2016年06月28日

医薬品・医療機器の現状 2015年度総まとめ

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也

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4|新薬開発に向けた体制整備
医薬品メーカーは、新薬開発までに困難な過程を経る必要がある。そのため、体制面の整備が欠かせないものとなる。

(1)ドラッグラグへの対応
以前、海外で導入済みの新薬が日本では販売できない「ドラッグラグ」の問題が取りざたされた。ドラッグラグは、申請時期の差を表す申請(開発)ラグと、審査期間の差を表す審査ラグからなる。日米間の状況を見ると、次の図表のとおり、2006年度には28ヵ月ものドラッグラグがあった。しかし、2011年度には審査ラグが1ヵ月に減少し、申請(開発)ラグも5ヵ月に短縮した結果、ドラッグラグは6ヵ月に改善した。厚生労働省は、ドラッグラグはほぼ解消したとしている。

図表22. ドラッグラグ (アメリカとの差) の推移

かつて、ドラッグラグの原因の1つとして、薬価改定の存在が議論されていた。日本では特許期間中でも薬価が下がるため、新薬メーカーの開発意欲が失われる恐れがあるとされてきた。これに対し、2010年の薬価改定で「新薬創出・適応外薬解消等促進加算」(一般に、「新薬創出加算」と呼ばれている。) が試行的に導入された36。これは、後発薬のない新薬で値引率の小さいものに加算を行い、実質的に薬価を維持するものとなっている。後発薬が発売された後37は、それまでに加算されていた分を一括して引き下げることとされている。これにより、新薬メーカーの新薬開発意欲の向上と、特許期間後の後発薬への置き換え促進の間に、メリハリがつけられている。

図表23. 新薬創出・適応外薬解消等促進加算 (イメージ)

また、ドラッグラグのもう1つの要因として、行政側の新薬の審査体制が不十分であることも挙げられていた。その解消のために、承認審査の担当官が増員された。これにより、審査ラグの改善がなされた38

更に、2014年には「先駆け審査指定制度」が導入された。これは、世界に先駆けて日本で開発され申請することが計画されていて、前臨床試験・臨床試験のデータから既存の治療法に比べて著明な有効性が見込まれる医薬品等について、承認審査に要する時間を従来の12ヵ月から6ヵ月に短縮する仕組みである。これは、厚生労働省が、医薬品開発の承認審査、保険適用、国際展開を一連のものとして、新薬開発を後押しする「先駆けパッケージ戦略」39の中核を成す制度と位置付けられている。

このように、海外の単純な後追いではなく、世界初の革新的新薬を開発するための体制が整備されつつある。しかし一方で、革新的な新薬開発の大きなネックとなる臨床試験の時間を減らすためには、試験の対象となる患者の数、即ち症例数を増やす必要がある。これは、簡単には解決できない問題であり、現在も残された課題と言える。

(2)臨床研究の公正性に関する問題
臨床研究に関しては、2013年に、海外大手メーカーの高血圧症治療薬の開発に伴う不正疑惑問題が発生した。複数の医科大学で実施された医師主導の臨床研究において、患者の血圧値等のデータが新薬メーカーに有利となるよう操作されていたというものである。同メーカーの社員(当時。その後、退職。) が、社員の身分を明かさずに統計解析担当者として試験に加わっていた。同社は、同研究の結果を販売プロモーションに活用していた。2014年1月に厚生労働省は、臨床研究結果を用いた広告に薬事法の虚偽・誇大広告禁止違反の疑いがあるとして、同社を刑事告発した40>。2014年6月に東京地検特捜部は、元社員を薬事法違反の疑いで逮捕した。今後、初公判が行われる予定である。新薬開発に伴う臨床研究の公正性が問われ、世間の注目を集める問題となった。

(3)コンパニオン診断薬の審査期間短縮
「コンパニオン診断薬」とは、特定の医薬品の効果や副作用の有無を予測するために、その医薬品の使用対象患者に該当するかどうかを検査する目的で、事前に使用する診断薬を指す。近年、コンパニオン診断薬は、抗がん剤とセットで開発されるケースが増えている。このコンパニオン診断薬についても、審査期間短縮に向けた取組みが図られている。

