2016年06月09日

欧州経済見通し~緩やかな景気拡大、低インフレ、そして政治的な緊張も続く~

経済研究部 常務理事 伊藤 さゆり

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1.緩やかな景気拡大、低インフレが続く

( 1~3月期のユーロ圏は前期比年率2.2%。緩急の差はあるものの主要国は総じて改善 )
ユーロ圏では、14年6月以降の欧州中央銀行(ECB)の金融緩和の強化、中立からやや拡張的な財政政策に支えられた内需主導の緩やかな景気拡大が続いている。

16年1~3月期のユーロ圏の実質GDPは前期比0.6%、前期比年率2.2%と10~12月期の同0.4%、同1.7%から景気拡大のテンポが加速した。

需要面では、最大の需要項目である個人消費が前期比0.6%と10~12月の同0.3%から加速したことが最大の押し上げ要因となった。固定資本形成は、10~12月期の同1.4%から鈍化したもの同0.8%と高めの伸びを保った。政府支出の伸びも10~12月期の同0.5%から1~3月期は同0.4%とやや鈍化したが、引き続き成長の押し上げ要因となった。外需は、3四半期連続で成長の下押し要因となったが、成長の押し下げ幅は10~12月期の0.3%から同0.1%に縮小した。輸出が同0.7%から同0.4%に減速したものの、輸入の伸びが同1.4%から同0.7%へと鈍化した(図表1)。

主要国では、スペインが前期比0.8%と最も高く、ユーロ圏で最大のドイツも暖冬の影響で投資が上振れたこともあり、10~12月期の同0.3%から同0.7%に加速した。フランスは、パリのテロ事件がおきた10~12月期の低成長の反動もあり、1~3月期は同0.6%に加速した。イタリアは1~3月期は同0.3%と10~12月期の同0.2%からやや加速したものの、主要国で最も低調に推移している(図表2)。
(図表1)ユーロ圏の実質GDP(需要項目別)/(図表2)ユーロ圏と主要国の実質GDP(国別)
( 4~6月期も緩やかな拡大持続も成長テンポはやや鈍化。イタリアに失速の兆候 )
4~6月期も緩やかな景気拡大は続いているが、1~3月期の成長を押し上げたパリのテロ事件の反動や暖冬など特殊要因の剥落で成長のテンポは鈍化している。実質GDPと連動性が高い総合PMI(購買担当者指数)は5月(確報値)が53.1と4月の53.0から僅かな改善に留まった(図表3)。PMIは50が生産活動の拡大と縮小の分岐点に相当し、ユーロ圏の4~5月期の実績値は実質GDPで前期比0.3%に相当する。

総合PMIは、ユーロ圏全体では緩やかな拡大が続く一方で、国ごとの方向や水準、ピッチのばらつきも目立つようになっている。スペインは、引き続き主要国で最も高い水準を保っているが、回復ピッチが鈍る兆候を示している。ドイツは昨年12月をピークとする鈍化傾向にいったん歯止めが掛かり、実質GDPで前期比0.5%相当の勢いを保っている。フランスは今年2月には50を割込む水準まで低下したが、直近3カ月は50を上回る水準で緩やかな改善が続いている。他方で、イタリアが4月の53.1から5月は50.8まで急低下し、特にサービス業PMIは49.8と50を下回る水準まで低下しており、回復基調の持続に黄信号が灯った。
(図表3)ユーロ圏と主要国の総合PMI/(図表4)ユーロ圏の実質雇用者所得/(図表5)ユーロ圏と主要国の失業率/(図表6)ユーロ圏と主要国の労働コスト指数
( 成長のエンジン個人消費を支える雇用所得環境は国ごとのばらつきが大 )
ユーロ圏経済で緩やかな拡大が続くようになったのは、雇用所得環境の改善が定着し(図表4)、個人消費が底堅さを増し、自律性が高まったからだ。ユーロ圏全体の雇用は14年に入ってから拡大基調が定着している。賃金の伸びは、世界金融危機前に比べて伸びは鈍化しているが、原油安によってインフレ率を差し引いた実質雇用者所得は、15年を通じて2%台半ばで推移した。

