2016年06月29日

英国のEU離脱(Brexit)は英国の保険会社にどのような影響を与えるのか-財務面・監督規制への影響を中心に-

中村 亮一

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4―英国の保険会社への影響-監督規制への影響-

EU2においては、この2016年1月から、新たな保険監督規制であるソルベンシーII制度がスタートしている。英国がEUから離脱した場合、英国の保険会社に対する規制が今後どのような形になっていくのかも気になるところである。

1|EU同等性評価
EU において事業展開する保険会社は、何らかの形で、ソルベンシーIIの影響を受けることになる。具体的には、現在、EU域外の国(第三国)の保険監督制度に対して、ソルベンシーIIとの同等性評価が行われてきている。具体的には、「再保険」、「グループ・ソルベンシー評価」、「グループ監督」の3つの監督分野について、同等性評価が実施されてきている。これら3つの各監督分野において、ある第三国の保険監督制度がソルベンシーIIと同等と認められた場合には、その第三国での規制に従う保険会社が、EUの規制に従う保険会社と(同等と認められた監督分野において)同等に取り扱われることになる。

従って、英国がEUを離脱した場合、英国の保険監督制度はこれらの同等性評価の対象となることになる。

英国の保険会社の立場からは、同等性評価が得られない場合、英国とEUの2重の監督規制を受けることにもなりかねないため、同等性評価の結果は大きな意味を持つことになる。先に述べたパスポート権の問題と併せて、もしこれが得られないのであれば、少なくともEUにおける事業の本部を英国からEU内の他の国に移転する等の何らかの対応策が必要になってくることになる。

2|EU同等性評価を得るための選択肢
現時点においては、英国の規制はEUのソルベンシーII指令に対応したものとなっており、英国の法令等に組み込まれている。今後、英国がEUから離脱した場合でも、同等性のステイタスを維持していくためには、EUから離脱した後に行われる各種のソルベンシーII規制の変更に対して、英国も何らかの対応を行っていく必要がでてくる。

これらを踏まえた上で、現時点で英国が採りうる選択肢としては、以下の方式が考えられている。これは、保険の規制だけに関係するものでなく、一般的な通商関係にも対応しているものである。

(1)ノルウェー方式
ノルウェーは、EU加盟国ではないが、EEA加盟国として、EUの単一市場に参加できるように、ソルベンシーIIの規定も適用している。EIOPA(欧州保険年金監督局)においては、アイスランド、リヒテンシュタインと同じく、EU非加盟のEEA加盟国として、オブザーバー会員となっている。

このように、EUの法律や規則を遵守することが求められるが、一方でEIOPAの会員ではないことから、その意思決定には参加できない3

例えば、技術的準備金の評価におけるリスクフリーレートの補外に関して、EU加盟国のスウェーデンには、「UFR(終局フォワードレート)に20年で収束する」という特別な取扱いが認められているのに対して、同様な市場を有しているノルウェーにはそのような特別な取扱いが認められておらず、原則通りUFRに60年で収束する」という形になっている4。この両者の取扱いの差異は、ノルウェーがあくまでもEIOPAのオブザーバー会員であるという事実と全く無関係とはいえないものと思われる。

このように、保険監督の規制に関する限りにおいては、英国がノルウェー方式を採用することのメリットはかなり低いものと思われる。

(2)スイス方式
スイスは、EEAに加盟していない5。保険監督に関しては、独自のソルベンシー規制であるSST(Swiss Solvency Test)を有している。スイスの保険監督制度は、「再保険」、「グループ・ソルベンシー評価」、「グループ監督」の3つの監督分野において、完全な同等性が認められている。従って、スイスの保険会社は、EUの保険会社と同等に取り扱われる形になっている。

ただし、これが認められるためには、時間とコストをかけて、EIOPAに評価してもらう必要がある。この方式においても、今後も同等性のステイタスを維持していくためには、ソルベンシーIIの改正に対応して、必要な改正を行っていくことが求められることになる。

英国は、次の3|で述べるように、独自の監督規制を構築することができる体制を有している国である。こと保険監督に関してだけのことを考えれば、スイス方式の方が、手間隙はかかるものの、英国独自の権限を維持しつつ、必要に応じて適切な対応ができるという意味において、まさに今回の国民投票でEUからの離脱を決定した背後にある理念に通じるものがあることから、望ましいといえるのではないか、と考えられる。

3|EU離脱後の監督規制
英国は、保険規制に関しては、一般的に充実した管理体制を有する国であると考えられている。英国の保険監督官庁であるPRA(Prudential Regulation Authority:健全性規制機構)は、過去において、いくつかの制度を構築してきており6、今回のソルベンシーIIを巡る各種の問題に対しても、積極的に対応して、ある意味でEUにおける議論をリードしてきた。英国の保険会社やPRAは、これまでソルベンシーIIの実施にかかる時間やコストを批判してきたが、ソルベンシーIIの規制は基本的には英国のアプローチに基づいていると考えられており、だからこそ、それに反対せずに、その構築に貢献してきた。

今回、仮に英国がEUを離脱しても、英国の保険会社に対する規制が、現行のEUソルベンシーIIよりも緩和されるとは思われていない。むしろさらなる強化が行われることになり、追加の資本バッファーを保持することが求められることになるのではないか、と懸念されている。

実際に、EUの加盟国は、ソルベンシーIIに関して、独自のガイダンスを発行することに関して、一定の制約を受けているが、EUを離脱すれば、PRAはより頻度高く、自身の考え方に基づいたガイダンス等を発行して、追加の資本を求めていくことも可能になる。このことは、英国とEUの規制の乖離を生むことになり、さらに英国の保険会社に対するより厳しい規制は、EUで事業展開する英国の保険会社にとって、障害になる可能性も出てくることになる。

一方で、こうした英国独自の規制を課すことは、ソルベンシーIIとの同等性評価にマイナスの影響を与えることにもなりかねないことになる。

結局は、英国がEUを離脱した場合には、これからのソルベンシーIIの制度に影響を与える機会を得られないにも関わらず、それと類似した制度を受け入れざるを得なくなる可能性が高くなるものと思われる。
 
2 以下では、実質的には、EEAを指している場合でも、代表する形でEUの表現を使用している。
3 さらに、拠出金負担も求められている。ノルウェーはさらに「人の自由の移動」も受け入れている。
スウェーデンの生命保険市場-歴史的な低金利環境下で、生命保険会社・保険監督当局はどのように対応してきているのか-」中村 亮一(基礎研レポート)(2015.11.11)
5 通商関係においては、単一市場へのアクセス権がなく、個別の分野ごとにEUと協定を結ぶ形になっている。
6 例えば、英国は、2005年に、ICAS(Individual Capital Adequacy Standards:個別自己資本要件基準)といわれる制度を導入している。
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中村 亮一

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