2016年06月20日

高齢者雇用政策の新たな展開~地域における高齢者の多様な就業機会の確保・拡充に向けて

生活研究部 上席研究員・ジェロントロジー推進室兼任 前田 展弘

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4|高齢者の就業支援に向けたその他の動向(参考)
上記の「生涯現役促進地域連携事業」等の展開に加え、厚生労働省及び経済産業省(中小企業庁)では、高齢者の就業支援につながる事業を行っている。参考までに紹介しておく。
 
(1) 厚生労働省:退職予定者「人材バンク」の創設(2016年4月より運用開始)
厚生労働省は中高年の退職予定者向けの人材バンクを創設した。厚生労働省の外郭団体で再就職支援を手掛ける「産業雇用安定センター」に転職を希望する人の経歴などの情報を登録し、経験豊かな人材を必要とする企業に紹介する事業である。産業雇用安定センターの会員となっている大企業や中堅企業約6000社を中心に人材を募り、退職後も働きたい人々に中小企業などへの再就職を促す。雇用情勢が難しくなっている中小企業の人材確保を支援する狙いもある。

(2) 経済産業省/中小企業庁:「地域中小企業人材バンク事業」(2015年度より展開)6
中小企業庁では、2015年度より「地域中小企業人材バンク事業」として、全国に「地域人材コーディネート機関」(47都道府県)、「UIJターン人材拠点」(仙台、東京、名古屋、大阪、福岡の5拠点)を設置し、地域の中小企業・小規模事業者が、その経営に資するような多様な人材を確保するための様々な支援を行っている。具体的には、全国に設置した「地域人材コーディネート機関」において、地域の中小企業・小規模事業者のニーズを踏まえ、若者、女性(主婦)、シニア等の多様な人材を発掘し、それらの紹介・定着までを一貫して支援している。また「UIJターン人材拠点(上記5拠点のみ)」において、都市部の若者を対象に、地域の中小企業・小規模事業者の経営に資する人材等を発掘するため、企業説明会や交流会といったイベントや各種広報活動等を通じて、地域の中小企業・小規模事業者を紹介するとともに、地域人材コーディネート機関と連携し、マッチングを促進している。

また、中小企業庁では「地域中小企業人材バンク事業」の一環として、「シニア等のポジティブセカンドキャリア推進事業」も2015年度からスタートさせている。当事業では、都市部の大企業・中堅企業を離職又は離職予定のシニア等が地域の中小企業・小規模事業者に就職する際、単身で赴任をする場合の生活費用等を支援することにより、シニア等の地域の中小企業・小規模事業者への就職を促すことを目的とした事業である。
図表8:「地域中小企業人材バンク事業」の概要
 
6 地域中小企業人材バンク事業は、「地域中小企業・小規模事業者人材確保等支援事業、地域人材コーディネーター養成等事業(いずれも平成26年度補正予算)」、「地域中小企業・小規模事業者UIJターン人材確保等支援事業(平成27年度予算)」をもとに展開されている。

4――高齢者の多様な就業機会の確保・拡充に向けて

4――高齢者の多様な就業機会の確保・拡充に向けて

このように国として高齢者の就業支援に向けて活発な動きがみられるわけだが、注目される「生涯現役促進地域連携事業」を今後どのように展開していくべきか、そして、その後の地域における高齢者の就業支援のあり方をどのように考えるか、この2点について考察したい。

1|協議会の役割と「生涯現役促進地域連携事業」への期待
今年度から新たな予算措置7が設けられ創設される当事業であるが、自治体関係者としては何をどのようにして進めていけばよいか戸惑われている可能性もある。この事業の創設にもつながったと考えられる千葉県柏市での「生きがい就労事業(2009-13年度)」、「セカンドライフ支援プラットフォーム事業(2014-15年度)」の経験8も踏まえながら、協議会のあり方や高齢者の就業支援に向けた取組視点について私見を述べてみたい。