しかし、雇用の回復にも、生産活動と同じく、国ごとの方向や水準、ピッチのばらつきが大きい。ユーロ圏全体の失業率は13年のピーク時の12%超の水準から今年4月には10.2%まで低下した。主要国で最も早いペースで低下しているのはスペインだが、直近でも20.1%でユーロ参加国中24.2%のギリシャに次ぐ高水準だ。他方、ドイツは4.2%で、ユーロ圏で最低、かつ現行統計開始以来、最も低い水準で失業者数の減少傾向も続いている。フランスは9.9%でようやく10%を切ったが、世界金融危機前の7%台を遥かに上回っており、引き続き雇用の創出と失業の解消が政策課題となっている。景気回復の持続力が心配されるイタリアは11.7%で14年初のピーク(12.8%)から改善しているものの、ここ1年ほど一進一退が続いている(図表5)。

賃金の伸びも国ごとの差は大きい。欧州委員会統計局が作成している労働コスト指数の前年比の伸び率を見ても(図表6)、ユーロ圏平均の伸びの安定は、完全雇用のドイツの高めの伸びとイタリアの鈍化、スペインの底這いという結果である。

ユーロ圏経済のエンジンとなっている個人消費を支える雇用所得環境は、全体では改善しても、国ごとのばらつきは大きく、各国の国民の景況感にも大きな開きがあると推測される。
( 2016年の実質GDPは1.6%、内需主導の緩やかな拡大続く )
ユーロ圏全体で見れば、16年後半も著しく緩和的な金融政策とやや拡張的な財政政策が下支える内需主導の緩やかな景気拡大は続く見通しである。16年年間の実質GDPは前年比1.6%と潜在成長率を上回ると予測する。

個人消費の伸びはやや鈍化しても、底堅さを保つ見込みだ。16年後半には、原油価格の低下による低インフレの実質所得を押し上げ効果は徐々に剥落するが、ユーロ圏全体では雇用・所得の緩やかな伸びが期待される。

設備投資の拡大も続くと見られる。稼働率の上昇傾向は足踏みとなっているが(図表7)、長期平均を上回っている。今年3~4月に実施された欧州委員会の設備投資計画調査でも、昨年秋からは下方修正されているが、実質前年比6%増と、ここ数年の比較で見れば、強気の計画が維持されている(図表8)。企業マインドは、年初に世界的に金融市場の緊張が高まり、新興国経済の減速懸念が高まったことを受けて弱含んだが、その後、下げ止まっている(図表9)。著しく緩和的な金融環境、特にECBの資産買入れ策の対象に6月からは社債が加わり、ゼロ金利、場合によってはマイナス金利による4年物の資金供給も実施されるという金融環境も追い風となって、計画の伸びには届かないとしても、投資の拡大は続くと見られる。

輸出は、ロシアとの関係悪化、中国経済の減速で新興国の伸び悩みが続く一方、米国を中心とする先進国向けも減速している(図表10)。当研究所では、米国経済は4~6月期には成長率が持ち直し、中国経済の減速も緩やかに留まると想定している。輸出環境は明るくはないが、後述のとおり、ECBの著しく緩和的な金融政策とやや拡張的な財政政策という政策の下支えもあるため、ユーロ圏経済は外部環境の悪化を理由とする失速は免れると見ている。
(図表7)ユーロ圏の実質固定資本形成と設備稼働率/(図表8)ユーロ圏企業の設備投資計画調査
(図表9)ユーロ圏の企業・家計信頼感指数/(図表10)ユーロ圏の輸出金額
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経済研究部   常務理事

伊藤 さゆり (いとう さゆり)

研究・専門分野
欧州の政策、国際経済・金融

経歴
  • ・ 1987年 日本興業銀行入行
    ・ 2001年 ニッセイ基礎研究所入社
    ・ 2023年7月から現職

    ・ 2011~2012年度 二松学舎大学非常勤講師
    ・ 2011~2013年度 獨協大学非常勤講師
    ・ 2015年度~ 早稲田大学商学学術院非常勤講師
    ・ 2017年度~ 日本EU学会理事
    ・ 2017年度~ 日本経済団体連合会21世紀政策研究所研究委員
    ・ 2020~2022年度 日本国際フォーラム「米中覇権競争とインド太平洋地経学」、
               「欧州政策パネル」メンバー
    ・ 2022年度~ Discuss Japan編集委員
    ・ 2023年11月~ ジェトロ情報媒体に対する外部評価委員会委員
    ・ 2023年11月~ 経済産業省 産業構造審議会 経済産業政策新機軸部会 委員

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