コンパニオン診断薬は、今後、患者個々の遺伝子情報やタンパク質情報を踏まえたオーダーメイド型医療である「個別化医療」を推進していく足がかりになるものと考えられる。厚生労働省は、通常の審査とは区別して、迅速な審査を行うよう努め、コンパニオン診断薬の実用化の研究を推進するとしている。現在までに、諸通知やガイダンスなどのルール整備が図られている41

(4)創薬研究の体制整備
日本は病理学、生化学、解剖学等の基礎医学は高い水準にあるが、実際の診療に関する臨床医学の研究は他国に後れをとっているとされてきた42。日本では、これまで大規模な症例研究やコホート研究が行われてこなかったことが、臨床医学の立ち遅れにつながっている。こうした現状を踏まえ、政府は、医療研究の基盤整備に力を入れている。例えば、これまで地域ごとに行われてきたがん患者の登録は2016年より「全国がん登録」に一元化されて、がん患者の情報は国のデータベースで一元管理される予定である。医療機関は、がんと診断された人のデータを都道府県知事に届け出ることが義務化される43

また、バイオ医薬品(抗体医薬等)では、日本の医薬品メーカーの立ち遅れが議論されている。これまで創薬の研究支援は文部科学省、厚生労働省、経済産業省がばらばらに行ってきたため、臨床研究や臨床試験の体制が不十分であった。2015年4月に、医療分野の研究開発を総合的に推進する日本医療研究開発機構(AMED44)が発足した。これは、アメリカの国立衛生研究所(NIH)に範をとったもので、研究支援体制を確立するとともに、研究費の重複や事務負担の軽減を図り、効率的に医薬品・医療機器を開発することを目指すものとなっている45
 
36 2014年の薬価改定の際、新薬創出加算の制度化が議論されたが、制度化は時期尚早との意見であり試行継続となっている。
37 厳密には、後発薬が発売された後、もしくは、薬価収載から15年を経過した後。
38 一方、申請(開発)ラグの解消に向けて、厚生労働省は、国際共同治験の推進や、薬事戦略相談制度の開始により、医薬品メーカーの開発早期から試験・治験に関する指導・助言を行ってきている。
39 この先駆けパッケージ戦略のもう一つの柱は、「未承認薬迅速実用化スキーム」。厚生労働省の「医療上の必要性の高い未承認薬・適応外薬検討会議」の検討対象を、欧米未承認薬にまで拡大するものとなっている。2015年度に開始の予定。
40 「薬事法違反による告発について」(厚生労働省, 報道発表, 平成26年1月9日)
41 「コンパニオン診断薬等及び関連する医薬品の承認申請に係る留意事項について」厚生労働省(薬食審査発0701第10号, 平成25年7月1日)、「コンパニオン診断薬及び関連する医薬品に関する技術的ガイダンス等について」独立行政法人 医薬品医療機器総合機構(薬機発第1224029号, 平成25年12月24日)など。しかし、後発のコンパニオン診断薬の有用性は医薬品の臨床試験の中で証明すべきか、先発のコンパニオン診断薬との同等性試験により証明すべきか。革新的ゲノム解析技術である次世代シーケンシングによるコンパニオン診断とどのように関連させるかなど、多くの課題も残されている。
42 「主要基礎・臨床医学論文掲載数の国際比較」金子聡(医薬産業政策研究所, 政策研ニュースNo.44, 2015年3月, pp30-31)によるとインパクトファクターの高い雑誌への掲載論文数の国際比較(2013-14年)で日本は基礎医学6位、臨床医学19位。
43 2013年12月に成立した「がん登録等の推進に関する法律」に基づく。
44 AMEDは、Japan Agency for Medical Research and Developmentの略。NIHは、National Institutes of Healthの略。
45 AMEDは、当面の目標として、2015年度までに有望シーズ(新薬の候補となる化合物)への創薬支援を40件実施することを目指している。また、がんの治療では、新規抗がん剤有望シーズを10種、早期診断バイオマーカー及び免疫治療予測マーカーを5種取得する目標を立てている。
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保険研究部   主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員

篠原 拓也 (しのはら たくや)

研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務

経歴
  • 【職歴】
     1992年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所へ

    【加入団体等】
     ・日本アクチュアリー会 正会員

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【医薬品・医療機器の現状 2015年度総まとめ】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

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