2016年07月11日

ギリシャ危機2015-緊迫の3週間を振り返る

経済研究部 常務理事 伊藤 さゆり

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ギリシャ新提案で交渉決裂は回避:6月22日ユーログループ、ユーロサミット

15年6月22日のユーロ圏財務相会合(ユーログループ)、ユーロ圏臨時首脳会合(ユーロサミット)は、前日のギリシャ政府による新たな「改革プログラム」の提示を受けて、無秩序な債務不履行(デフォルト)、ユーロ離脱に発展しかねない交渉の決裂を回避した。

48時間で支援機関が新提案を精査、欧州時間の24日夜にユーログループの会合を開催、EUの定例首脳会議が予定される25日朝に最終承認を目指す。支援交渉の完全な決裂は、ギリシャにとってもユーロ圏にとっても政治的な失敗であり、土壇場での合意が期待される。

合意が成立すれば、とりあえず最悪のシナリオは回避されるが、7月以降も多くのハードルがある。IMF返済資金の捻出方法、72億ユーロの支援実行後の支援体制、改革プログラムがギリシャ経済の再生とユーロ圏に残留する可能性を高める内容かどうかなど見極めが必要だ。
 
( 交渉決裂は回避も、決定は24日~25日に先送り )
15年6月22日、ユーロ圏財務相会合(ユーログループ)とユーロ圏臨時首脳会議(ユーログループ)が開催された。22日の会合は、18日の定例のユーログループの会合でのギリシャ支援問題を巡る協議が物別れに終わったことを受けて設定された。凍結されてきた第二次支援プログラムの残金72億ユーロの支援は6月末に失効する。同じく6月末を期限とする国際通貨基金(IMF)への15.4億ユーロの返済の不履行(デフォルト)を回避するための最後の機会と位置づけられた。

結果として、22日の会合を前に、ギリシャ政府が21日に新たな「改革プログラム」を提示したことで、「無秩序なデフォルトとユーロ離脱」という最悪のシナリオに発展しかねない「支援交渉の完全な決裂」はとりあえず回避された。

ギリシャの新提案は、支援機関との間で争点となってきた年金改革については早期退職制度見直し、付加価値税についても、軽減税率見直しなどが盛り込まれたとされ、概ね好意的に受け止められた。ユーログループのデイセルブルム議長も、ギリシャ政府の新提案は「幅広く包括的」で「合意の土台となる可能性がある」と評し、首脳会議議長のトゥスクEU大統領も「前向きな一歩」と述べた。IMFのラガルド専務理事も「より詳細になった」としている。慎重ながらも、18日の会合後の極めて悲観的な空気は和らいだように感じる

しかしながら、ギリシャの新提案を精査する時間が必要との理由から、支援実行の可否や期間延長などに関わる具体的な決定は見送った。48時間で支援機関が新提案を精査、欧州時間の24日夜に臨時のユーログループを開催して、合意を目指し、定例のEU首脳会議が予定される25日朝の最終承認が新たな目標となった。 
 
( 合意不成立ならどうなるか? )
18日の段階で、IMFのラガルド専務理事は、ギリシャ政府が6月末に返済しなかった場合、猶予期間や返済延期の期間は設けず、デフォルトと見なすとの立場を示している。

IMFへのデフォルトは、民間投資家が損失を被る国債のデフォルトとは異なるが、その後の国債の償還の可能性が低下することで、ギリシャ国債を担保とするギリシャの銀行の資金調達は更に厳しくなる。7月10日、17日に償還を予定している短期国債の引き受け手は主にギリシャの銀行だが、7月14日には117億円のサムライ債の償還も予定されており、日本の投資家が影響を受ける可能性もある。

