2016年05月13日

労働関連統計にみられる人口減少と高齢化の影響 ~九州地域の場合~

日本大学経済学部教授 小巻 泰之

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1.はじめに

全国及び都道府県ベースでみて、労働需給を示す有効求人倍率は2009年をボトムに大きく改善している。2016年1月には埼玉県、鹿児島県及び沖縄県を除くすべての都道府県で1倍を超える状況にある。中には、青森県のように調査開始(1963年1月)以来初めて1倍を超えた地域も出ている。一般的に有効求人倍率の上昇は、労働市場の需給改善を示すとされている。しかし、地域では少子高齢化が進み、労働市場では直接的に労働力人口に影響を与える状況にある。全国ベースでは均されて確認が難しいものの、地域によっては人口の変化が既に労働需給に影響を与えていると考えられる。この点から考えれば、今次の有効求人倍率の改善は地域経済の活況を示したものであるかを確認する必要がある。

本稿では、都道府県ベースのデータをもとに少子高齢化や若年層の人口流出などの人口の変化が、地域経済へどのような影響を与えているのか、労働関連の経済統計から検討する。本稿を進めるにあたって以下の3点を考慮する。

第1に、都道府県ベースで利用可能な労働関連の統計間の関係を確認する。人口の変化の労働市場への影響を分析する場合、国勢調査、人口推計統計、労働力調査、毎月勤労調査などが用いて分析される。しかし、多くの統計は全国ベースの状況把握を目的とする標本調査であり、都道府県別の推計を前提とした標本抽出が行われていない。このため地域の状況をみる場合、全国の結果に比べ統計の精度が劣るとされている。また、地域ブロックならまだしも、都道府県ベースの統計は種類が多くない。年次・月次ベースでは賃金構造基本調査、毎月勤労統計地方調査、有効求人倍率(職業安定業務統計)などに限られ、「経済財政白書」や「地域の経済」などの白書でもこれらの統計を用いた分析となっている。そこで、都道府県ベースで利用可能な統計は全国ベースの統計間の関係で期待されるような状況があるのかを確認する。たとえば、失業率及び有効求人倍率はともに労働需給を示す経済統計であり、その動きは逆相関の関係にあるとされ、全国ベースは有意な関係が確認できる。

第2に、失業率や有効求人倍率の水準格差の要因について検討する。地域の失業率や有効求人倍率の変動は必ずしも一様ではない。労働政策研究・研修機構(2004)で指摘されているように、失業率の都道府県格差は、性、年齢、学歴などの労働人口の構成や産業構造の地域差に影響を受ける。本稿では特に、少子化や人口流出入による人口減の影響や高齢化による労働人口の年齢構成の影響について都道府県間で検討する。

第3に、分析の対象地域を地理的に1つの経済圏の形成している九州とする。人口面でみると九州地域は継続的に人口減少している地域と増加している地域が混在している。また、失業率の地域間格差には産業構造などが影響していることから九州は全国平均より高い水準となっている。この他、第三次産業のウエイトが比較的高い福岡県、高校卒業者の県内就職率が全国で最も低い宮崎・鹿児島県を有するなど、各県の特徴が大きく異なっている。そこで、九州7県について比較検討する。

本稿の構成は以下の通り。次節で人口の変化の影響と統計との関係を整理した上で、第3節では九州各県について利用可能な統計の動きと統計間の関係について検討する。第4節では有効求人倍率の動きついて人口の変化の影響を確認する。最後に、第5章で今後の課題についてまとめる。

2.人口の変化の影響と統計との関係

2.人口の変化の影響と統計との関係

2.1人口の変化の労働市場への影響
人口の変化は労働市場の面でいえば、労働力人口に影響を与える。労働力人口は15歳以上の生産年齢人口と労働市場への参加率を意味する労働力率に分解できる。2つの面から考えれば、少子化や当該地域からの人口移動(流出)は生産年齢人口を減少させ、労働力人口の減少につながる。つまり、当該地域における労働力の供給面での制約要因となる可能性がある。ただし、それが経済成長に影響を与えるかどうかについては経済成長の要因が労働集約的や資本集約的のどちらにより大きく影響しているかに依存するため一義的ではない。

他方、人口構成の高齢化は定年制の適用次第の面はあるが、労働力率の低下から労働市場からの退出が増加することになる。しかし、日本の場合女性の労働力率は国際的にみても概して低く、高齢者の退出分を穴埋めする可能性も考えられる。つまり、男女間の労働者の構成に変化を与える可能性が考えられる。また、加齢による個々の労働者の技術が高まっている可能性も考えられる。

ここでは、労働力人口の減少が、労働関連の統計へ与える影響について考える。
 
2.2労働力人口の減少の影響
失業率でいえば、労働力人口の減少により失業者への労働需要が増加すれば失業率は増加しないかもしれないが、失業の要因が年齢や技術などのミスマッチに起因している場合には失業率を高める可能性が考えられる。また、労働政策研究・研修機構(2004)で整理されているように、年齢構成や人口移動が影響する可能性がある。若年比率が高い場合には失業率が高く、人口流入県では失業率が高くなる傾向が確認されている。これは、都道府県間の人口移動は若年層が多く、人口流入県は若年者比率が高くなり失業率が増加する要因となりうることを意味している。その他、産業構造的には製造業の比率が高い場合失業率は比較的低下要因として働き、第3次産業の比率が高い場合には失業率の上昇要因として影響する可能性が考えられる。

有効求人倍率の場合、求職者と求人数に分けて考える必要がある。求職者は少子化及び人口流出により求職者そのものが減少すると考えられ、有効求人倍率は上昇する可能性が考えられる。また人口移動は若年層が多いので年齢別にみた場合、若年層の倍率が上昇することとなる。求人数は当該地域における産業構造、企業立地に影響される要因と景気要因が考えられる。一般的に、企業が求める労働者には年齢、性、技能など、その業種によって異なってくる。ただし、求人の年齢については、雇用対策法改正により2001年10月に年齢の制限廃止が努力義務となり、2007年10月に原則禁止となっている。このため、2001年(もしくは2007年)前後で年齢別の有効求人倍率には差異が生じている可能性はある。

3.人口の変化と労働関連統計の動向

3.人口の変化と労働関連統計の動向

3.1九州地域の労働力人口と人口移動
九州各県の労働力人口をみると、福岡県は近年こそ人口減少が確認できるものの総じて労働力人口は維持されている。1985年と比較すると3190万人から2014年3125万人である。しかし、長崎県、宮崎県及び鹿児島県は1980年代より概して人口減少が確認できる。1985年比で長崎県22.6%減、宮崎県16.1%減、鹿児島県17.5%減と大きく減少している(図表1)。

人口構成をみると、九州各県と人口構成の高齢化が進んでいる。福岡県を除く6県は全国平均より高齢化が進んでいる。特に、長崎県、大分県及び鹿児島県では26%を超えるなど、特に高齢化が進んでいる(図表2)。しかし、福岡県は全国平均より65歳以上人口の比率が小さく若年層の人口が多い。
図表1:九州各県の労働力人口の動向/図表2:九州各県の人口構成
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日本大学経済学部教授 小巻 泰之

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