2016年05月31日

進化を続けるリバースモーゲージ-(その2) 英国におけるエクイティ・リリースの市場展開、フランスにおけるヴィアジェ市場とファンド創設

社会研究部 土地・住宅政策室長 篠原 二三夫

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(2)エクイティ・リリースの普及状況
SHIPが創設されて以来のエクイティ・リリースは、ライフタイム・モーゲージ及びホーム・リバージョンが主な商品となり、特にライフタイム・モーゲージが2004年頃から市場を占有するようになった。両者を合わせたエクイティ・リリースの融資額は拡大し、2004年と2007年には約12億ポンドとなったが、米国に発した金融危機の影響を受け、2010年には約8億ポンドまで融資額は落ち込んだ(図1)。
図1 エクイティ・リリース融資額の推移(SHIP加盟各社、金融危機前後)
なお、本年2月の筆者らによるエクイティ・リリース・カウンシルへのヒアリングでは、ホーム・リバージョンの需要は伸びておらず、2012年時点でホーム・リバージョンはエクイティ・リリース市場の1%程度のシェアしかなく、足下ではほぼ市場から消えた商品とのことである。ホーム・リバージョンは住宅を先行して売却し、その後の居住権を得る「売却型」の仕組みであるのに対し、ライフタイム・モーゲージは亡くなるまで住宅の所有権が借り手に残る「融資型」のため、相続時において住宅を家族が買い取る選択肢が残るのと、高齢者に亡くなるまで自分が所有している住宅に居住しているという安心感がある点が大きな理由という。

次に、ライフタイム・モーゲージなどを中心に、金融危機後の住宅融資動向をみてみよう。ここで用いたデータは、金融危機後の2012年金融サービス法により、旧FSAに代わって新たに創設された金融行為監督機構(Financial Conduct Authority: FCA)によるものである。FCAは、2007年から金融規制対象下にある300ほどの金融機関から四半期毎に貸付行為に関する報告を得ている。これを集計したデータ値と図1で示したSHIPの2010年などの重複年次の値をみると、ライフタイム・モーゲージの年間融資額は多めだが、FCAデータの方が、規制対象貸付機関数が多いので市場全体をより正確に示していると判断される。
図2 エクイティ・リリースなどの融資額の推移(金融危機及びその後)
この統計データによると、2007年時点のライフタイム・モーゲージの融資額は13.52億ポンドである(図2)。2008年以降の金融危機後は、2010年に9.83億ポンドまで融資額は落ち込んだが、その後は横ばいから回復基調に入り2014年には2007年を上回る14.79億ポンド、2015年には16.65億ポンドと拡大基調にある。

この間のライフタイム・モーゲージの低迷は、持家住宅融資及び賃貸住宅投資用融資(Buy to Let: BTL)も同じような動きを示していることから、金融危機が融資市場全体に影響したことが分かる。

ライフタイム・モーゲージの新規住宅融資総額5におけるシェアの推移をみると(図3)、金融危機前もしくはその時点では0.7%前後であったにも関わらず、金融危機後は2009年第一四半期に2.0%まで跳ね上がっている。これは、持ち家や賃貸住宅投資のための借入を行い、金融危機後に債務の返済が難しくなった借り手が、ライフタイム・モーゲージを用いて資金を調達したことによる一時的な動向と考えられる。その後、ライフタイム・モーゲージの占率はほぼ1%前後を推移し続けている。

なお、金融危機後において、徐々に持家融資の占率が低下し、賃貸住宅投資用融資(BTL)の占率が上昇している点は興味深い。
図3 持家融資・賃貸住宅投資用融資(BTL)・ライフタイム・モーゲージ融資の推移
 
5 ライフタイム・モーゲージ新規融資額を、持家とBTL、ライフタイム・モーゲージの合計で除した比率。


(3)エクイティ・リリース市場の全体像(市場参加者の役割)
エクイティ・リリース市場に参加する関係者の相互関係や役割を図4にて概観する。

英国のエクイティ・リリースは民間市場で開発され取引されている融資商品のため、政府の関与は消費者保護を目的とした、金融行為監督機構(FCA)による金融商品全般や金融取引等の行為規制に限られており、米国のHECMのような制度保険のための基金や政府による証券化支援などの仕組みはない。

