2016年06月30日

健康経営とジェロントロジー~従業員の退職後までを視野に入れた健康経営を

生活研究部 上席研究員・ジェロントロジー推進室兼任 前田 展弘

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4――退職後を見据えた新たな健康経営の取組視点

ではどのような取り組みが必要か。将来不安の大きな要素は、所得確保の視点を含めて「退職した後、どうするか、何ができるか」、生活創造のビジョンが見えないことが大きいと推察される。この点、企業としては、定年制を廃止する、雇用年齢を引き上げるということも一つの解(選択肢)にはなる。しかしながら、これ以上、個々の企業に雇用確保義務を負わせることは現実的でない。そこで考えることは次の2つである。

1|セカンドキャリア支援に向けた「社内研修」の充実
一つは、セカンドキャリアづくりに重きを置いた「リタイアメント研修(ライフプラン研修)」の充実を挙げたい。大企業を中心に多くの企業は50代前後の従業員を対象に、退職前研修あるいはライフプラン研修といった名称のもと、退職後を見据えた研修が行われている。しかし、多くの退職者や中高年の方々からは、「企業で行われた研修(上記のリタイアメント研修等)は、年金や社会保険の話が中心で、実際のセカンドライフづくりには参考にならなかった」といった声をよく聞く。

そこで現状がどうなっているかを調べてみると、確かに退職後のお金や健康、社会保険に関する説明に終始するケースが数多く散見される。図表3は、過去10年間(2001~2010年度)における110団体(民間56・官公庁54)の事例について、「プログラムのテーマとその採用率(研修のテーマとして採用された割合)」を集計したものになるが、採用率の上位をみると、経済(お金)、健康、年金・退職金、諸制度説明、社会保障制度が並んでいることが確認できる。こうした情報を伝えることは重要ではあるが、実際のセカンドキャリアにつながる話は少ないように見受けられる。「退職後は年金暮らしで十分」という人は極僅かであろうし、多くの人は人生90-100年という長寿の時代の中で長い老後生活を支えるセカンドキャリアを求めているに違いない。そうしたニーズに照らすと現行の研修内容では物足りないということであろう。

そもそも企業が退職後の従業員の生活(キャリアづくり)まで面倒を見る必要があるかどうかと言えば、それは「ない」かもしれない。しかしながら翻って、従業員の健康増進をはかる上では、将来不安の払拭は重要な着眼点と考えられる。そこで具体的な研修内容の改善を考えると、例えば、起業の方法をレクチャーし支援する、あるいは農業や福祉など、これまでとは違うキャリアづくりの可能性を示した上で実際に指南する、海外での活躍の可能性を示し支援する、さらにきめ細かな取り組みを考えれば、従業員個々の自宅のある地域の求人情報または高齢者の活躍機会に関する情報を提供するといったことがあるのではないかと考える。これらを自社単独で行うことは困難と考えられるだけに、こうした情報提供やキャリア支援を行う外部機関を有効に活用するなかで研修の充実がはかられることを期待したい。
 
図表3:ライフプランセミナーにおけるプログラムテーマとその採用率
2|退職従業員に対する取り組み
もう一つは、退職した従業員に対する取り組みの充実である。前項で述べたとおり、セカンドキャリアに誘うことと並行して、退職した従業員の活動をよりアクティブに働きかけるということも重要ではないかと考える。多くの企業は自社の退職者組織・団体があり、その中での退職者同士の交流が行われている。多くは交流会、懇親会が継続的に行われているくらいではないかと推察する。ただ、今後ますます高齢化が進展することで、活動できる退職者の数も増加の一途になるであろう。

自社の価値観や文化を共有した退職者は自社の最も近い応援団であることに違いはなく、そうした退職者を交流会だけでのつながりに止めておくことは企業にとってもったいない、貴重な資源を有効活用していないという見方もできるのではないかと考える。例えば、高齢者向けの商品サービスの開発を行うのであれば、退職者の声を聞くといった調査対象にもなるであろうし、積極的な自社の商品サービスを積極的にPRしてもらう営業部隊にもなってもらえるかもしれない。退職した従業員にとっても、セカンドライフの充実につながることであり、健康にも寄与すると考えられる。

こうした退職後も新たな役割が期待されていることを展望できることは、現役世代にとってもポジティブに受け止められるであろう。それだけに現役世代と退職者の双方にとってWin-Winになるような新たな仕掛けを考案し展開することも一つの健康経営になるのではないかと考える。
 

5――経営にとっての「セカンドキャリア支援」の意義

5――経営にとっての「セカンドキャリア支援」の意義

以上のように、「セカンドキャリア支援に向けた研修の充実」及び「退職従業員に対する取り組みの充実」について述べてきたが、これまでの主張は従業員側の視点に立ちすぎた内容であったかもしれない。では、一方でこうした退職後までを視野に入れた取り組みを行うことが「経営」にとって果たして意味があるのかどうか最後に考えてみたい。

