2016年05月02日

総合診療医の養成-かかりつけ医の配置は、順調に進むか?

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也

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3――今後不可欠となる総合診療医

今後、少子高齢化が進むなかで、医療は、病院で病気の完治を目指す「病院完結型」から、自宅や介護施設等で療養しつつ寛解6を目指す「地域完結型」へと、変化していくものと考えられる。その際、地域医療の中核として、かかりつけ医の役割を担う、総合診療医の存在が不可欠となる。2013年に、厚生労働省の検討会7は、報告書を公表した。その中で、既存の18種の領域別専門医に加えて、新たに、「総合診療専門医」を設けることとした。

1総合診療医は、全人的な医療を行うことが求められる
報告書は、総合診療医の必要性について、4つの視点を挙げている。
図表7. 総合診療医の必要性についての視点
その上で、「総合診療医には、日常的に頻度が高く、幅広い領域の疾病と傷害等について、わが国の医療提供体制の中で、適切な初期対応と必要に応じた継続医療を全人的に提供することが求められる。」としている。
つまり、従来の領域別専門医の特徴が、医療技術の深さ、であるのに対し、新設の総合診療医は、医療に関して扱う問題の広さと多様性、に力点が置かれている。そのために、総合診療医は、専門的な医療技術のみならず、幅広い病気に対する診断力や、患者や他の医療スタッフ等とのコミュニケーション力等、患者の医療を、総合的にマネジメントする力が求められるものと考えられる。
 
6 病気そのものは完全に治癒していないが、症状が一時的あるいは永続的に軽減または消失すること。特に白血病などの場合に用いる。(広辞苑 第六版(岩波書店)より)
7 「専門医の在り方に関する検討会」(2011年10月~2013年3月の間、17回開催。2013年4月に報告書を公表)
2総合診療医の研修には、ありとあらゆる医療技術や、地域医療の経験が組み込まれている
2015年、日本専門医機構は、専門研修プログラム整備基準を了承した。この基準では、人間中心の医療、地域志向など、6つの到達目標8が設けられた。2017年度より、研修が始まる予定である。
総合診療専門医の研修期間は、3年以上。そのうち、総合診療専門研修で18ヵ月以上、内科で6ヵ月以上、小児科と救急科でそれぞれ3ヵ月以上の研修が必須、とされている9
研修中に経験すべき症例は、心肺停止や呼吸困難といった重篤な病態から、胸やけ、腹痛といった日常的に見られる症状まで幅広い。また、経験すべき診察や処置として、例えば、新生児・幼児・小児の心肺蘇生法。生体標本(喀痰(かくたん)等)に対する顕微鏡的診断。高齢患者の機能評価を目的とした身体診察(歩行機能など)や、認知機能検査。経鼻胃管や胃瘻(いろう)カテーテルの挿入・管理。など、全領域の患者に対して、ありとあらゆる医療技術の習得が求められる。加えて、地域医療の経験として、介護認定審査に必要な主治医意見書の作成。特別養護老人ホームなどの施設入居者の日常的な健康管理。地域の医師会や行政と協力して、特定健康診査の事後指導や、特定保健指導を行うことまで要請される。正に、全人的な医療を提供するための、素養の習得や、技術の鍛錬が求められる。
 
8 同基準は、「コアコンピテンシー」(中核的能力)と呼んでいる。内容は、次の6つ。(1)人間中心の医療・ケア、(2)包括的統合アプローチ、(3)連携重視のマネジメント、(4)地域志向アプローチ、(5)公益に資する職業規範、(6)診療の場の多様性
9 その他に、外科・整形外科・産婦人科・精神科・皮膚科・眼科・耳鼻咽喉科などについても、必要な範囲で研修を実施。

は4――総合診療医を養成する上での留意点

4――総合診療医を養成する上での留意点

総合診療医の養成に向けた準備が進められているが、そこには、いくつか、留意すべき点もある。

1総合診療医の需給バランスを、どのようにとるか
日本は、急速に少子高齢化が進みつつある。これに対して、早急に地域医療の充実を図ることが必要であろう。ただし、次の試算10のとおり、一定規模の総合診療医の体制を築くことは容易ではない。総合診療医の需給バランスを、どのようにとるかは、今後の大きな検討点と言えよう。
図表8. 総合診療医の配置数に関する試算
 
10 人口1万人につき1人というのは、あくまで、当試算上の設定。総合診療医の必要数についても、議論が必要となろう。
2既存の医師が、総合診療医に転換する仕組みをどう構えるか
新卒医師だけで、必要な総合診療医体制を実現することは、かなり困難ではないかと考えられる。そこで、既存の医師の転換を考慮することとなる。そもそも、総合診療医には、全人的な医療が求められており、そこでは、医師としての経験や、日々の医業から築いた医療関係者のネットワークが、大きな武器となる。新卒医師を一から養成するだけではなく、既に診療所等で、かかりつけ医として、地域医療を担っている内科医や小児科医等に、総合診療医に、転換してもらうことが有効となろう。即ち、新卒医師と既存医師の両面から、総合診療医の養成を進めることが必要と考えられる。
既存の医師が、総合診療医に転換するための研修の体制等を、整備していくことが求められよう。

3医師の地域偏在の問題を、どう解消すべきか
医師が不足する過疎地域では、地域医療に支障が生じることが懸念される。これまでは、僻地(へきち)医療の拠点病院から医師の巡回派遣を行うことで、対応してきた。しかし、総合診療医として、従来以上に、地域に根ざした医師の養成を進めるためには、巡回派遣を、一層充実させていく必要があろう。また、その際には、派遣される医師やその家族にとって、転居等に伴う様々な負担の軽減を図るなど、医師の勤務上の待遇や、条件の面において、柔軟で、きめ細かい対応が、必要となろう。

5――おわりに (私見)

5――おわりに (私見)

現在、総合診療医の養成に向けた準備が、進められている。しかし、医師の配置には、難題も多い。特に、過疎地域や僻地での医師の充足には、懸念点も多いものと考えられる。
既存の医師が、総合診療医に転換するにあたっての方策も欠かせない。例えば、医師の各業務の要否を再検討し、医師以外のスタッフでも対応できる業務は、それらのスタッフに移管する。地域医療の促進のために、域内の医療・介護業種とのコミュニケーションを進める。など、医師の働き方まで、見直していくことで、効率的な医療の提供を進めるための、足がかりができるものと考えられる。
地域包括ケアシステムの構築に向けて、今後、総合診療医の養成、配置にも注目する必要があろう。
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保険研究部   主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員

篠原 拓也 (しのはら たくや)

研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務

(2016年05月02日「基礎研レター」)

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