2016年05月11日

英国 年金原資使途自由化後の退職商品の販売動向-選択の自由を得た退職者は何を選択したか-

松岡 博司

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2――顧客はどのような選択を行ったか -3商品の販売動向を比較してみると-

前章では、一時金引出し、インカムドローダウン商品、アニュイティという、それぞれの商品について商品別に、改革実施後の販売動向を見てきた。本章では、3つの商品の販売動向を一つのグラフにプロットして比較し、改めて顧客の動きを考えて見たい。
グラフ4は、販売件数ベース、販売金額ベース別に、3つの商品を比較したものである。
折れ線グラフからは、件数、金額の両面で、アニュイティの販売が大きく減少し、代わってインカムドローダウン商品の販売がアニュイティを上回るほどに大きく増加したことが見て取れる。
また2015年の折れ線グラフと円グラフを見ると、件数ベースでは一時金引出が最も多く選択されており、その比率も高いことがわかる。金額ベースでも、2015年第2四半期、第3四半期においてはアニュイティの金額を一時金引出の金額が上回っている。
グラフ4 一時金引出、インカムドローダウン商品、アニュイティの推移
改革案が発表された2014年3月以降、本格的に改革が実行される2015年4月までの間、態度を決めかねて実施を繰り延べしていた一時金引出指向の顧客が2015年第2四半期と第3四半期に引出しの実行に踏み切ったために、一時金引出の実績が大きくなった。その動きが第4四半期になって落ち着きを取り戻しはじめたことにより、一時金引出の実績が、それまでの各四半期の半分程度に減少した。とはいえ、2015年第4四半期においても、一時金引出件数はインカムドローダウンやアニュイティの件数の倍程度ある。下の円グラフを見ると、一時金引出は、件数ベースでは、第2四半期70.2%、第4四半期53.5%と、過半の顧客から選択されている手段であることがわかる。
また、前章でも触れたことであるが、第2四半期から第4四半期にかけてインカムドローダウン商品とアニュイティの件数が逆転している。

3――顧客はどのような選択を行ったか -顧客属性ごとの選択の傾向-

3――顧客はどのような選択を行ったか -顧客属性ごとの選択の傾向-

グラフ5は、一時金引出、インカムドローダウン商品、アニュイティの1件あたり平均金額を対比したものである。
手持ちの年金原資の小さい人が、年金原資を一時金として引き出している可能性が高いようだ。一時金引出しの平均引出額は1万4,800ポンドである。
アニュイティやインカムドローダウン商品の購入は、大きめの年金原資を持つ人が行っている。ABIは、「年金原資がより大きい場合は、退職後所得を定期的に支払う形態の商品、すなわちアニュイティまたはインカムドローダウン商品に年金原資が投入される傾向がある。その平均投入額は59,600ポンドである。2015年4月-12月期、総額75憶ポンドが約125,500件の定期的に退職後所得を支払う商品に投入されている。」と分析している。
グラフ5 一時金引出、インカムドローダウン商品、アニュイティの1件あたり平均金額
年金フリーダム改革の実施を機に上限規制が撤廃されたインカムドローダウン商品の平均購入金額が飛躍的に拡大しているのは当然として、アニュイティにおいても平均販売額が1万ポンド以上大きくなっている。

4――今後の動向

4――今後の動向

ABIは、「年金改革から1年、自由の精神は組み込まれ、改革は意図された通りに機能している。この状況は、実施まで1年の準備期間も与えられなかった変革に備えるために苦闘してきた生保業界に対する信頼の証である。」、「人々は道理にかなったアプローチを取り、どうすれば退職期間全般にわたって支払いを受けることができるかを考慮している。」 との総括の下、「わが生保業界のキーとなる課題は、人々が退職に備える上で十分なだけの蓄えを作ることを保証することである。平均余命が伸び退職時点の給与が減少しているという状況の中、生保業界は、顧客がより大きな年金原資を蓄えることを助けることに注意を向けなければならない」として、年金原資の形成事業に注力する意欲を示している。
またこれからは、少額年金原資保有者(中低所得層)を対象とするアニュイティやインカムドローダウン商品の販売が減少し、大きな年金原資を持つ富裕層を中心とする大口顧客にアニュイティやインカムドローダウン商品の販売がシフトしていく可能性がある。
老後の備えの必要性が高い中低所得層は一時金の形で年金原資を引き出してしまい費消してしまうリスクを抱え、富裕層はインカムドローダウン商品やアニュイティで老後の備えを確実にしようとする。はたしてこれが年金フリーダム改革の所期したところなのか、疑問を感じざるを得ない。

おわりに

おわりに

以上、昨年4月6日に実行に移された英国の年金フリーダム改革の影響を、消費者による退職商品選択の角度から見てきた。
終身年金を選ばず、一時金の形で年金原資を引き出してしまう人は相当数にのぼる。さらに英国政府はアニュイティを購入済みの人々にも、アニュイティを現金化する手段を与えようと、加入しているアニュイティを売却して現金化することを2017年より認める方向を打ち出している。これまで以上に、老後のために蓄えたたいせつな資金を費消してしまうリスクについての、十分な説明を行う必要性が感じられる。
英国の大手生保会社の2015年決算では、アニュイティの売上が激減する一方で、インカムドローダウン商品や年金原資形成商品であるペンションの販売が増加し、アニュイティの不振を埋めあわせた。アニュイティ事業は、英国の生保会社から見て重要性の薄い事業となりつつあるようだ。アニュイティ事業に特化しているジャストリタイアメント社とパートナーシップ社が2016年4月に合併するなど、最近の英国生保業界では、アニュイティ事業を切り離そうとする動き、または拡大しようとする動きが再編の原動力となっている。
引き続き、英国年金フリーダム改革の帰趨に注目していきたい。
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松岡 博司

研究・専門分野

(2016年05月11日「保険・年金フォーカス」)

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