退職後までの支援を行うことが、現役の従業員の満足度であったり、企業イメージの評価に寄与することが明らかであれば、経営にとっての効果はわかりやすい。しかし、残念ながらそうした調査は見当たらず客観的なエビデンスを見つけることはできなかった。ただ、経営や人事に精通する複数の識者が、経営にとって生涯を通じた「ライフキャリア支援」を行うことの重要性を指摘している。例えば、花田氏5はハーバードメディカルスク-ルの研究報告書の内容を引用しながら、「これから先、いくつになっても自分が前向きに生きられるか」という自信や、前向きに生きることに対する気持ちの強さが、毎日を健康に生きる工夫や努力の習慣化等に影響していると言う。そのことを踏まえて、健康経営については、健康の「管理」ではなく、前向きに生きるための「開発」が重要であると述べている。また人事コンサルタントの平康氏6も、筆者と同様に社内のセカンドキャリア研修のあり方を見直すべきと主張する。これまでの企業の中で行われる研修は“出て行かせる”ための仕組みであり、参加する従業員も後ろ向きで臨む場合が多い。他方、社外で行われる研修は“新しく始める”ための仕組みであり、参加する人のほとんどが前のめりになって講師の話を聞いていると言う。以上の違いを踏まえながら、社内の中高年従業員の士気を高めるためにも、これからの企業におけるセカンドキャリア研修は「新しく始めるため」に力点を置いたものに変えるべきと述べている。

両者の見解は非常に賛同できるところである。共通するのは従業員の人生の「開発」を支援することが従業員にとって前向きに受け止められて、それは従業員の健康やモチベーションに転化されることによって経営にもプラスになる、ということである。セカンドキャリアに向けて積極的に取組むことがかえって世の中から“肩たたき”として批判されることを懸念し二の足を踏まれていた企業もあるかもしれないが、セカンドキャリア・ライフキャリアの「開発」を経営が支援することを否定する従業員はまずいないであろうし、世の中からみても“従業員に優しい企業”として逆に称賛されるに違いない。セカンドキャリア、ライフキャリアの支援を充実させていくことは、経営にもプラスになる、「健康経営」に資する、との認識のもとでさらなる取り組みの充実がはかられていくことを期待したい。またこうした企業の経営努力を世の中全体で後押しするような動き(例えば、健康経営銘柄の評価項目に加えるなど)も併せて期待したいところである。なお、ライフキャリアに関連しては「介護(離職)」の問題もある。仕事が充実し、社内における役割も重要になってきた頃、親の介護に直面することは少なくない。すでに「仕事と介護の両立」の文脈で、様々な議論が世の中で行われているが、健康経営との関係でどのようなことができるかは今後の検討課題としたい。
 
本稿ではジェロントロジーの視点から健康経営について述べてきた。非常に僅かな視点に止まったが、いずれも国民(従業員)の「健康寿命」の延伸に貢献することと考える。人生90-100年にも及ぶ長寿の時代を国民(従業員)一人ひとりが“より良く”生きていけるように、今後ますます健康経営が多くの企業の中で充実されていくことを期待したい。
 
5 花田光世(慶應義塾大学 名誉教授)。ベネッセ「Work &Care」HP・インタビュー特集掲載記事から引用https://kaigo-sodanshitsu.jp/biz/lp/interview/detail2/index.html
6 平康慶浩(セレクションアンドバリエーション㈱代表取締役社長)。WEB労政時報「Point of view(第44回)」から引用
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生活研究部   上席研究員・ジェロントロジー推進室兼任

前田 展弘 (まえだ のぶひろ)

研究・専門分野
ジェロントロジー(高齢社会総合研究)、超高齢社会・市場、QOL(Quality of Life)、ライフデザイン

経歴
  • 2004年     :ニッセイ基礎研究所入社

    2006~2008年度 :東京大学ジェロントロジー寄付研究部門 協力研究員

    2009年度~   :東京大学高齢社会総合研究機構 客員研究員
    (2022年度~  :東京大学未来ビジョン研究センター・客員研究員)

    2021年度~   :慶応義塾大学ファイナンシャル・ジェロントロジー研究センター・訪問研究員

    内閣官房「一億総活躍社会(意見交換会)」招聘(2015年度)

    財務省財務総合政策研究所「高齢社会における選択と集中に関する研究会」委員(2013年度)、「企業の投資戦略に関する研究会」招聘(2016年度)

    東京都「東京のグランドデザイン検討委員会」招聘(2015年度)

    神奈川県「かながわ人生100歳時代ネットワーク/生涯現役マルチライフ推進プロジェクト」代表(2017年度~)

    生協総研「2050研究会(2050年未来社会構想)」委員(2013-14、16-18年度)

    全労済協会「2025年の生活保障と日本社会の構想研究会」委員(2014-15年度)

    一般社団法人未来社会共創センター 理事(全体事業統括担当、2020年度~)

    一般社団法人定年後研究所 理事(2018-19年度)

    【資格】 高齢社会エキスパート(総合)※特別認定者、MBA 他

(2016年06月30日「ニッセイ基礎研所報」)

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