「デフォルト=ユーロ離脱」ではないが、期限内に合意が成立しなければ、ギリシャのユーロ圏の一員としての権利が制限され、その後もユーロ圏との関係改善が図られなければ、ユーロ離脱に近づくことになるだろう。欧州中央銀行(ECB)は、政権交代後、ギリシャ政府の改革プログラムの実行が不確かになったことを受けて、15年2月11日からギリシャ国債を適格担保から外し、ギリシャの銀行は定例オペに参加できなくなった。ギリシャ国債は、同年3月に始まった量的緩和による国債買い入れプログラムの対象からも外されている。その一方、ECBは、ギリシャ中央銀行が、市中銀行に一定の金額を上限として、緊急流動性支援(ELA)を行うことは認めてきた。22日もECBはELAの上限引き上げを決めたが、仮に、交渉が決裂し、支援プログラムからの離脱が「確定」すれば、7~8月に予定されるECBが保有する国債償還の目処も立たなくなり、ギリシャ国債を担保とするELAを制限あるいは停止せざるを得なくなるだろう。ELAは、預金流出が続くギリシャの銀行の命綱となってきた。支援交渉の決裂で預金流出が加速する一方、ELAが停止されれば、ギリシャの銀行システムは混乱に陥り、資本規制の導入は不可避になる
 
( 支援交渉決裂はギリシャ政府、ユーロ圏の双方にとって政治的な失敗 )
15年1月のチプラス政権発足後、ギリシャ政府と欧州連合(EU)・国際通貨基金(IMF)、欧州中央銀行(ECB)からなる支援機関との協議はおよそ5カ月にわたり、平行線を辿り続け、しばしば、『チキンゲーム』に例えられてきた。

しかし、支援交渉が完全に決裂し、ギリシャ政府がデフォルト、ユーロ離脱といった事態に発展することは、ギリシャにとってもユーロ圏にとっても政治的な失敗となる。このため極力回避する努力がなされると見られることが、土壇場での合意が期待される最大の理由だ

チプラス政権や政権を支持する国民は、財政緊縮策の緩和や債務負担の軽減は望んでいるが、「ユーロ離脱」は望んでいない。

ユーロ圏にとってもギリシャのデフォルトやユーロ離脱は大きなダメージとなる。金融市場の混乱や周辺国の財政危機の連鎖を引き起こすリスクは2012年までに比べて低下している。12年に民間保有の債務が再編され、欧州安定メカニズム(ESM)、ECBの国債買い入れプログラム(OMT)さらに量的緩和と、危機拡大を防ぐ防火壁も分厚くなっているからだ。それでも、どのような副作用があるか、完全に予測することは困難であり、ユーロという制度への信頼を維持する観点からも、離脱国を出すことは望ましくない。ギリシャ経済が大混乱に陥ることを承知の上で切り離すことはEUの連帯を傷つけ、地政学的なリスクを高める。ギリシャに対してこれまでに実行した支援金が返済される可能性が低下することは、支援に参加した各国政府にとって大きな問題になる。
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経済研究部   常務理事

伊藤 さゆり (いとう さゆり)

研究・専門分野
欧州の政策、国際経済・金融

経歴
  • ・ 1987年 日本興業銀行入行
    ・ 2001年 ニッセイ基礎研究所入社
    ・ 2023年7月から現職

    ・ 2011~2012年度 二松学舎大学非常勤講師
    ・ 2011~2013年度 獨協大学非常勤講師
    ・ 2015年度~ 早稲田大学商学学術院非常勤講師
    ・ 2017年度~ 日本EU学会理事
    ・ 2017年度~ 日本経済団体連合会21世紀政策研究所研究委員
    ・ 2020~2022年度 日本国際フォーラム「米中覇権競争とインド太平洋地経学」、
               「欧州政策パネル」メンバー
    ・ 2022年度~ Discuss Japan編集委員
    ・ 2023年11月~ ジェトロ情報媒体に対する外部評価委員会委員
    ・ 2023年11月~ 経済産業省 産業構造審議会 経済産業政策新機軸部会 委員

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