2016年05月18日

近づく英国の国民投票-経済的コストへの警鐘が相次いでも落ちないEU離脱支持率

経済研究部 常務理事 伊藤 さゆり

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6――EUへの影響

1|経済的な影響-景気にはマイナス、世界経済におけるプレゼンスは低下
英国外でBREXITの影響を最も強く受けるのはEUだ。

4-2で紹介したOECDの試算では、2020年までの短期では英国のGDPは3.3%押し下げられるのに対して、EUのGDPは0.9%押し下げられる。ポンド安、英国経済の下振れが、貿易を通じて影響を及ぼすと見る。

BREXITは、直接的にEUの世界におけるシェアの低下をもたらす。(図表2)で示したとおり、EUの世界に占めるシェアは名目ドル換算の名目GDPベースで2割強であり、2014年時点で米国とほぼ同程度だった。ここから英国が抜ければ、EUのシェアは2割を下回り米国との差は拡大する。IMFの16年4月の「世界経済見通し」のデータを元にすれば、2020年には中国が英国離脱後のEUを上回る。

英国は28のEU加盟国の中でも、特別な存在だ。G7、G20の一角を占める大国である。EU加盟国のうち、国連の常任理事国は英国とフランスの2カ国だけ。世界への影響力低下にもつながる。
 

2|政治的な影響-直ちに離脱のドミノを引き起こすことは考え難い
英国経済の減速による影響や、世界経済におけるプレゼンス低下などの経済面以上に、深化と拡大という第二次世界大戦後から続く欧州統合が初めて直面する有力国の離脱という政治的な意味が重い。今年2月のEU首脳会議で、英国政府の要求に大筋で沿う「新条件」で合意したのも、EUにとってBREXITの回避が望ましいという判断で一致したからだろう。

EU加盟各国では、反EUや反移民、反緊縮などEUが推進する政策に反対する政治勢力が広がっている。BREXITをきっかけに、離脱国が次々と現れる「ドミノ」が起きるリスクも懸念されている。英国の世論調査会社「Ipsos MORI」が英国と英国以外のEU加盟国8カ国、域外の5カ国(米国、カナダ、インド、南アフリカ、豪州)で実施したBREXITに関わる世論調査17では、「英国がEUを離脱した場合、他にも離脱をする国が出てくる」との問いに同意した割合はEU加盟国では48%、域外の5カ国で42%であった。EU加盟国では、BREXITの影響について、「EUに悪影響を及ぼす」と見る割合が51%に対して、「英国に悪影響を及ぼす」と見る割合は36%と低い。さらに、フランスとイタリアでは「英国の国民投票は離脱多数になる」との見方と、「自国もEUへの残留か離脱かを問う国民投票を行なうべき」という意見が多数を占めた。国民投票の実施を支持する割合は、ドイツ、スウェーデン、ベルギー、スペイン、ポーランド、ハンガリーという他の調査国でも4割前後に達している。但し、「今、国民投票が実施された場合、離脱支持に票を投じる」と答えた割合は、最も高いイタリアでも48%、それに続くフランスが41%、スウェーデンが39%で、過半を超えた国はなかった(図表22)。

BREXITは各国における反EUの機運を勢いづかせるリスクはある。特に、ユーロ参加国の場合、政策面での自由度は英国のようなユーロ未導入のEU加盟国以上に狭い。EUが、高失業や難民危機、テロ対策などに有効な対策を打てない中で、別の選択肢を求める機運が高まることは自然な流れではある。

しかし、BREXITが直ちに離脱のドミノを引き起こすことは考え難い。EUの政策や単一市場から得ているベネフィットも大きいからだ。例えば、FREXITが取り沙汰されるフランスは、17年春に大統領選挙を予定しているが、長期にわたる景気の低迷、移民問題、テロの脅威などを背景に反EUを掲げるマリーヌ・ルペン氏が率いる国民戦線(FN)への支持が広がる。しかし、EUの政策の根幹である共通農業政策(CAP)の最大の受益者でもあり、離脱という選択のコストは大きい。オランダのNEXITも、同国がEUのモノやヒトの結節点としての機能し、単一市場から得ているベネフィットの大きさを考えると現実的ではない。

