2016年06月28日

医薬品・医療機器の現状 2015年度総まとめ

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也

文字サイズ

5|抗がん剤の研究開発動向
ここで、創薬研究の注目分野として、抗がん剤開発の動向を見ておくこととしたい。様々な病気のうち、がんは1981年以降日本人の死因第1位であり、3人に1人はがんで亡くなるとされている。

図表24. 主な死因別死亡率推移 (人口10万人当たり)

がんは、以前から多くの治療法の研究が進められており、がん患者の生存率向上に寄与してきた。がんの治療法の主なものは、外科手術、放射線治療、抗がん剤治療の3つである。がん組織が切除可能であれば外科手術による組織の除去、切除が困難な部位にあれば放射線治療や抗がん剤治療が行われる。また、高齢患者で身体にかかる負荷の面から外科手術が困難な場合に、放射線治療や抗がん剤治療が行われることもある。更に、外科手術や放射線治療の後に再発予防のために、抗がん剤を投与する治療法(アジュバント療法)も一般的に行われている。

図表25. 3つの主ながん治療法

このうち、抗がん剤治療の技術は、近年、目覚しく進歩しており、その過程別に大きく4つに分けられる。化学療法剤、分子標的薬、免疫チェックポイント阻害剤、細胞内情報伝達系阻害剤である。

化学療法剤は、日本では第2次大戦後間もなく開発され46、その後、進化を続けている。DNAの複製や細胞分裂を阻害することにより、がん細胞の増殖を抑える。しかしながら、副作用もある。がん細胞のような増殖スピードの速い細胞に作用するため、例えば血液中の白血球が減少して免疫力が落ちたり、毛髪細胞が影響を受けて毛が抜け落ちたり、胃の中の細胞に影響して吐き気を誘発したりする。

分子標的薬はがん特有の分子を標的に増殖を抑制する。注射剤の抗体医薬と、経口剤の低分子薬とに分けられる。

3つ目は、免疫チェックポイント阻害剤で、体内の免疫機構を活性化させて、がん細胞を攻撃して死滅させる。

現在は、化学療法剤と分子標的薬を併用する併用療法が主流となっている。これに免疫チェックポイント阻害剤も併用する、3併用療法も行われている。

そして、次世代の抗がん剤として開発に着手されているのが、細胞内情報伝達系阻害剤である。これはがん細胞の中に入ってその増殖を阻害するもので、従来のものよりも更に小さい分子量300未満の低分子の化合物となる。低分子であるため製造コストが安く、経口剤として製薬できる点がメリットとなる。これにより、がん患者が医療機関で入院しながら抗がん剤の点滴を受ける代わりに、自宅で経口剤を服用して治療することが可能となる。これは、地域包括ケアシステム47が指向する在宅医療に相応しい治療法であり、今後の研究開発が期待される。

図表26. 抗がん剤の種類

6|医薬品産業の成長戦略
本章の最後に、医薬品産業を事業として捉えた場合の成長戦略について見ておくこととしたい。変化が激しい世界の製薬業界の潮流の中で、日本においても、従来には見られなかった新たな動きが出始めている。

(1)創薬研究の変化
従来、創薬に関する研究開発は各メーカー内で秘密裏に行われてきた。創薬は、多くの化合物をテストしてふるいにかけていくという形で進められてきた。これは、「ハイスルー・プット・スクリーニング」と呼ばれ、それぞれの化合物の医療効果の有無と要因 (これを「作用機序」という。) が未解明であっても、いわば数撃てば当たるといった方式で開発を進めていくものであった。しかし、このやり方では、臨床試験のフェーズが進んでから、候補となっている化合物に有効性がないことが判明して開発中止となるケースがあるなど、創薬事業の効率性やリスクの面で問題があった。

近年、各メーカーは、情報の開示・交換による企業間の協業や、大学や研究機関等のアカデミアとの共同研究を進める「オープン・イノベーション」に取り組んでいる。例えば、大学が生態のメカニズムや病態と化合物との関係を解明して作用機序を明らかにした上で、メーカーが臨床試験を行えば、開発中止のリスクは低下する。オープン・イノベーションは、かつては、グローバル企業はアカデミアと複数企業によるコンソーシアムを構築する一方、日系企業はアカデミアと1対1の協業を図るという色分けがあった。しかし、最近は日系企業もアカデミア等と幅広く連携する動きが出てきている48
 
世界の中での立ち位置を捉えるために、売上高をもとに、世界の製薬メーカーの2013年のランキングを見ると、日本企業は10位以内に1社も入っていない。薬剤ベースで見ても、売上高の上位20位以内に、日本企業の開発した薬剤は10位と11位に2つあるだけという状況である49。このように、世界の製薬業界の中で、日本企業のプレゼンスは低い。一方で、日本の上位3社の海外売上高比率は6割程度に達している50。政府の成長戦略の1つとして、日本発の画期的な医薬品が世界で受け入れられて、シェアを伸ばすことが求められている。今後、オープン・イノベーションを通じて医薬品メーカーやアカデミアの連携を強化していくことが、画期的な創薬につながり、ひいては日本企業のプレゼンス向上につながる可能性がある。
 
46 第2次大戦中に使われた化学兵器の毒性を弱めたものとして、ナイトロジェンマスタードN-オキシド (商品名 ナイトロミン) が開発され、1950年代に販売された。なお現在、同薬は日本では販売されていない。
47 地域包括ケアシステムは、現在、構築に向けた取組みが進められている。高齢者に対し、医療、介護のみならず、介護予防、住まい、自立した日常生活の支援まで、包括的に確保する体制とされている。第4章にて詳述。
48 例えば、第一三共社のOiDEプロジェクト。
49 ランキングについては、「明解医薬品業界」漆原良一 (医薬経済社, 2014年12月)の「世界のTop30の製薬会社(2013年)」(図表1-4)および「世界Top20薬剤(2013年)」(図表1-5)を参考にしている。
50 海外売上高比率は、武田社60%、大塚HD社62%、アステラス社60%、第一三共社43% (大塚HD社以外は2015年3月期、大塚HD社は2014年12月期(4-12月の9ヵ月分))。第一三共社は海外子会社売却の影響で同比率が前年の50%から低下した。
Xでシェアする Facebookでシェアする

保険研究部   主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員

篠原 拓也 (しのはら たくや)

研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務

経歴
  • 【職歴】
     1992年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所へ

    【加入団体等】
     ・日本アクチュアリー会 正会員

公式SNSアカウント

新着レポートを随時お届け!
日々の情報収集にぜひご活用ください。

週間アクセスランキング

レポート紹介

【医薬品・医療機器の現状 2015年度総まとめ】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

医薬品・医療機器の現状 2015年度総まとめのレポート Topへ