2016年06月09日

欧州経済見通し~緩やかな景気拡大、低インフレ、そして政治的な緊張も続く~

経済研究部 常務理事 伊藤 さゆり

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( 英国の国民投票の離脱多数は世界的な金融市場の動揺をもたらすおそれ )
近い将来では、やはり6月23日に英国で行なわれるEUへの残留か離脱かを問う国民投票が注目される3

今回の経済見通し(表紙図表参照)は、経済的なコストとベネフィットのバランスから導かれる「残留多数」という結果を前提としたが、離脱多数となった場合には、イングランド銀行(BOE)の金融政策の見通しなどに修正が必要となる。

英国の国民投票が、他の政治イベントと違うのは、かなり大規模な資本の移動が生じて、世界の金融市場に影響が広がる潜在的なリスクがある点だ。イングランド銀行(BOE)は、主要中銀とのスワップ・ラインの用意などで、リスクに備えていると思われる。リーマンショック当時と異なり、銀行等の資本基盤も強化されており、金融システムの耐性も高まっていると思われる。しかし、他方ではグローバルな規制の強化で、金融機関のリスク許容度が低下している面もある。

今年初、世界市場の不安材料となった新興国やエネルギーセクターの債務問題も解決した訳ではなく、米連邦準備制度理事会(FRB)の利上げの小休止で小康状態を保っているに過ぎない。

英国国民投票が離脱多数という結果が終わった場合には均衡を崩すきっかけとなるおそれがある。
(図表18)今後の政治スケジュール
 
3 英国の国民投票については2016年5月18日発行の基礎研レポート「近づく英国の国民投票-経済的コストへの警鐘が相次いでも落ちないEU離脱支持率」(http://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=52928?site=nli)をご参照下さい。

 
( 英国の国民投票の3日後にはスペインで再選挙 )
昨年12月の総選挙後の政権交渉がまとまらなかったスペインでは6月26日に再選挙を予定するが、今回も4党に票が分散、単独過半数を獲得する政党は現れず、新政権の発足には政権協議が不可欠となり、直ちには決着しない見通しだ。

政権の組み合わせとしては、中道右派の国民党(PP)と中道左派の社会労働党(PSOE)という旧2大政党による大連立や、急速に勢力を拡大したポデモスを主軸とする左派合同会派ウニードポデモスによる左派連合などが考えられるが、再々選挙回避のために妥協の余地を探りあてることができるのか、情勢は楽観できない。

実質GDPの推移を見る限り、スペインの景気回復は順調だが、スペイン社会学研究センター(CIS)が毎月行なっている意識調査の最新版でも4、経済情勢は「悪い」という見方が4割を占め、過去1年間で「変わらなかった」という見方が5割、先行きについても「変わらない」が4割と最多で、「良くなる」との見方が減り、「悪くなる」という見方が増えている。政治状況については、前回総選挙が行なわれた昨年12月以降、「とても悪い」という割合が増えて足もとでは4割を超えている。

前述の通り、財政政策面では、15年で名目GDPの7.2%に膨らんでいる財政赤字の3%の目標達成に多少の猶予が得られそうだが、財政健全化措置を継続せざるを得ない状況は変わらない。政権が交代しても、政策の大枠を変わり難く、国民の政治への不満は一層深まる可能性がある。

4 5月1~10日に全国256自治体、48件で2,500人を対象に実施した調査(出所:PressdegitalJapan)

 
( 今秋のイタリア国民投票は首相辞任に発展する可能性。17年には蘭、仏、独で国政選挙続く )
さらに今秋、イタリアでは、上院の権限縮小のための憲法改正の是非を問う国民投票が行なわれる。就任以来、欧州委員会から財政ルール面での譲歩を引き出しつつ、労働市場などの改革に意欲的に取り組んできたレンツィ首相は、国民投票が否決という結果に終わった場合、辞任する意向を示している。イタリアでは、民主党の支持率が低下、コメディアンのグリッロ氏が創設したポピュリスト政党「五つ星運動」の人気が高まっている。首相辞任の場合も、18年2月に予定される総選挙の前倒しは回避されると見られるが、イタリア経済の成長の再開に不可欠な改革が滞る懸念がある。

