2016年06月14日

予測分析の生保への活用-生保の契約査定には、どこまで予測を織り込めるか?

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也

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■要旨

近年、欧米を中心に、ビッグデータの収集・分析を通じて、効果的・効率的に、意思決定を行おうとする動きが進んでいる。背景には、情報・通信分野で進む、急速な技術革新がある。金融・保険領域においても、注目すべき動きが進んでいる。プレディクティブ・アナリティクス(予測分析, PA)と呼ばれる、新しい技術に象徴される動きである。

生保でも、その活用が検討されている。しかし、実務への導入には、まだ時間が必要な状況にある。本稿では、PAの生保事業への活用について、契約査定に焦点を当てて、見ていくこととしたい。

■目次

1――はじめに
2――ビッグデータの収集の本格化とPAの発展
  1|非構造化データの増加
  2|PAと従来の予測方法との違い
  3|PAの活用範囲は、従来の予測方法よりも幅広い
3――生保事業でのPAの活用
  1|価格設定において、個人のリスクの違いを、きめ細かく保険料に反映
  2|契約査定において、申込過程の簡素化を図る
  3|マーケティングにおいて、加入意志の強い見込み客に優先的にアプローチする
  4|契約の募集管理において、チャネル評価をきめ細かく行う
  5|保有契約の管理において、解約・失効を防止する
  6|支払査定において、詐欺による給付金の支払いを防止する
4――契約査定へのPAの活用 (アメリカの場合)
  1|そもそも契約査定は、どのようなツールで行われているか
  2|PAによる契約査定の効率化
  3|現在のところ、契約査定には、PAがなかなか浸透していない
  4|加入申込トリアージにより、従来の契約査定と、PAを融合する取り組みが始まっている
5――おわりに (私見)

1――はじめに

1――はじめに

近年、欧米を中心に、ビッグデータの収集・分析を通じて、効果的・効率的に、意思決定を行おうとする動きが進んでいる。背景には、情報・通信分野で進む、急速な技術革新がある。その中で、金融・保険領域においても、注目すべき動きが進んでいる。プレディクティブ・アナリティクス(Predictive Analytics(予測分析), PA)と呼ばれる、新しい技術に象徴される動きである。これは、統計的手法を用いて、大量のデータから、不要な情報を除いて、有益情報を取り出し、これを分析することで、ビジネスにおける的確な判断や、確度の高い将来予測を行うものである1。例えば、欧米の銀行では、企業融資の焦げ付きや、住宅ローンの借り替え2が、どの貸付先で、どの程度発生するか、を見積もるために活用されている。また、損保では、自動車保険で、走行距離や、運転行動(安全運転等)を反映した保険料設定を行う際に、用いられている3

生保でも、同様の活用が検討されている。しかし、実務への導入には、まだ時間が必要な状況にある。本稿では、PAの生保事業への活用について、契約査定に焦点を当てて、見ていくこととしたい。
 
1 不要な情報は、撹乱情報を表し、「ノイズ」と呼ばれる。一方、有益情報は、「シグナル」と呼ばれる。
2 例えば、アメリカのチェース・マンハッタン銀行は、PAを用いて、住宅ローンの期限前償還の発生確率を算定している。具体的には、金利、借入者の所得、貸付額等に従って分岐するデシジョンツリーを作り、各ケースの確率を算定している。
3 日本でも、2015年から、複数の損保会社で、契約者に通信機能付きのドライブレコーダーを貸与して、そこから収集されるデータに基づいて、保険料の割引等が行われる保険が、テレマティクス保険として、販売されている。

2――ビッグデータの収集の本格化とPAの発展

2――ビッグデータの収集の本格化とPAの発展

生保会社は、従来から、価格設定などに、様々な情報を用いてきた。ビッグデータの情報活用は、従来と、何が違うのか。まず、従来のデータと、ビッグデータの違いを明らかにした上で、PAの発展について見ていくこととしたい。

1非構造化データの増加
1990年代まで、コンピュータのデータは、データベースに格納できて、検索が可能な、構造化データが主であった。その後、ハードウェアの進化や、ネットワークサービスの普及が進んだ。これを受けて、音声・映像データや、各種センサー(IC カード 等)で検知されるデータなど、非構造化データが飛躍的に増加した4。現在、ビッグデータの8割を非構造化データが占めていると言われている5
図表1. ビッグデータの概念
2PAと従来の予測方法との違い
一般に、生保会社は多くの既契約の情報を有している。例えば、同じ性別、年齢の契約を1つの群団として捉え、1年間の生存・死亡の発生動向を観測することで、その性別・年齢群団の死亡率が把握できる。そして、これを補整した上で、今後、販売する新契約の価格設定に用いている。このようにして、既契約から得られた情報を、新契約の価格設定に活用している。

従来の予測方法は、予測結果と、その因子となる変数の関係を、数学の関数の形で表現する。例えば、性別や年齢を入力すると、死亡率の値を返すような関数が、これにあたる。このようなモデルを構築するためには、予測結果と、因子となる変数の関係が明確なことが前提となる。

一方、PAは、データを機械学習して、個人の未来の振る舞いを予測し、それをもとに、より良い判断を行う技術を指す。具体的には、データに対して、統計的手法による試行錯誤をさせて、2つの事象の間の偶然とは言えない関係性を抽出し、その関係性をもとに、個人の将来の行動を予測する6。例えば、個人の性格の違いが、死亡率に影響するかどうか、といった分析が、これに相当する7