ハンガリーやチェコ、ポーランドなど中東欧のユーロ未導入国の場合も、EUに不満を募らせたとしても、離脱という選択肢のコストの大きさを考えると、一気に離脱へと突き進むことは考え難い。中東欧の銀行システムは西欧や北欧の銀行の子会社による寡占構造であり、銀行監督面での密接な連携は欠かせない。英国の離脱派が、EU加盟のコストとして奪還を望むEU財政への拠出金も、中東欧の国々はネットの受益者である。地理的に隣接する大国ロシアの脅威もある。英国とは事情が異なる。

いずれにせよ、英国が初の離脱国となって初めて現実の離脱のコストとベネフィットが明確になることが、加盟各国の将来の選択に関わってくるだろう。BREXITが、離脱ドミノを引き起こすのか、逆に安易なEU離脱の動きを抑止することになるのかは、英国がどれだけ巧みに離脱プロセスを乗り越えられるか次第という面がある。
 
3|新条件での英国のEU残留の影響-火種は残る
残留支持多数となった場合、不透明感が払拭されるため、経済面での影響は軽微にとどまり、市場の混乱なども回避されるだろう。離脱支持多数となるリスクを意識して進んだポンド安が反発、銀行や自動車などBREXITのマイナスの影響を受けやすい業界の株価も反発しそうだ。

しかし、英国内、EU内ともに火種は残る。英国内では離脱支持派のEUへの不満はくすぶり続けるだろう。新条件で残留する英国は、ユーロ圏の銀行同盟などEUの中核プロジェクトからは距離を置くため、EUで中心的な役割を果たすことができない。離脱派は、EUに国家主権が侵害されているという思いを抱き続けるだろう。海外子女への児童給付の水準の調整や、EU移民に対する在職給付を制限する緊急ブレーキ制の発動基準など、EUに残留した場合の新条件の運営には不透明な部分があり、移民抑制に十分な効果を発揮できないかもしれない。

競争力向上のためのEU規制の見直しなどが、英国が満足できるスピードで進むか、EU法案へのレッドカード制導入で、英国の意に反する法規制の導入を阻止できるかは、他の加盟国の連携次第という面がある。離脱派が一層不満を強め、国民投票の再実施に向けた圧力を強める可能性がある。

EUにとっても、新条件で残留する英国の存在はEUレベルの政策のブレーキとなり、加盟国間の足並みの乱れを増幅するおそれがある。他の加盟国で、EU残留か離脱かを問う国民投票と引き換えに、EUから譲歩を引き出そうという動きが広がる可能性もある。ユーロ圏と非ユーロ圏の溝は一層深まるおそれがある。

17 Ipsos Brexit poll, May 2016より。同調査は16年3月25日~4月8日の間に1万1030名を対象にオンライン調査で実施された。

7――世界経済、日本経済への影響

7――世界経済、日本経済への影響

1|世界経済への影響
国際通貨基金(IMF)は4月の「世界経済見通し」で「既存の貿易関係を混乱させるなど地域レベル・世界レベルで深刻なダメージをもたらす」リスクを指摘した。ラガルド専務理事も会見の中で、他のEU加盟国との関係が一定期間にわたり不透明になるBREXITは「世界の経済成長の深刻な下振れリスクの1つ」と述べた。

国民投票が離脱支持多数となっても、EUとの協議期間の2年程度はEU加盟国であり続けるため、経済活動への影響は、本来はマイルドになるはずだ。英国の経済規模から考えれば、世界的な影響力は、米連邦準備制度理事会(FRB)の金融政策の変更や中国の需要動向などに比べれば、限定であろうと思われる。

しかし、英国の経常収支の赤字は、米国に続く世界第2位、過去最高の水準に膨らんでいるため、離脱支持多数という結果が出れば、英国から急激に資本が流出、世界の金融市場の動揺を引き起こすリスクはある。ここのところ、ドル高の修正や中国不安の緩和、原油価格反転で小康状態にある世界的なリスクオフ再燃のきっかけとなることが心配される。ユーロ圏にとっても悪材料という受け止めが広がり、ユーロ相場の不安定化やユーロ建て資産価格の下押し圧力が強まれば、世界的な影響はさらに広がる。
 