さらに17年にはオランダ、フランス、ドイツというEUの中核国が国政選挙を予定する。オランダでは、難民問題への危機意識が高まった15年秋以降、難民への国境封鎖、EU離脱を掲げる「自由党」の支持率がトップとなっている。フランスでも、オランド政権が進める労働市場改革への国民の不満は広がっており、マリーヌ・ルペン党首が率いる「国民戦線」への支持が広がる。

ドイツでは、メルケル首相のキリスト教民主社会同盟(CDU/CSU)が支持率で第1位を保っているが、大量の難民が流入した昨年夏を境に明確に支持率が低下している。さらにECBの超金融緩和策の副作用である家計の金利収入の低下などへ不満は高まっている。他方でユーロ圏からの脱退、難民受け入れ制限を求める「ドイツのための選択肢(AfD)」の支持が拡大している。

「国民戦線」や「AfD」が政権の座につくことはなく、景気やEUの運営に大きな支障を来たすおそれはないと思われるが、EUを牽引してきた両国の政治の変容を象徴する選挙となる可能性がある。
( ギリシャ危機2016は回避の目処 )
ユーロ圏で唯一の支援プログラム国となったギリシャの資金繰りについては、5月24日のユーロ圏財務相会合(ユーログループ)で15年8月にスタートした第3次支援プログラムの第2次融資枠として103億ユーロを設定、6月中に75億ユーロの融資を実行することで大筋合意した。7月23日に予定する23億ユーロの国債償還の目処が立ち、「ギリシャ危機2016」は回避の見通しとなった。

第3次支援プログラムへの国際通貨基金(IMF)の参加の障害となっていたギリシャ政府の債務の持続可能性回復のための政府債務に関しても、第3次支援プログラムが終了する18年8月までに返済期限の平準化や金利負担の軽減などの措置を実施する、大国の政治イベント終了後、ギリシャが支援プログラムを卒業するにあたり実施する中期の措置、さらに長期の措置として総必要調達額(GFN)目標の達成が困難になった場合の追加措置という3段階の負担軽減策が提示された。

元本削減という抜本措置は盛り込まれず、IMFが、ユーログループが予定する一連の措置が債務の持続性回復に十分と判断するかは不透明な面もある。それでも、難民危機によってEUにとってのギリシャの地政学的な重要性が再認識される一方、主要国が重要な政治イベントを控えるタイミングでギリシャ問題が再燃するリスクに早めに対応すべきとの判断が働いたようだ。
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経済研究部   常務理事

伊藤 さゆり (いとう さゆり)

研究・専門分野
欧州の政策、国際経済・金融

経歴
  • ・ 1987年 日本興業銀行入行
    ・ 2001年 ニッセイ基礎研究所入社
    ・ 2023年7月から現職

    ・ 2011~2012年度 二松学舎大学非常勤講師
    ・ 2011~2013年度 獨協大学非常勤講師
    ・ 2015年度~ 早稲田大学商学学術院非常勤講師
    ・ 2017年度~ 日本EU学会理事
    ・ 2017年度~ 日本経済団体連合会21世紀政策研究所研究委員
    ・ 2020~2022年度 日本国際フォーラム「米中覇権競争とインド太平洋地経学」、
               「欧州政策パネル」メンバー
    ・ 2022年度~ Discuss Japan編集委員
    ・ 2023年11月~ ジェトロ情報媒体に対する外部評価委員会委員
    ・ 2023年11月~ 経済産業省 産業構造審議会 経済産業政策新機軸部会 委員

(2016年06月09日「Weekly エコノミスト・レター」)

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