コラム
2016年07月11日

超高齢化社会の“相続問題”-配偶者の相続分のあり方とは-相続法改正中間試案シリーズ(2)

保険研究部 常務取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長 松澤 登

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本稿では前回に引き続き、相続法改正に関する中間試案1の個別論点について解説を加えてみたい。中間試案の概要と相続手続の簡単な解説はシリーズ(1)「超高齢化社会で浮き彫りになる“相続問題”への解決策とは」をご参照いただきたい。

本稿では論点の二つ目として、「第2遺産分割に関する見直し」のうち「配偶者の相続分」を解説したい。
 
さて、現行法においてお亡くなりになった方(被相続人)の配偶者は常に相続人となるとされている(民法第890条)。しかし、相続分は一定していない。具体的には配偶者のほかに相続人がいるかどうか、相続人がいた場合に被相続人との関係はどうか、によって変わってくる。

配偶者以外で相続人となりうる者は第一順位が子、第二順位が直系尊属(父母)、第三順位が兄弟姉妹である。先順位の者が存在する場合は後順位の者は相続人とはならない。また、たとえば子が被相続人より先に亡くなっていた場合にその子の子(=孫)がいれば、代襲相続という制度で相続人になる。孫の相続順位は子と同順位(=第一順位)である。

そして、配偶者以外の相続人が子である場合における配偶者の相続分は相続財産の二分の一となる。以下同様に配偶者の相続分は、配偶者以外の相続人が直系尊属である場合には三分の二、兄弟姉妹である場合には四分の三と増加していく(民法第900条)。そして相続人が配偶者のみである場合は、相続財産の全額を配偶者が相続する。

配偶者は死亡時の配偶者であり、婚姻年数を問わない。また、入籍していない事実上の配偶者、すなわち内縁の妻または夫は相続人になれない。
 
今般、配偶者の相続分を引き上げる案が提示されている。その背景は、婚姻期間が長い夫婦の場合など、相続財産の形成に大きく寄与した配偶者への実質公平性確保の要請や、超高齢化社会における被相続人の配偶者の生活保障の必要性である2。現行制度では相続人に関して、寄与分3という制度で分与される財産が増やすことができるが、この制度では特別な貢献があった場合にしか認められないという限界がある。特別な事情がない限り、配偶者の努力を寄与分という制度により増やすことは一般的には難しいというのが今の実情である。

そこで今回の中間試案の内容を見てみよう。大きく二つの案が挙げられている。
 
【甲案】
(婚姻後に増加した財産(A))×(現行法定相続分より高い割合)と(A以外の財産(B))×(現行法定相続分より低い割合)を足したものが、現行の相続分を超える場合は配偶者の申し出により前者が相続分となる。

たとえば配偶者と子どもが相続人となる場合(この場合の配偶者の法定相続分は2分の1)を考えると、A×2/3+B×1/3と(A+B)×1/2を比べて、大きいほうを配偶者の相続分とすることができるという案が提示されている4

甲案は婚姻後に増加した相続財産については一定の加算をする提案であるが、この加算は寄与分の特則と説明されている5。後述乙案と異なるのは婚姻年数経過とともに相続分が徐々に増加していく点と、相続分を増加させることを相続人である配偶者の意思にかからせている点である。
 
【乙案】
一定期間(20年もしくは30年)を超えて婚姻を継続した夫婦間においては、届出6により、または当然に相続分を引き上げることとする。

たとえば相続人が配偶者と子どもだけのケースで考えると配偶者の相続分が2分の1から3分の2に引き上げることが想定されている。

乙案は一定の婚姻年数に達したとき、または一定の婚姻年数に達した場合で、被相続人の意思もしくは夫婦二人の意思があるときに相続分を増加させることが出来るとする提案である。これは一定程度長期に婚姻を継続していれば寄与の程度が高いことが多く、また高齢の配偶者の生活保障の必要性が高いことが多いであろうことを踏まえて提案されている。
 
ところで実質的な衡平と解決の簡易さはトレードオフの関係にある。たとえば甲案であれば、婚姻後に増加した財産を総財産のなかから確定しなければならない。現行法のように財産目録を作ってその財産を法定相続分で分ければ済むということにはならない。預金ひとつとっても婚姻時の残高がいくらであったかなど調べるのは困難が予想される。相続人間で婚姻後の財産かどうかでもめることが想定される。

一方で乙案では年数で切って相続分を増やす提案であるので、明確ではある。しかし夫婦にはいろいろな形がある。結婚生活が破綻しても籍を抜かないまま配偶者の死を迎えることもあるだろう。その点、乙案の年数で自動的に相続分が増えるのはいかがなものかとも思われる。ただ、結婚生活が破綻した期間を除くなどといった実質概念を入れると相続分の確定が難しくなる。さきほどのトレードオフの関係が出てきてしまうのである。
 
悩ましい問題である。総論については多くの高齢者世帯が必ずしも裕福ではなく7、高齢配偶者の生活保障の重要性を考えれば賛成できる。一方、具体的提案については甲乙とも相続争いが現行制度より深刻化する懸念があり、問題を抱えているといわざるを得ない。筆者としては、中高年同士の再婚のケースなど、婚姻期間が20年・30年に届かなくとも生活を保障する必要性のある配偶者が存在することに鑑み、甲案をベースに何らかの手段、たとえば明確な固有財産(結婚前から保有していた不動産など)以外は、婚姻後増加した財産であると一応は推定するような実務運営を行なうことなどで財産をすっきり区分させられないかと思うしだいである。

皆さんのお考えはいかがだろうか。
 
1 本稿も民法(相続関係)部会資料13の中間試案(案)に基づき執筆している。
2 法制審議会民法(相続関係)部会 第3回会議資料3のp1参照。
3 寄与分とは被相続人の財産の維持や増加について特別の寄与をした相続人に対して、共同相続人の協議により寄与分を定めて、相続財産から分離させ、寄与をした相続人にその分離した財産を取得させる制度である。
4 20年以上婚姻が継続した場合はBを0円と見るとの規律も入れられる案も検討されており、この案は長年連れ添った夫婦間であれば配偶者の相続分は実質的に現行の2分の1から3分の2になると考えてよい。
5 法制審議会民法(相続関係)部会 第7回会議資料7のp3参照。
6 片方だけでも自分の財産に関して届出できるとする案、夫婦の双方がそろってのみ届出できるとする案が考えられている。
7 たとえば厚生労働省「国民生活基礎調査」(平成26 年)によれば、年金だけで暮らしている高齢者世帯が56.7%となっている。
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保険研究部   常務取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長

松澤 登 (まつざわ のぼる)

研究・専門分野
保険業法・保険法|企業法務

(2016年07月11日「研究員の眼」)

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