2016年07月07日

消費税率引き上げの総決算-景気は想定外の悪化も、企業収益、税収は好調

経済研究部 経済調査部長 斎藤 太郎

このレポートの関連カテゴリ

文字サイズ

図表7 実質雇用者報酬の要因分解 駆け込み需要の反動以外に2014年度の個人消費を大きく押し下げたのは物価上昇に伴う実質所得の低下である。2014年度は企業業績が好調を続ける中、政府の賃上げ要請の影響もあって久しぶりにベースアップを実施する企業が相次ぎ、一人当たり名目賃金(毎月勤労統計ベース)は前年比0.5%と4年ぶりの増加となった。また、企業の人手不足感の高まりを背景に雇用者数も増加を続けたことからGDP統計の名目雇用者報酬は前年比1.7%と2013年度の同1.0%から伸びを高めた。しかし、円安による輸入物価上昇に消費税率引き上げの影響が加わり消費者物価が3%近い上昇となったため、実質雇用者報酬は2013年度の前年比0.3%から2014年度には同▲1.2%へと大きく落ち込んでしまった(図表7)。
図表8 勤労者世帯と高齢無職世帯の実質可処分所得 前回の消費税率引き上げ時も実質雇用者報酬の伸びは大きく低下したが、デフレ突入前で名目賃金の伸びが高かったこと、税率の引き上げ幅が今回よりも小さく消費者物価上昇率が今回よりも低めだったことなどから、1997年度の実質雇用者報酬は前年比0.4%とかろうじてプラスの伸びを維持していた。

また、今回は過去の物価下落時に年金支給額を据え置いた特例水準の解消が図られていることが、年金受給世帯の実質可処分所得を大きく押し下げた(図表8)。

公的年金受給者のいる世帯の割合は前回増税時の4割弱から足もとでは5割程度まで高まっており、個人消費に与える影響も大きくなっている。勤労者に加えて年金受給者の実質所得が大きく落ち込んだことが個人消費の落ち込みをより一層大きなものとした可能性が高い。このように、個人消費を取り巻く環境は前回増税時よりもかなり厳しかったと言える。
図表9 消費増税前後の新設住宅着工戸数 3個人消費以外の需要項目の動向
2014年度の住宅投資は前年比▲11.7%の大幅な落ち込みとなったが、1997年度の同▲18.9%に比べれば落ち込み幅は小さかった。新設住宅着工戸数の動きを確認すると、消費税率引き上げの前年末頃にピークをつけた後、急速に落ち込んだ点は共通しているが、前回は夏場にかけていったん下げ止まりの兆しが見られたものの、1998年に入り水準を大きく切り下げた。これは1997年秋以降アジア通貨危機などをきっかけに景気が急速に悪化したことを受けたものと考えられる。

一方、今回は2014年夏頃に底打ちした後、持ち直しの動きを続けている(図表9)。理由のひとつは住宅投資の駆け込み需要とその反動が前回よりも小さかったことである4。この背景としては、当時に比べ住宅購入世代が減少し潜在的な需要が縮小していること、住宅ローン減税やすまい給付金などの平準化措置が取られたことなどが挙げられる。

また、貸家については、2015年からの相続税の課税強化を見越して、相続税対策としての貸家建設の需要が拡大したことが住宅着工全体を下支えした。
図表10 消費増税前後の実質設備投資の動き 設備投資は1997年度の前年比5.5%に対し、2014年度は同0.4%と前回増税時を大きく下回る伸びとなった。当時と比べて企業が国内投資よりも海外投資を優先する姿勢を強めているという構造的な要因もあるが、前回発生しなかった消費税率引き上げ前の駆け込み需要が発生したという特殊要因も影響している。四半期毎の設備投資の推移をみると、前回は税率引き上げ前後で大きな変動は見られなかったが、今回は税率引き上げ前の2014年1-3月期に前期比5.1%の非常に高い伸びとなった後、2014年4-6月期には同▲4.8%と急速に落ち込んだ(図表10)。