まず活動の核となる「協議会」であるが、これは「法人格のない組織」に位置付けられる。構成メンバーは、自治体関係部はもちろん、シルバー人材センターやハローワーク、商工会議所や民間の人材派遣会社等、高齢者の就業支援に関連する(協力が期待される)組織であればいずれでもよい。協議会の中に事務局が設置され、事業統括員、事業推進者、支援員が任命されて事業が展開されることになる。協議会の特徴であり重要なことは、地域における高齢者の就業支援に資する「資源」(関係機関)の情報及び人の連携を強化することである。したがって、地域のNPO団体や民間企業(地域の信用金庫など)を含めて、協議会はできるだけ多くの機関から構成されることが望まれる。また、同じ趣旨から、運営にあたっても協働体制をしっかり構築することが望まれる。民間を含めて組織間で協働していくことは、情報管理の問題など様々な課題が想定されるが、より効率的効果的に事業が展開できる運用ルールの構築が重要となる。この点、一部の機関だけに活動が集中する、または当初から事業そのものを一部の機関に丸投げするようなことが計画されるかもしれないが、それは本来の趣旨とは異なることである。複数機関による新たな地域の仕組みを創造する視点に立って、協議会の設立及び事業計画を構築することが望まれる。

事業目的である「高齢者に多様な就業機会の確保・拡充」に向けてであるが、これは言うは易し行うは難しのことではあり、相応の労力を必要とする。いわゆる「入口」「出口」「マッチング(中間支援)」の部分で、高齢者本人及び地域の事業者に対して様々な働きかけを行わなければならない。例えば、「入口部分」、つまり働く側の高齢者を束ねるためには、高齢者のセカンドキャリアの可能性を動機づける情報と機会を地域の中の高齢者達に広く周知する必要がある。住民(高齢者)向けの啓発セミナーであったり、新たな職能開発を行う講座などを行っていくことが求められる。「出口部分」、つまり高齢者が活躍できる場を開拓するには、まず事業者の多くが潜在的に有する偏見(高齢者を雇用することに対するネガティブな見方)を転換させる働きかけであったり、高齢者に相応しい仕事の開発や新たな働き方を創造し事業者へ提案していくことが望まれる。この出口を拡げることが最も重要でかつ困難を伴うことである。高齢者と事業者をつなぐ「マッチング(中間支援)」部分に関しては、高齢者本人のニーズ及び就労能力等をきめ細かく把握するアセスメントから、雇用された後もきめ細かに高齢者及び事業者をフォローすることが重要である。この一連の活動に関しては、研究者及び事業者も積極的な参画(協力)が求められる。例えば、高齢者の就労能力を客観的に把握する評価システムは未だに開発されていない9。また人の情報、地域資源(活躍場所)の情報を一元管理していくことが求められるなかでICTの導入による効率的な管理も期待される。さらに人と仕事のマッチングの場面においても、ミスマッチが生じないように高齢者のニーズや特性と事業者側のニーズをつなぐICTによる技術の開発も期待するところである。
 
7 2016年度8.4億円
8 筆者は東京大学高齢社会総合研究機構の一員として、当該事業に取り組んできた。
9 人材派遣会社等の民間企業が個社独自に有している可能性はある。なお、東京大学高齢社会総合研究機構において現在研究を進めている。

 
2|高齢者の就業支援に向けた「地域」の今後の展望~3つの機関の相乗効果づくりを
この生涯現役促進地域連携事業が展開されていくと、高齢者の就業支援を行う公的な機関が3つ存在することになる。ハローワーク、シルバー人材センター、協議会(生涯現役促進地域連携事業)の3つである。個人にとっては高齢期のセカンドキャリアづくりに向けて可能性が拡がる話であり、基本的には歓迎すべき展開であるが、なぜ同じ地域の中で同じような機能をもった事業が展開されるのか、屋上屋を重ねるようなことではないかと首をかしげる人も少なくないであろう。その理由を「生涯現役促進地域連携事業」が創設された理由からひも解いてみたい。