2|日本経済への影響
日本はBREXITがもたらす英国やEU経済の不透明化の影響を相対的には受けにくい。日本企業の貿易取引や企業の海外事業活動の中心はアジアにあり、欧州への輸出や欧州での事業の売上高、経常利益の規模は北米市場の半分程度である。銀行の国際与信に占める割合ではアジアよりも欧米市場の方が大きいが、やはり欧州向けは北米向けの半分程度である(図表23)世界経済における欧州市場の大きさ(3ページ、図表2)と、日本企業の市場としてのEUの大きさにはかなりの開きがある。
図表23 日本の貿易、企業の海外事業活動、銀行の国際与信の地域別分布
日本が、BREXITの影響を相対的に受けにくいという理由で、国民投票が離脱多数という結果に終わった場合には円高が進みやすいと考えられている。おそらく、英国民投票を引き金とする急激なポンド安、円高などの動きには主要20カ国(G20)の合意事項でもある経済及び金融の安定に対して悪影響を与えうる「過度の変動や無秩序な動き」として協調行動が採られる可能性があるが、日本の企業収益、輸出に対する潜在的なリスクではある。

安倍首相は、5月の英国訪問の際、日英共同記者会見で、日本企業は「EUのゲートウェイであるからこそ、英国に進出している」と述べた。250社のグローバル企業に関する調査によれば18、日本企業のおよそ4分の3が、欧州地域本部をロンドンに設置している。欧州でクロスボーダーなビジネスを展開する企業は、国民投票が離脱支持多数という結果に終わった場合、EUやEU域外とのFTAなどの交渉をフォローし、拠点展開を再考する必要に迫られる。
 
18 Deloitte(2014)
<参考文献>

・経済産業省「第45回海外事業活動基本調査結果概要-平成26(2014)年度実績-」2016年4月
・日本貿易振興会JETRO「中国 WTO・他協定加盟状況」(最終更新日:2016年03月28日)
・TheCityUK(2015), “KEY FACTS about the UK as an International Financial Centre”, July 2015
・Deloitte(2014), “London Futures, London crowned business capital of Europe”, April 2014
・Dhingra, S., and T. Sampson (2016), “Life after BREXIT: What are the UK’s options outside the European Union?”, Centre for Economic Performance (CEP), London School of Economics and Political Science (LSE) ,  Feburary 2016.
・Dhingra, S., G. Ottaviano, T. Sampson and J. Van Reenen (2016a), “The consequences of Brexit for UK trade and living standards”, Centre for Economic Performance (CEP), London School of Economics and Political Science (LSE) ,  March 2016.
・Dhingra, S., G. Ottaviano, T. Sampson and J. Van Reenen (2016b), “The impact of Brexit on foreign investment in the UK”, Centre for Economic Performance (CEP), London School of Economics and Political Science (LSE),  April 2016
・HM Government(2016a), “The Process for withdrawing from the European Union”,Presented to Parliament by the secretary of State for Foreign and Commonwealth Affairs by Command of Her Majesty,  February 2016
・HM Government(2016b), “Alternatives to membership: possible models for the United Kingdom outside the European Union,  March 2016
・HM Government(2016),”HM Treasury analysis: the long-term economic impact of EU membership and the alternatives”, Presented to Parliament by the Chancellor of the Exchequer by Command of Her Majesty,  April 2016
・IMF(2016b), “United Kingdom—2016 Article IV Consultation Concluding Statement of the Mission”,  May 13, 2016
・OECD(2015), “Indicators of Immigrant Integration 2015 Settling In”, July 2015
・OECD(2016), “The Economic Consequences of BREXIT: a Taxing Decision” OECD ECONOMIC POLICY PAPER No. 16, April 2016
・Pwc(2016), “Leaving the EU: Implications for the UK economy”, March 2016
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伊藤 さゆり (いとう さゆり)

研究・専門分野
欧州の政策、国際経済・金融

(2016年05月18日「基礎研レポート」)

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