2016年06月30日

コーポレート・ガバナンス報告書のベストプラクティス-“とりあえずコンプライ”を “あとからエクスプレイン”する

江木 聡

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3――「あとからエクスプレイン」

「コードの各原則を実施しない理由」を全てコンプライ(即ち全原則を実施)で一旦開示した後に、一部をエクスプレインに変更して更新したのが、花王株式会社のガバナンス報告書である。
【図表3】花王「コーポレートガバナンス・コードの各原則を実施しない理由」
同社によれば、最初、全てコンプライで開示した後、投資家らとの対話を契機として、コードの趣旨に沿って株主・投資家との建設的な対話によって更なる充実を図るという観点から、開示についてどうあるべきかを社内で議論したところ、以下の3つの原則について、エクスプレインに見直したとのことである。
【コンプライから変更されたエクスプレインの詳細】
「原則3-1(ⅰ)経営計画の開示」については、厳密には2015年で中期経営計画が終了し、2016年度は2020年に向けた中期経営計画を策定する年であるため、昨年10月に東証が示した判断基準に則して見直したものである。「原則3-2-2(ⅲ)外部会計監査人と社外取締役との十分な連携」および「原則4-8-1独立社外取締役のみの定期的な情報交換」は、会社の「個別事情に照らして実施することが適切でないと考える原則があれば、それを『実施しない理由』を十分に説明する」に該当する5。この2つの原則は、現状でも代替や補完によって概ねコンプライしているため、コンプライと開示していたが、実情をより率直かつ丁寧にエクスプレインすることに変更したとのことである。
 
花王が投資家との対話を踏まえ、どう対応すべきか社内で議論した際、エクスプレインへ見直す方向について反対する意見はまったく無かった模様である。同社がなぜ見直しに躊躇しなかったのか、同社法務部の担当者に質問したところ、それが「花王の企業文化」であり、創業者の言葉「天佑ハ常ニ道ヲ正シテ待ツベシ」のとおり、「正道を歩む」ことが社内に浸透しているから、とのことである。投資家との対話を契機としてこの原点に立ち返り、会社として「実務でやっていることが変わるわけではなく、評価の仕方が変わるに過ぎない。その実態を率直かつ丁寧にエクスプレインする方が投資家との対話に資するのであれば見直す」としたのである。このような真摯な姿勢と誠実な対応は他に例がないだろう。
 
5 「コーポレートガバナンス・コード原案」序文11
 

4――「あとからエクスプレイン」に対する東証の見解

4――「あとからエクスプレイン」に対する東証の見解

ところで、「あとからエクスプレイン」すると何らかの問題が生じるのであろうか。この点について、上場規程およびコードを所管する東証に対し筆者から確認を試みた。その結果、深度ある再検討を経た「あとからエクスプレイン」は、上場規程に抵触しないという趣旨のコメントを得た。
 
【東証のコメント】
「コーポレートガバナンス・コードはプリンシプルベース・アプローチを採用しており、コードの解釈(いかなる状態をもってコードの各原則を実施している状態/実施していない状態にあると判断するか)については、一義的には株主等のステークホルダーに対する説明責任等を負う上場会社に委ねられています(コーポレートガバナンス・コード「原案」序文10参照)。」
 
「したがって、各社がコードの各原則の実施状況に係る検討の深度に応じてComplyからExplainに変更するといった事態も当然に想定されるところです。」
 
コードに定められた施策を行うよりも、もっと自社に適した施策があればComplyからExplainに「改善」することもありえますし、会社の置かれた状況の変化によりComplyからExplainに変わること(例:独立社外取締役が健康上の理由で退任する等)もありうると思われます。
これらは上場規程に抵触しません(言うまでも無く、Explainの開示は必要です)。」

花王のような「あとからエクスプレイン」は、実施状況と開示姿勢に係る深度ある検討を経たエクスプレインへの変更であり、上場規程には抵触しない。また、一旦、コード原則のとおりコンプライした後に、より自社に適した別の施策が見つかれば、その旨「あとからエクスプレイン」することは、コンプライ・オア・エクスプレインの趣旨そのものである。形式的にはコードから外れても実質的なガバナンスの「改善」が実現されているのであるから、このような「あとからエクスプレイン」はむしろ望ましいといえる。
 
逆に、コンプライ・オア・エクスプレインに関して、上場規則等に違反し、実効性確保手段(措置6)の対象となるのは、どのようなケースだろうか。上場規程は「企業行動規範」を定め、これに基づいて、「日本取引所自主規制法人」が上場会社を対象とした審査を行う。この規範は、上場規程の中から、上場会社として最低限守るべき「遵守すべき事項」17項目と、努力義務を課す「望まれる事項」12項目を抽出し列挙したものである。「コーポレートガバナンス・コードを実施するか、実施しない場合の理由の説明」は義務である「遵守すべき事項」とされている(2016年6月時点)。実際の運用について、日本取引所自主規制法人に照会したところ、以下のとおり回答を得たので確認いただきたい。
 
【日本取引所自主規制法人のコメント】
「会社の取り組みや説明内容に改善すべき点があれば、株主との対話を通じて改善が図られることが想定されております。」
 
「従いまして、取引所としての措置の対象となるのは、『コードの原則を実施していないことが客観的に明らかであり、かつ、会社がその理由の説明を拒絶する場合』や、『理由の説明が明らかに虚偽であるような場合』などが該当すると想定されております。」
 
6 「遵守すべき事項」に違反したと認定された場合、発動される「措置」は、「上場契約違約金の徴求」、「公表措置」、「改善報告書の徴求」、「特設注意市場銘柄への指定」。
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