これまで高齢者の就業機会を提供してきたハローワーク及びシルバー人材センターは、それぞれが求められる役割を果たしてきたことは事実である。しかしながら、生活者(高齢者)の立場から見ると課題が少なくない。まずハローワーク10は率直に高齢者が求める魅力的な仕事がそもそも少ないのが実態である。ただハローワークはもともと民間の職業紹介事業では就職に結びつけることが難しい就職困難者を中心に支援する最後のセーフティーネットとしての役割を担っていること、また企業から寄せられる求人情報にもとづくため、高齢者に紹介できる仕事が少ないのである。つまり積極的に高齢者を雇おうとする事業者が少ない労働市場の実態が反映しているに過ぎない。また、シルバー人材センター11は、基本的にシルバー人材センターに登録された「会員」に対して仕事を斡旋しており、個人は一定の会費を支払わなければサービスを享受できない。2014年現在の全国の会員数は約72万人で、65-74歳の人口を分母にした場合、シルバー人材センターへの参加率は僅か5%にすぎない。国の税金(国庫補助金)が投入されているにも関わらず、基本的に一部の会員にしかサービスを提供できないところが悩ましい。この点、就業支援を行う公的な福祉事業なのか、会員サービス事業なのか、組織そのもの性格が曖昧なところは制度的な問題と考える。このような現状のなか、個人としては民間の派遣会社に登録して新たな仕事を探そうとしたりするわけだが、新たな職に就けるのは相応のスキルや経験がある人が優先され、多くの高齢者はなかなか希望どおりの新たな就業先を見つけることが難しいのが実態と言える。この状況は、個人(高齢者)にとっても社会にとっても非常に不健康なことである。

そこで考案されたのが、「協議会」という新たな組織であり、「生涯現役促進地域連携事業」なのである。ここから重要なことは、こうした地域における新たな展開をどのように地域全体でプラスの方向に向わせていけるかということである。理想としては、協議会という一つのプラットフォームを拠点にハローワーク及びシルバー人材センター他の機関が、前述の「入口」「出口」「マッチング(中間支援)」のノウハウを共有しながら、互いに切磋琢磨し、相乗効果を享受できるようになることと考える。その結果は地域住民(高齢者)の活き活きとした高齢期の暮らしをもたらすことにつながる。これが今回の新たな高齢者雇用政策の狙いと言える。
 
生涯現役促進地域連携事業は手を挙げて採択された地域において、本年10月からスタートすることになるが、当面はいずれの地域も試行錯誤を重ねていくことになると思われる。自治体関係者においては労力のかかることと敬遠せず、まずは積極的に事業を行う方向で手を挙げていただきたい。多くの地域で展開されたノウハウが結実されていくことで、個人も社会も必要とする「生涯現役社会」、「高齢者が地域の支え手になる社会」が創造されていくことになる。また高齢者の就業支援が強化されることは、決して今の高齢者のためだけの話ではない。むしろ、次代の高齢者(中年、若者)の未来を支援することである。日本の希望を持てる未来を創造していくためにも、生涯現役促進地域連携事業が発展し、それぞれの地域全体が活性化していくことを大いに期待したい。
 

10 ハローワークは厚生労働省設置法第23条に基づき設置される公共職業安定所の略称であり、全国に544カ所(本所:437、出張所:94所、分室:13室)設置されている。組織的には、各都道府県労働局の職業安定部の元に位置づけられる。
11 2014年度現在、全国団体数(全国シルバー人材センター事業協会参加企業)は、1,304社であり、加入会員数は72万1712人(男性:48万5,182人、女性:23万6,530人)。加入団体数、会員数の推移について見ると、団体数は2003年に1,866社を数えたのがピークとなり、以降は次第に減少傾向にある。会員数は2004年に77万2197人となった後一旦減少したが、その後2009(平成21)年にそれを越す79万1,859人でピークとなり、その後は現在まで同じく減少傾向にある。
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生活研究部   上席研究員・ジェロントロジー推進室兼任

前田 展弘 (まえだ のぶひろ)

研究・専門分野
ジェロントロジー(高齢社会総合研究)、超高齢社会・市場、QOL(Quality of Life)、ライフデザイン

(2016年06月20日「基礎研レポート」)

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