギリシャ危機2015-緊迫の3週間を振り返る

経済研究部 常務理事 伊藤 さゆり

このレポートの関連カテゴリ

文字サイズ

ユーロ圏からの離脱の可能性を含むギリシャ支援合意~債務負担軽減のあり方を巡る調整が今後の焦点~

( ギリシャが支援再開の条件をクリア、当面のデフォルトとユーロ離脱は回避へ )
15年7月12日に開催されたユーロ圏首脳会議は、17時間にわたる協議の末、3年間で最大860億ユーロの第3次支援を行うことで合意した。15日には、欧州安定メカニズム(ESM)の支援手続き開始の条件とされたギリシャ議会(議席数:300)での付加価値税の増税や年金改革等の法案が229票の賛成により成立したことで、フランスやドイツなどの議会での支援手続きが始動、ECBもELAの上限を向こう1週間で9億ユーロ引き上げるなど支援の動きが加速している。ESM支援の正式な始動には数週間を要するため、7月20日予定されるECBが保有する国債の償還や、国際通貨基金(IMF)への延滞の早期解消のためにEUから「つなぎ融資」が実施される見通しだ。20日には、先月29日から休業が続いた銀行も一部営業を再開できる見通しとなりつつある(図表1)。
図表1 第3次支援合意後の流れと当面のスケジュール
支援協議がまとまらないまま、ECBへの国債償還が出来ず、これを受けてECBがELAを停止、ギリシャ政府が政府借用証書(IOU)を発行せざるを得なくなる、「無秩序なデフォルト、銀行システムの崩壊、事実上のユーロ離脱」というシナリオはとりあえず回避された(図表2)。
図表2 改革関連法案審議結果によるシナリオ
( ドイツが迫った「厳しい条件付きの支援」か「一時的なユーロ離脱」かの選択 )
12日の首脳会議は、6月までと違う雰囲気で開催された。ギリシャ支援に参加する多くのユーロ圏の国々は、5カ月にわたる協議の末に、EUの提案に「NO」を突きつける国民投票を実施したチプラス政権に不信感を強めた。欧州委員会のユンケル委員長は、「ギリシャのユーロ離脱の詳細なシナリオを準備している」と語り、ドイツの財務省は「厳しい条件付きの支援」か「一時的なユーロ離脱」という選択肢を用意、決断を迫ったとされる

各種の報道によれば、ドイツが用意した「一時的なユーロの離脱」は、最低5年など一定の期間、ユーロ圏から離脱し、その間に本格的な債務再編と競争力の調整を進めるものとされる。EUの加盟国として、EUから経済成長のための支援や人道支援は受けることができる。混乱した状態のまま、偶発的にユーロ圏から切り離されることは望ましくないが、EUの支援を受けながら秩序立った形で一時的に離脱するのは好ましいようにも見える。

ギリシャのデフォルトやユーロ離脱が、市場を通じて拡大するリスクは、民間が保有するギリシャ向けの債権の残高が削減されているため、2010年、12年に比べて小さくなっている。ユーロ圏内の他国への財政危機の飛び火も、ギリシャの離脱が避けられない状況になれば、ECBが全力で阻止するだろう。

こうした変化が、政策当局者が「ユーロ離脱」という選択肢についてタブー視しなくなった背景にあるのだろう。
 
( ユーロ残留を望み、厳しい条件を受け入れたギリシャ )
ユーロ圏から離脱国が出ることが市場の混乱を引き起こさないとしても、「いったん導入したら離脱できない」ユーロの前提が崩れることが、単一通貨から、本来得られるはずのベネフィットを大きく制限し、存在意義を低下させるおそれはある

例えば、ギリシャほどではないにせよ、過剰債務や低い競争力という問題がある南欧の国々の資金調達の条件は、急激で大規模ではないとしても、離脱がない場合に比べて、やはり不利になるのではないか。世界金融危機以降、単一通貨圏内の銀行市場では信用リスクの高まりを背景に分断が生じたが、1カ国でも離脱国が出れば、解消しないままとなるおそれもある。これらはユーロ圏経済の成長を抑制する要因となる。欧州統合の中核的プロジェクトであるユーロが痛手を負えば、EUも傷つく。

今回の首脳会議では、ドイツの「一時的離脱案」に、フランス、イタリアなどは反対したとされる。何よりも、当事国のギリシャ政府が、ユーロ圏への残留を望み、厳しい条件を受け入れたことで、支援継続で落ち着いた

債務危機の後、ギリシャの生産・雇用水準の落ち込みはとりわけ厳しく、失業の長期化、貧困の増大など社会的危機の様相を呈している。こうしたギリシャ経済の現状を考えれば、本来、支援の条件は、ギリシャ政府と支援機関側の双方が譲歩する形で合意することが望まれた。しかし、国民投票を巡る混乱もあり、ギリシャ政府への不信感を一段と強めた債権者側と、ユーロ離脱を回避、銀行の営業停止を少しでも早く解除したいギリシャ政府との力関係で、ほぼ全面的にギリシャが譲歩する形になってしまった
Xでシェアする Facebookでシェアする

このレポートの関連カテゴリ

経済研究部   常務理事

伊藤 さゆり (いとう さゆり)

研究・専門分野
欧州の政策、国際経済・金融

経歴
  • ・ 1987年 日本興業銀行入行
    ・ 2001年 ニッセイ基礎研究所入社
    ・ 2023年7月から現職

    ・ 2011~2012年度 二松学舎大学非常勤講師
    ・ 2011~2013年度 獨協大学非常勤講師
    ・ 2015年度~ 早稲田大学商学学術院非常勤講師
    ・ 2017年度~ 日本EU学会理事
    ・ 2017年度~ 日本経済団体連合会21世紀政策研究所研究委員
    ・ 2020~2022年度 日本国際フォーラム「米中覇権競争とインド太平洋地経学」、
               「欧州政策パネル」メンバー
    ・ 2022年度~ Discuss Japan編集委員
    ・ 2023年11月~ ジェトロ情報媒体に対する外部評価委員会委員
    ・ 2023年11月~ 経済産業省 産業構造審議会 経済産業政策新機軸部会 委員

公式SNSアカウント

新着レポートを随時お届け!
日々の情報収集にぜひご活用ください。

週間アクセスランキング

レポート紹介

【ギリシャ危機2015-緊迫の3週間を振り返る】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

ギリシャ危機2015-緊迫の3週間を振り返るのレポート Topへ