2016年07月11日

ギリシャ危機2015-緊迫の3週間を振り返る

経済研究部 常務理事 伊藤 さゆり

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( それでは、なぜ協議は平行線を辿ってきたのか? )
双方ともに支援交渉の決裂が望ましくないのであれば、なぜ、協議に、これだけの時間を費やすことになったのだろうか。

チプラス政権は、支援の見返りに強制された行過ぎた財政緊縮や改革の軌道修正、債務負担の軽減を公約に掲げて総選挙に勝利し、発足した政権であり、交渉を引き延ばすインセンティブがあった。協議の争点の1つとなってきた年金分野では、ギリシャは、2010年以降、支給開始年齢の引き上げ(2012年11月、満額受給の場合;65歳→67歳)、満額受給に必要な積立期間の延長(2010年7月、37年→40年)、早期退職年齢の引き上げ(2011年から53歳→60歳)などの改革を行ってきた。一連の改革で、年金の給付の水準が大きく引き下げられ、貧困ラインを下回る水準の年金受給者が4割強を占めるとされている。チプラス政権は年金改革を超えてはならないレッドラインの一つと位置づけた。政権基盤固めには、支援機関と戦う姿勢を示すことが必要とされ、急進左派連合(SYRIZA)内の強硬派や連立パートナー「独立ギリシャ人」が安易な妥協を阻んだ。各種の世論調査では、SYRIZAは、最大野党のNDを大きく引き離し続けており、チプラス政権の瀬戸際戦術は、ある面では功を奏してきたようだ。

他方、ギリシャを支援してきたユーロ参加国の政府は、フランスやイタリアなどの大国も含めて「行過ぎた財政緊縮は却ってマイナス」という思いを共有する国は少なくないが、ギリシャの要求を許容できる範囲にも限界がある。ギリシャの年金制度を他国と比較すると、改革後も手厚すぎるように映る。年金支出のGDP比は、2012年時点で17.5%とユーロ圏で最も高かった(図表1)。改革により年金の支給開始年齢は多くの国と並ぶようになったが、早期退職制度の影響もあり、男性の実効退職年齢は61.9歳でOECD平均の64.2歳を大きく下回る(図表2)。これらのデータは、他国に比べて、ギリシャの名目GDPの落ち込み度が大きく、高齢化が進展し、雇用情勢が厳しい結果でもあり、一概に「年金の手厚さ」を示すものとは言えない。しかし、支援国の国民から見れば、「他国の国民がより長く働き、ギリシャの年金生活者を支える」構図に映る。

債務負担の軽減にも異論がある。ギリシャ政府債務残高の名目GDP比の水準は突出して高いが(図表3)、ユーロ圏からの支援は、アイルランドやポルトガルよりも返済猶予の期間が長く、平均償還期間は31.14年と、アイルランド、ポルトガルの20.8年よりも10年以上長い。支援金の金利も低く抑えられているため、一般政府の利払い費の名目GDP比は、ポルトガル、イタリア、アイルランドなどよりも低い(図表4)。ユーロ圏からの支援金の元本を削減する債務の再編は、救済を禁じたEU基本条約違反であり、極めて困難だ。一層の利払い負担の軽減も、財政健全化の目標をなんとか達成し、自力で調達する国々とのバランスを考えると限界がある
図表1 年金支出の対GDP比(2012年)/図表2 年金支給開始年齢と実効退職年齢/図表3 政府債務残高の対名目GDP比(2014年)/図表4 一般政府利払いの対名目GDP比(2014年)
( 改革プログラムで週内合意成立でも多くのハードルが残る )
今週中にも「改革プログラム」で合意すれば、とりあえず最悪のシナリオは回避される。

だが、ギリシャの資金繰りには7月以降も多くのハードルがある。支援機関との合意が、これらのハードルをカバーする内容なのかどうか見極める必要がある。

当面の問題として、6月末に迫るIMFへの返済資金を捻出するかがある。72億ユーロの支援金の受け取りには、合意した改革について、ギリシャ議会での法案の成立と、これを受けた支援国側の議会承認が必要となるが、合意自体が遅れたために、6月末までにこれらのプロセスを終えることは難しいと見られる。「改革プログラム」に関するギリシャ国内の議決が滞れば、さらに遅延する可能性もある。当面のつなぎとして、(1)ギリシャの銀行が主たる引き受け手となっている短期国債の発行枠の引き上げ、(2)ユーログループの管理下にあるギリシャの銀行増資のための基金(109億ユーロ)の流用、(3)プログラムの完了時にギリシャへの返済が予定されているECBのギリシャ国債購入からの利益(19億ユーロ)の活用などの選択肢が浮上しているが、最終的にどのような形で決着するのかは未だ見えない。

72億ユーロの支援金を受け取り、第二次支援プログラムが終了した後のギリシャ支援体制の青写真が、6月末までの合意に、どこまで盛り込まれるかにも注目したい。
いずれにせよ、最も重要な点は、「改革プログラム」が、全体として、ギリシャ経済の再生とユーロ圏に残留する可能性を高めることにつながるかどうかだ。
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経済研究部   常務理事

伊藤 さゆり (いとう さゆり)

研究・専門分野
欧州の政策、国際経済・金融

経歴
  • ・ 1987年 日本興業銀行入行
    ・ 2001年 ニッセイ基礎研究所入社
    ・ 2023年7月から現職

    ・ 2011~2012年度 二松学舎大学非常勤講師
    ・ 2011~2013年度 獨協大学非常勤講師
    ・ 2015年度~ 早稲田大学商学学術院非常勤講師
    ・ 2017年度~ 日本EU学会理事
    ・ 2017年度~ 日本経済団体連合会21世紀政策研究所研究委員
    ・ 2020~2022年度 日本国際フォーラム「米中覇権競争とインド太平洋地経学」、
               「欧州政策パネル」メンバー
    ・ 2022年度~ Discuss Japan編集委員
    ・ 2023年11月~ ジェトロ情報媒体に対する外部評価委員会委員
    ・ 2023年11月~ 経済産業省 産業構造審議会 経済産業政策新機軸部会 委員

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