3PAの活用範囲は、従来の予測方法よりも幅広い
従来の予測方法では、予測結果と因子の間の関係性の有無は、人間の経験や直感に依存していた。このため、担当者は、ある程度、予備知識を持った上で、分析を行うことが求められている。例えば、死亡率は、性別や、年齢の影響を受けるとの知識をもとに、これらを因子として設定されている。

一方、PAでは、このような事前の知識は必要とされない。収集したデータを分析する中で、事象間の関係性を抽出していく。このため、PAは、従来の予測方法に比べて、活用の範囲が幅広い。ただし、関係性の抽出にあたり、統計的手法を要するため、統計的推論や、データ分析の素養が必要となる。
 
4 図表1では、「平成25年版 情報通信白書」図表1-3-1-2(総務省)において「狭義のビッグデータ」とされているものを抜粋。なお、同図表では、これに「データ処理・蓄積・分析技術 : 機械学習、統計解析等」と「人材・組織 : データサイエンティスト等」を加えたものを「広義のビッグデータ」としている。
5 総務省統計局ホームページ「なるほど統計学園高等部」内の、「豆知識」の「ビッグデータとは?」より。
6 人工知能では、深層学習(ディープ・ラーニング)が注目されている。これは、人の脳神経回路をコンピューター上で模した、ニューラルネットワークでの機械学習を指す。ニューラルネットワークは、多層からなり、外部の情報が、第1層から深く伝達されるうちに、各層で学習が繰り返される。その繰り返しの中で、問題の解決に必要な要素である外部情報の特徴を、自動的に抽出する。こうした階層的な特徴の抽出を通じて、人工知能が、自力で、問題の答えを導き出していく。
7 死亡を、「個人の将来の行動」と捉えることには、やや違和感があるかもしれない。しかし、例えば、不摂生をすることで、死亡率が高まることもある。即ち、死亡は、人間の行動を起因とした結果を表している、と見ることもできる。
 

3――生保事業でのPAの活用

3――生保事業でのPAの活用

生保会社では、これまで、従来の予測方法を用いて、既契約のデータをもとに、予定死亡率や、予定疾病発生率等を定め、それを保険料などの価格設定に反映してきた。今後は、ビッグデータをもとに、PAを実施して、契約査定やマーケティング等の場面で活用していくことが考えられている。

1価格設定において、個人のリスクの違いを、きめ細かく保険料に反映
顧客の行動データを保険価格に反映することが考えられる。例えば、顧客がスポーツ大会に参加したり、ジムに通ったりした場合、その情報が保険会社に伝えられて保険料を割り引く、といったことである。しかし、これにはいくつかの課題もある。例えば、顧客が、自らに有利となるように、情報を操作する余地はないか。顧客間の公平性は、適切に保つことができるか、といった点である。

2契約査定において、申込過程の簡素化を図る
生保会社は、契約加入時に、契約査定を行う。これには、時間とコストが必要となる。契約査定を効率化し、申込過程の簡素化を図ることが、PAの目的の1つと考えられている。(次章で詳述。)

3マーケティングにおいて、加入意志の強い見込み客に優先的にアプローチする
マーケティング面でも、情報活用が図られる。例えば、ウェブ解析ソフトは、顧客の自社ウェブサイト上での動きを追跡する。どのページの、どの項目で、顧客の閲覧が遅くなったのか、といった分析を行う。保険会社は、ウェブサイトの閲覧情報から、顧客の加入意志を予測して、意志の強い顧客に優先的にアプローチする。これにより、効率的な募集活動を行うことができる。

4契約の募集管理において、チャネル評価をきめ細かく行う
保険会社は、専属チャネルや、独立代理店を通じて、保険を販売している。良い募集活動をする募集人を特定し、評価するモデルが作られている。例えば、募集人は、契約初期失効率、非加入率、情報開示率、契約件数、保障額といった販売数値等で評価される。こうしたモデルを通じて、募集や保全サービスの活動に、改善が必要な募集人や代理店を特定することが可能となる。

5保有契約の管理において、解約・失効を防止する
保険会社は、保有契約の管理にも情報活用を進めている。保険料が未払いのために、契約が失効することや、契約者が解約することがある。これは、契約者にとって将来の保障が失われるとともに、生保会社にとっても、将来の保険料収入の減少につながるため、好ましいことではない。データをもとに、契約者行動を事前に予測することで、このような事態を未然に防ぐ取り組みが検討されている。

6支払査定において、詐欺による給付金の支払いを防止する
給付請求に際しての、支払査定において、請求者の詐欺行為の判定にも、PAの活用が検討されている。そもそもPAは、犯罪の予測が、取り組みテーマの1つとされてきた。銀行業では、PAをもとに、人工ニューラルネットワーク8やヒューリスティック・モデル9などのモデリング手法を用いて、詐欺を働く顧客や、その取引を特定する取り組みが進められている。
 
8 人間の脳神経回路の仕組みを模したモデルで、コンピュータに学習能力を持たせて、各種の問題解決を図ろうとする技術。人工知能は、この技術の活用例の1つとして挙げられる。(注記6も参照。)
9 情報が不足しているときに、問題解決者がコンピュータと対話しながら仮説を立て、最適に近い解答を得ようとするモデル。
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保険研究部   主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員

篠原 拓也 (しのはら たくや)

研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務

経歴
  • 【職歴】
     1992年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所へ

    【加入団体等】
     ・日本アクチュアリー会 正会員

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