2016年06月17日

【アジア・新興国】東南アジア・インドの経済見通し~当面は底堅い消費と金融・財政政策が支えに、輸出は徐々に回復へ

経済研究部 准主任研究員 斉藤 誠

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1.東南アジア・インド経済の概況と見通し

(図表1)実質GDP成長率 経済概況:内需主導の底堅い景気)
東南アジア5カ国およびインド経済は、総じて底堅い成長が続いている(図表1)。景気の牽引役は内需だ。資源価格の低迷による低インフレ環境を背景に家計の実質所得が向上し、民間消費は堅調に推移しているほか、インフラ投資や景気刺激策など財政支出の拡大も景気の支えとなっている。もっとも中国や資源国の景気減速を受けて世界経済が停滞するなか、輸出と民間投資は停滞し、自律的回復に向けた動きは見られない。なお、足元ではエルニーニョ現象による干ばつ被害を受けて農業生産が減少していることも景気を下押ししている。
(図表2)アジア新興国・地域のCPI上昇率 (物価:原油安要因の一巡で緩やかな上昇が続く)
消費者物価上昇率(以下、インフレ率)は、14年半ばからの国際商品市況の下落や景気の弱含みを受けて幅広い品目で価格が下落したが、昨年後半からはエネルギー価格の下落による物価の押下げ効果が低減し始めて上昇に転じている(図表2)。また干ばつ被害による食品価格の高騰もインフレ圧力となっている。
原油価格は今年2月から上昇基調に転じており、先行きもインフレ率の上昇が続くと見ている。もっとも(1)年後半にはエルニーニョ現象の影響が弱まって農業生産が回復し、食料インフレが和らぐこと、(2)米国の利上げペースの遅れによって新興国通貨の下落リスクは昨年対比で低下していること、(3)各国の景気回復が緩やかなことからインフレ率の上昇ペースは緩やかなものとなりそうだ。
(図表3)政策金利の推移 (金融政策:緩和的な政策スタンスを維持)
金融政策は、15年前半には資源安による物価下落を追い風にタイやインドネシア、インドが利下げに踏み切ったが、年末には米国の利上げ、年明け早々には国際金融市場の動揺し、資金流出を懸念する新興国はたとえ景気が弱含んでいても、政策金利を据え置くケースが増えている(図表3)。

なおインドネシアとインドは長らく続けた高金利を是正するために、年明け以降も政策金利を引き下げている。インドは政府が2月に公表した16年度予算案で財政規律を堅持したことを受けて4月に0.25%の利下げを実施した。インドネシアは燃料補助金削減に伴う物価上昇圧力の一巡によって昨年11月からインフレ率が急速に低下したことや経常赤字の縮小といったマクロ経済環境の改善、そして通貨の安定化などを評価して、年明けから3ヵ月連続の利下げ、6月には追加利下げを実施し、政策金利を計1.0%引き下げている。

2016年内は各国中銀が景気への配慮から緩和的な金融政策を続けるだろうが、物価が上昇するなかで金融緩和の余地は以前より限られていくと見ている。前回の見通し作成時点(3月)から米国の金融引き締めは一層ペースダウンしており、新興国通貨の急速な下落リスクは低下している。もっとも中国経済の不安定化に加え、米景気の失速懸念や英国のEU離脱リスクといった新興国からの資金流出が生じかねない新たな火種も浮かび上がってきており、新興国の中央銀行は金融緩和のタイミングを慎重に計らざるを得ないだろう。
(図表4)アジア新興国・地域の実質GDP成長率 (経済見通し:当面は底堅い消費と金融・財政政策が支え、輸出は徐々に回復へ)
2016年の東南アジア・インドの成長率は前年対比で小幅に上昇すると予想する(図表4)。海外経済は先進国が回復するも中国経済が減速して輸出は伸び悩むとみられる。一方、内需は底堅く推移しそうだ。投資は景気の先行き不透明感から製造業を中心に伸び悩むだろうが、低めのインフレ率と安定した雇用・所得環境が続くなかで個人消費を中心に底堅く推移すると見込む。また政府の財政政策と緩和的な金融政策も景気を下支えとなるだろう。しかし、輸出の持ち直しが遅れるなかでは、企業の設備投資意欲や雇用・所得環境の改善が進まず、民間部門が自律的な回復軌道に入るとは見込みにくい。

2017年も若干の成長率の上昇を予想する。原油価格の緩やかな上昇によって資源国の景気が持ち直し、先進国経済も回復基調が続くことから、輸出は拡大傾向が続くだろう。また輸出回復で企業の設備投資マインドが改善し、緩和的な金融政策も追い風となって投資が持ち直すほか、景気回復による税収の増加を背景にインフラ投資など政府支出の拡大が続くなど、徐々に自律的な回復軌道に入ると見ている。一方、個人消費は雇用・所得環境が改善するものの、インフレ率が緩やかに上昇して家計の実質所得が目減りすることから若干鈍化すると見込む。
 
