2016年06月09日

欧州経済見通し~緩やかな景気拡大、低インフレ、そして政治的な緊張も続く~

経済研究部 常務理事 伊藤 さゆり

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( ECBは、著しく緩和的な金融環境を維持し、回復をサポート )
欧州中央銀行(ECB)の金融政策は、14年6月以降、デフレリスク回避のために強化されている。ECBの緩和強化策は、中銀預金金利をマイナスとするマイナス金利政策、国債等を買い入れる資産買入れプログラム(APP、量的緩和)、最長4年の資金を供給するターゲット型資金供給(TLTRO)、政策金利の先行きに関するフォワード・ガイダンスの4本柱からなる(図表11)1
(図表11)14年6月以降のECBの金融緩和強化策の4本柱/(図表12)主要中央銀行の資産残高
今年3月にこれら4本柱を駆使する包括的緩和を決めている。APPの中核をなす国債等の買入れは財政規律を形骸化させるおそれがある。ECBのマイナス金利政策は、APPやTLTROとの相乗効果で、緩やかな拡大を支える役割を果たしたと評価できるが、すでに導入から2年が経過、14年9月、15年12月、16年3月の3度の追加利下げで中銀預金金利がマイナス0.4%に達し、銀行収益の圧迫など副作用への懸念も広がりつつある。南欧の経済情勢は依然として厳しく、著しく緩和的な金融環境を必要としているが、規制に起因する雇用創出力の弱さ、不良債権処理の遅れなどの構造問題は金融政策では解決できない。ECBは、追加緩和に慎重な姿勢を採ると思われる。

今回の見通しでは、ECBが次の一手を打ち出すタイミングは、9月8日の理事会が有力であり、内容も、世界的な金融市場の混乱などの波乱がない限り、現在、17年3月としている資産買入れプログラム(APP)の半年間の期限の延長とそれに伴うフォワード・ガイダンスの修正など現行政策の期間延長に留まると見ている。
 
1 ECBの金融政策については2016年3月11日発行の経済金融フラッシュ「16年3月10日ECB政策理事会: 包括的追加緩和策を決定。必要だった利下げ打ち止めのシグナル」(http://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=52486?site=nli)をご参照下さい。

 
( 財政政策は全体ではやや拡張的に )
ユーロ圏全体では財政緊縮策の山を超えたことも、緩やかな景気の拡大が続くようになった要因だ。加盟国の財政ルールへの適合性を判断するEUの欧州委員会が、裁量的財政政策の規模を測る基準としている構造的財政収支の前年差は、15年がゼロで中立、16年はGDP比0.3%とやや拡張的となり(図表13)、財政面からの下支えは15年比で拡大すると見られる。
(図表13)構造的財政収支前年差/(図表14)過剰な財政赤字是正手続き(EDP)対象国の現状
( 財政赤字削減を求められているポルトガル、スペイン、ギリシャ、フランス )
財政緊縮の圧力が緩和した背景には、多くの国で過剰な財政赤字の是正が進展したことがあるが、なお財政赤字削減に取り組まなければいけない国もある。世界金融危機後のユーロ圏は、経済や雇用情勢が厳しい国ほど、財政政策の制約が強いという悩みを抱え続けている。

ユーロ参加国で、財政赤字の名目GDP比が3%を超えて「過剰な財政赤字是正手続き(EDP)」の対象となっているのは第3次支援プログラムで支援を受けながら財政再建に取り組んでいるギリシャを含めた4カ国(図表14)。うち、ポルトガルは15年が3%基準の達成期限だったが、銀行の破綻処理の負担が膨らんだことなどで、財政赤字は同4.4%と基準値を超えた。スペインの過剰な財政赤字の是正期限は16年だが15年の財政赤字は同5.1%と赤字の削減が遅れている。両国が今年4月に欧州委員会に提出した中期財政計画は、ポルトガルは16年、スペインは17年と、それぞれ1年遅れの基準達成を目指す内容である。EDPでは加盟国が目標達成に向けて効果的な措置を採らない場合には、GDP比0.2%相当の無利子預託金に始まる「制裁」の対象となる。しかし、5月18日に欧州委員会が示した判断は、スペインが6月26日に議会の再選挙を控えるという政治スケジュールにも配慮し、ユーロ圏財務相会合(ユーログループ)に「制裁」の決議を求める提案は見送り、3%基準の達成期限の1年間延長を認める方向で、7月上旬に改めて審査する方針を示すに留めた。

