コラム
2016年06月21日

“いいね!”求める時代-承認欲求と自己アイデンティティの不在

社会研究部 主任研究員   土堤内 昭雄

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近年、「アドラー心理学」が注目を集めている。多くの関連書籍が出版されており、『嫌われる勇気~自己啓発の源流「アドラー」の教え』(岸見一郎・古賀史健著、2013年ダイヤモンド社)は、136万部の大ベストセラーになった。アルフレッド・アドラーは20世紀初頭に活躍したオーストリアの精神科医で、フロイトやユングと並び称される心理学の巨頭だ。その主張のひとつは、『すべての悩みは対人関係の中にあり、人の感情や行動は過去の原因ではなく、将来の目的が決定する』というものだ。

今日、アドラー心理学が注目されるひとつの理由は、人間関係が複雑になると同時に社会的孤立が進み、対人関係に悩む人が増えているからだろう。コミュニケーション方法が多様化し、新たな意思疎通になじめない人は多い。SNSで常に他者とつながっていないと不安を覚え、ネットワークからこぼれ落ちることを心配するものの、気に入らなければ簡単に関係性を遮断してしまうこともある。アドラーの指摘通り、現代社会の悩みの多くも対人関係から生じているのかもしれない。

最近では、社員の対人関係を円滑にするための企業研修やメンタルヘルス講習にもアドラー心理学が応用されている。また、子育てや介護など個人の暮らしの悩みの解消や「幸せ」になるための気づきを求めてアドラー心理学を学ぶ人も多いそうだ。特に、他者からの評価を強く気にかける人にとって、アドラーの『ありのままの自分を受け入れ、他人の評価を気にしないこと』や『他者の期待に応えるために生きるのではなく、自然体で生きること』という教えは心に響くようだ。

確かに他人の目を気にせず、「嫌われる勇気」があれば自由に生きることができる。ただ、社会生活を送る上では、人間は他者や社会から評価されることで生きがいを感じ、達成感を抱くのも事実だ。他者の評価が自己の成長を促すこともある。コラムを投稿しても「いいね!」の数が気にならないわけではない。それは過信や狭い視野に基づく独善を反省したり、逆に自信の源泉にもなりうるからだ。

現代社会は成熟し多様化しつつあるが、われわれのライフスタイルはそれに相応しいものだろうか。多くの人が自分らしく個性的でありたいと願いながらも、実は自信が持てずに他者の目をひどく気にしながら生きていないだろうか。「いいね!」を求める社会の背景には、自己アイデンティティの不在があるように思えてならない。社会の一員として他者との関係性を大切にしながら、行き過ぎた他者承認を求めない「嫌われる勇気」が必要だ。多様な人間関係の中で承認欲求に囚われない自由なライフスタイルを志向するためには、確固とした自己アイデンティティが不可欠なのである。
 

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社会研究部   主任研究員

土堤内 昭雄 (どてうち あきお)

研究・専門分野
少子高齢化・家族、市民社会・NPO、都市・地域計画

(2016年06月21日「研究員の眼」)

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