先行きの下方リスクとしては、米国の景気失速や中国の過剰設備・過剰債務を抱える製造業の相次ぐデフォルトや住宅バブルの崩壊、そして英EU離脱や米利上げをきっかけに国際金融市場のリスクオフの動きが強まって新興国から資金流出が加速することなどが懸念される。
 

2.各国経済の見通し

2.各国経済の見通し

(図表5)マレーシアの実質GDP成長率(需要側) 2-1.マレーシア
マレーシアの16年1-3月期の実質GDP成長率は前年同期比4.2%増と、前期の同4.5%増から一段と低下し、6年半ぶりの低水準となった。14年後半から続いた資源価格の下落に昨年4月の物品・サービス税(GST)の導入の影響が加わり、内需の鈍化が続いている。また輸出も海外経済の停滞とリンギ安の恩恵が薄らいで景気の牽引力が失われている。さらに資源関連収入の減少で財政が逼迫しており、政府支出による景気の梃子入れもできない状況にある。

4-6月期以降は徐々に景気が持ちなおすと見ている。4月にGST導入の影響が一巡し、7月には最低賃金の改定と公務員給与の見直しによる可処分所得が向上、さらに年後半にはエルニーニョ現象の終息によってパーム油や天然ゴムなどの生産が回復すると見られ、消費は改善するだろう。もっとも世界経済の伸び悩みによって輸出は低調に推移するなかでは、企業の設備投資マインドの回復が遅れ、投資は資源関連産業を中心に弱含むだろう。このほか原油安や景気低迷による税収不足で財政面の景気の梃入れは期待できない状況が続くことから、景気回復は緩慢なものとなりそうだ。またリンギは足元こそ安定しているが、海外投資家が注目する政府系投資会社1MDBを巡る債務問題と政治不安、経常黒字縮小など周辺国に対して相対的に通貨が売られやすい状況にある。従って、足元で上昇傾向にある原油価格が下落に転じたり、国際金融市場が混乱する事態が到来すれば、再びリンギ安が進む展開が予想される。この場合、通貨安による輸入インフレを通じて実質所得が目減りして消費が冷え込む、景気回復が遅れる恐れがある。

2017年は緩やかな回復が続くと見ている。海外経済の回復によって輸出が拡大するほか、原油価格の緩やかな上昇が続くなかで、企業と消費者のマインドが回復し、民間部門が回復すると見込む。また原油関連収入の増加によって政府支出が拡大に転じることも、景気を支えとなるだろう。
結果、16年の成長率は前年比4.3%増と減速し、17年は同4.5%増の緩やかな回復を予想する(図表5)。
(図表6)タイの実質GDP成長率(需要側) 2-2.タイ
タイは14年5月の軍事クーデター後に政治が安定化した後、景気が伸び悩んでいる。16年1-3月期の実質GDP成長率は前年同期比3.2%増と3年ぶりに3%台まで加速したが、これは昨年8月のバンコク爆弾テロで落ち込んでいた外国人観光客数の反動増によるサービス輸出の拡大、また年後半に政府が打ち出した農家・低所得者と中小企業向けの短期的な景気刺激策の実施による政府支出拡大が景気を押し上げたためである。一方、財輸出は停滞し、製造業を中心に民間投資が弱含んでいるほか、民間消費も昨年の景気対策の反動や干ばつによる農業所得の減少を受けて伸び悩むなど、自律的回復に向けた動きは見られない。

2016年内は成長率が低下し、2%台後半の緩慢な景気が続くと見ている。中長期の大型インフラ事業の推進や景気刺激策など政府支出の拡大は引き続き景気を支えるだろうが、サービス輸出は政情安定化による訪タイ外客数の反動増が一巡していることから伸びは鈍化するだろう。また海外経済の伸び悩みによって輸出が停滞し、企業の投資意欲は弱含みと見込む。消費については、エルニーニョ現象の終息を受けて年後半から農業所得が回復して上向きに転じると見られるが、物価上昇や高水準の家計債務が足枷となって回復感が乏しい状況が続くだろう。景気の下振れ懸念が高まる局面では追加の景気刺激策や追加の利下げが打ち出されると見込む。

2017年は、成長率が3%前後に若干加速すると予想する。海外経済の緩やかな回復によって輸出が拡大する上、企業の設備投資マインドの回復や緩和的な金融政策も追い風となって民間投資も持ち直すと見ている。また個人消費は農業部門と非農業部門が揃って所得が回復して、前年対比で上昇すると予想する。一方、政府支出は景気対策の反動減で景気の押上げ効果は弱まるだろう。

結果、成長率は16年が前年比2.9%増、17年は同3.0%増と小幅に上昇すると予想する(図表6)。
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経済研究部   准主任研究員

斉藤 誠 (さいとう まこと)

研究・専門分野
東南アジア経済、インド経済

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