3%基準の達成期限の延長は、フランスについては2009年以降、3回の延長が認められている。欧州委員会は、現在の期限の17年の達成も難しいと見ており、再延長も排除できない情勢だ。

現行のユーロ参加国に対するEUの財政ルールはユーロ導入当初よりも強化されている。ドイツ、フランス、イタリアなど大国が違反を繰り返したことで形骸化し、後の財政危機につながったという教訓に基づくものだ。しかし、他方では、財政ルールの厳格すぎる運用が、潜在成長率の回復を妨げ、政治の不安定化につながるおそれもある。ユーロ圏は、景気の位相も財政事情も異なる国々で単一通貨を共有しながら、圏内の景気格差を調整する財源を欠いている。共通の財政ルールと各国の事情に配慮した裁量のバランスは、債務危機が沈静化した今も悩ましい問題である。

構造改革は、効果が顕現化するまでに時間を必要とする。ユーロ圏は、構造的にも金融政策に負荷が掛かりやすい。

2.そして政治的な緊張も続く

2.そして政治的な緊張も続く

( 景気の位相は様々でも、既存の政治に対する不満の高まりは広く共通する傾向  )
国毎に景気の位相は様々だが、国民の既存の政治に対する不満の高まりは広く共通する傾向だ。
昨年秋以降、EU各国で実施された選挙では、主流派政党の支持が低下、反緊縮や反EU・反移民など従来の政策路線を否定する政治勢力に支持が広がる傾向が鮮明になっている(図表15)。
(図表15)15 年秋以降の欧州各国の選挙結果
(これまでのところ、ギリシャを除き政局の変化が経済活動に大きな影響を及ぼしたケースはない)
これまでのところ、15年のギリシャを除いて、政局の変化が経済活動に大きな影響を及ぼしたケースはない2

理由の1つは、ECBの国債買い入れとマイナス金利政策によって、金利の水準が全般に低下、域内のスプレッドの拡大が持続し難くなっていることにある(図表16)(図表17)。
(図表16)10 年国債利回りの推移/(図表17)ユーロ圏国債のイールドカーブ(債務危機ピーク時との比較)
ECBの国債買い入れは、現時点での期限は17年3月だが、少なくとも17年9月まで半年程度は延長する可能性が高く、その後もさらに半年程度、規模を縮小しつつ継続の可能性がある。ユーロ参加国の場合は、EUのルールを明らかに逸脱するような政策運営に踏み込まない限り、自力の資金繰りが困難になるような国債利回りの上昇は回避され、ユーロ圏内で財政危機が拡大した2010~12年のような経済活動の萎縮に至ることはないと考えられる。

しかし、これまでは、国政選挙で主流派政党の退潮、あるいは反緊縮、反EU・反移民の政治勢力の台頭が明確になったのは主に中小国であり、主要国では欧州議会選挙や地方での選挙に限られてきた。しかし、今後は、欧州の主要国で重要な政治イベントが相次ぐ(図表18)。従来路線を否定する政治勢力が伸張した場合の重みが増す。

2 2015年のギリシャ危機については、近日公表予定のニッセイ基礎研究所「基礎研所報」2016年 Vol.60収録の「ギリシャ危機2015 緊迫の3週間を振り返る」をご参照下さい。
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経済研究部   常務理事

伊藤 さゆり (いとう さゆり)

研究・専門分野
欧州の政策、国際経済・金融

経歴
  • ・ 1987年 日本興業銀行入行
    ・ 2001年 ニッセイ基礎研究所入社
    ・ 2023年7月から現職

    ・ 2011~2012年度 二松学舎大学非常勤講師
    ・ 2011~2013年度 獨協大学非常勤講師
    ・ 2015年度~ 早稲田大学商学学術院非常勤講師
    ・ 2017年度~ 日本EU学会理事
    ・ 2017年度~ 日本経済団体連合会21世紀政策研究所研究委員
    ・ 2020~2022年度 日本国際フォーラム「米中覇権競争とインド太平洋地経学」、
               「欧州政策パネル」メンバー
    ・ 2022年度~ Discuss Japan編集委員
    ・ 2023年11月~ ジェトロ情報媒体に対する外部評価委員会委員
    ・ 2023年11月~ 経済産業省 産業構造審議会 経済産業政策新機軸部会 委員

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