金融行為を行うものが消費者に対して契約不履行に陥ったり、損失を与えたりした場合には、FCAから金融サービス補償機構(FSCS)を通じて、消費者側を補償する仕組みがあるが、補償額は一定額で事由に応じて異なる。

エクイティ・リリース・カウンシルによると、消費者が問題を抱え、クレームしたい場合は、非営利第三者仲裁機関である金融オンブズマンサービス(Financial Ombudsman Service)に訴えるのが最も効果があり、金融機関も評判を落としたくないため、真摯に対応して問題を解決するために動くという。消費者への商品説明書には、このオンブズマンサービスへの連絡先が予め記載されている。

エクイティ・リリース・カウンシルは、従前のSHIPを引き継ぎ、商品の安全性確保や消費者に向けた普及・啓発活動、ロビイング活動などを行っている。
図4 エクイティ・リリースの全体像(市場参加者の役割分担)
2007年(SHIP時点)では、ライフタイム・モーゲージのプロバイダー(貸付機関)数は27社まで伸びたが、Saffron Building Societyなどの住宅金融組合(Building Society)や破綻したNorthern Rock(銀行)、プルーデンシャルなどの大手生保などが退会し2010年末までに12社に減った。2016年5月末現在のプロバイダーは12社(アルファベット順)だが(表1)、今年中に新たに3社が加盟し15社に増える予定である。
表1 エクイティ・リリース・カウンシル会員のプロバイダー (2016年5月末現在)
ただし、エクイティ・リリース・カウンシルの会員数は350社ほどいる。これは、プロバイダーだけではなく、消費者との融資契約をまとめる弁護士(消費者側とプロバイダー側は各々弁護士を起用する)や事前の相談を行うファイナンシャル・アドバイザー、物件の評価や検査を行うサーベイヤー(不動産鑑定士)、ブローカーなどの市場関係者も会員になっているためである。

ファンダー(投資家)には年金や保険会社が多い。ライフタイム・モーゲージの商品特性から、固定金利条件の長期資金をモーゲージプールにつなげているためである。プロバイダーは長期資金他、その他の資金ソースも活用し、モーゲージプールの特性に基づき、各々、様々な独自商品を開発しているという。図4ではファンダーからプロバイダー、ブローカーへと資金が流れるように見えるが、多くの場合は、融資契約は借り手とファンダーの間で直接締結され、プロバイダーはライフタイム・モーゲージ契約をオリジネートするためのネットワークシステム提供、鑑定士や弁護士起用と費用負担、ブローカー費用負担及び契約後のサービシングを引き受けている。

プロバイダーからの直接販売は20%程度であり、多くのライフタイム・モーゲージはブローカーを通じて販売されている。ブローカーにはBowerやEtc、Age、KRSなど多数がライフタイム・モーゲージを取り扱っている。

消費者の多くはブローカーを通じてライフタイム・モーゲージなどのエクイティ・リリース商品を購入することになるが、契約に際しては、双方に独立した弁護士を起用することとなっている。また、FCA規制及びエクイティカウンシルの行為規定により、事実上、ファイナンシャル・アドバイザーの助言を得た上で、融資契約を締結することが義務づけられている。米国同様に、アドバイザーの助言は電話でも得ることができる。
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社会研究部   土地・住宅政策室長

篠原 二三夫 (しのはら ふみお)

研究・専門分野
土地・住宅政策、都市・地域計画、不動産市場

経歴
  • 【職歴】
     1975年 丸紅(株)入社
     1990年 (株)ニッセイ基礎研究所入社 都市開発部(99年より社会研究部門)
     2001年より現職

    【加入団体等】
     ・日本都市計画学会(1991年‐)           ・武蔵野NPOネットワーク役員
     ・日本不動産学会(1996年‐)            ・首都圏定期借地借家件推進機構会員
     ・日本テレワーク学会 顧問(2001年‐)
     ・市民まちづくり会議・むさしの 理事長(2005年4月‐)
     ・日米Urban Land Institute 国際会員(1999年‐)
     ・米国American Real Estate Finance and Economics Association国際会員(2000年‐)
     ・米国National Association of Real Estate Investment Trust国際会員(1999年‐)
     ・英国Association of Mortgage Intermediaries準国際会員待遇(2004年‐)
     ・米国American Planning Association国際会員(2004年‐)
     ・米国Pension Real Estate Association正会員(2005年‐)

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