「簡易課税制度」の適用を受けて税率が低い時に投資を行うインセンティブがある中小企業で一定の駆け込み需要が発生したことに加え、ウィンドウズXPのサポート終了に伴う更新需要が2013年度末にかけて発生したため、2014年度入り後にその反動が生じた模様である。このため、四半期毎の推移を比較すると、前回は1997年度末にかけて急速に落ち込みその後も大幅な減少が続いた5が、今回は2014年7-9月期に小幅ながら増加に転じた後、年度末の2015年1-3月期には前期比2.7%の高い伸びとなった。

1997年度は財政再建を進めるために、消費税率引き上げと同時に特別減税廃止、社会保険料引き上げ、公共事業の削減を実施した。このため、1997年度の公的固定資本形成は前年比▲7.1%の大幅減少となり、政府消費、公的在庫と合わせた公的需要も前年比▲2.1%の減少となった。公的需要の減少により1997年度の実質GDPは▲0.5%ポイント押し下げられた。
図表11 消費増税前後の実質公的固定資本形成の動き これに対し、今回は消費税率引き上げの悪影響を緩和するために、公共事業の追加を含む5.5兆円規模の経済対策を実施したため、2014年度の公的固定資本形成は前年比2.0%となり(公的需要の寄与度は0.2%)、景気の下支えに一定の役割を果たした(図表11)。

ただし、2012年末の安倍政権発足直後に策定された10兆円規模の大型経済対策によって2013年度の公的固定資本形成は前年比10.3%と大きく押し上げられていたため、2014年度の押し上げ幅は限定的にとどまった。
図表12 消費増税前後の輸出数量指数の推移 外需寄与度は1997年度が1.0%、2014年度が0.6%とともに成長率の押し上げ要因となったが、これは消費税率引き上げ後の国内需要の低迷に伴い輸入の伸びが前年度から大きく低下したことが大きい(財貨・サービスの輸入:1996年度:前年比11.6%→1997年度:同▲1.5%、2013年度:前年比6.7%→2014年度:同3.7%)。

円/ドルレートは1997年度、2014年度ともに前年度よりも10%程度の円安となっており、輸出にとっては好条件となっていた。こうした中、1997年度前半は輸出数量が比較的堅調に推移したが、アジア通貨危機が発生した年度下期には弱い動きとなった。今回は2014年末にかけて輸出数量は持ち直しつつあったが、2015年に入り弱めの動きとなるなど、均してみれば横ばい圏の動きが続いた(図表12)。

海外経済の回復ペースが鈍いという循環的な要因に加え、生産拠点の海外シフトといった構造的な要因によって、大幅な円安下でも輸出が伸びにくくなっていると考えられる。
 
 
4 内閣府では今回の住宅着工戸数の駆け込み需要は前回の3分の2程度だったと試算している
5 1998年1-3月期から10-12月期まで4四半期連続で減少した

3――生産、雇用、物価、企業収益、税収の動向

3――生産、雇用、物価、企業収益、税収の動向

図表13 消費増税前後の生産動向 1鉱工業生産
鉱工業生産指数は1997年度の前年比1.1%に対し、2014年度は同▲0.4%と前回増税時の伸びを下回った(図表13)。前回増税時は1997年4-6月期が前期比▲0.5%、7-9月期が同0.5%と消費増税後もしばらくは横ばい圏の動きが続いたが、その間に在庫が大きく積み上がったことがその後の生産調整を深刻なものにした面があった。
図表14 消費増税前後の在庫動向 今回は早い段階で生産調整に踏み切ったが、国内需要の落ち込みが想定を上回り輸出も伸び悩みが続いたことから、在庫は前回増税時と同様のペースで積み上がってしまった(図表14)。鉱工業生産指数は消費増税後に2四半期連続で低下した後、2014年10-12月期、2015年1-3月期と2四半期連続で上昇したが、在庫調整の遅れを反映し、2015年4-6月期は前期比▲1.5%と再び減産となった。
Xでシェアする Facebookでシェアする

このレポートの関連カテゴリ

経済研究部   経済調査部長

斎藤 太郎 (さいとう たろう)

研究・専門分野
日本経済、雇用

公式SNSアカウント

新着レポートを随時お届け!
日々の情報収集にぜひご活用ください。

週間アクセスランキング

レポート紹介

【消費税率引き上げの総決算-景気は想定外の悪化も、企業収益、税収は好調】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

消費税率引き上げの総決算-景気は想定外の悪化も、企業収益、税収は好調のレポート Topへ