2016年04月22日

欧州経済の不安材料-マイナス金利の副作用、BREXIT、ギリシャ危機再燃

経済研究部 常務理事 伊藤 さゆり

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再燃を繰り返してきたギリシャ危機。今年も夏場に向けて再燃のおそれ

キプロスが3月31日に欧州連合(EU)国際通貨基金(IMF)の支援プログラムを卒業したことで、ユーロ圏唯一の支援プログラム国となったギリシャの危機の再燃も、夏場に向けたリスクだ。
ギリシャ危機の特徴は、政局の変化、政府債務償還期日、支援交渉の膠着という3要件が危機の引き金となり、再燃を繰り返してきた点にある。発端は、2009年10月の政権交代で、新たに発足した全ギリシャ社会主義運動(PASOK)政権が、新民主主義党(ND)率いる前政権の財政統計の不正が発覚したことだった。2010年5月、ユーロ参加国政府による二国間融資とIMFによる条件付きの資金繰り支援で一旦は決着したが、金融システムの混乱回避のために債務再編を棚上げしたため、その成功は当初から危ぶまれ、実際、11年7月には、民間投資家への損失負担による債務再編を含む第2次支援合意を迫られた。
12年3月の正式に始動した第2次支援プログラムも当初から躓いた。同年5月の総選挙で、反緊縮を掲げた急進左派連合(SYRIZA)が躍進、ユーロ離脱(GREXIT)への懸念が一気に高まった。結果として6月の再選挙で緊縮派のNDを中心とする連立政権が発足、ECBが新たな国債買い入れプログラム・OMTを用意したこともあり、債務危機の域内伝播への懸念も抑え込まれた。
その後は、しばらく小康状態が続いたが、15年1月の選挙でのSYRIZA勝利をきっかけに危機は再燃する。第2次支援プログラムに関するチプラス政権と支援者側との協議は平行線を辿った末、同年6月末に支援が打ち切られたため、ECBはギリシャ中央銀行に対する緊急流動性支援(ELA)の上限引き上げを凍結した。これにより、チプラス政権発足前後から預金流出に見舞われていた(図表10)ギリシャの銀行は一時休業、預金引き出し制限や海外送金停止などの資本規制の導入に追い込まれた。6月末を期限とするIMFへの返済は延滞扱いとなった。
図表9 ギリシャ危機の流れと10年国債利回り/図表10 ギリシャの商業銀行への民間預金残高とギリシャ中央銀行の資金供給残高

第3次支援の第1回審査も難航中。7月20日の国債償還が視野に入る

第3次支援の第1回審査も難航中。7月20日の国債償還が視野に入る

15年の危機は第3次支援プログラムの合意によって終息した。ギリシャ政府は、7月5日の国民投票を終えた、8日に改めてESMに支援を要請した。国民投票は、支援機関側が提示した条件へのノー(OXI)が61.31%とイエス(NAI)38.69%を大きく上回る結果だったが、ギリシャ政府は、第3次支援の合意を取り付けるために厳しい条件を受け入れざるを得なかった(図表11)。プログラムの正式な始動は8月19日だが、7月20日に予定していたECBが保有する35億ユーロの国債の償還のための原資は、辛うじて第3次支援正式始動までの「つなぎ融資」という形で確保され、IMFへの延滞も解消した。
チプラス首相は、第3次支援が正式に動き出した直後に辞任、昨年9月の総選挙(議席総数300)で勝利し第二次連立政権を発足させたが、改革関連法案に賛成しなかった議員の離脱などで現在の連立与党の議席数は辛うじて過半数を超えるに過ぎない。SYRIZAの支持率も昨年9月の総選挙後、ほぼ一貫して低下、今年1月、NDの党首選で勝利したミツォタキス氏の人気もあり、最大野党のNDに支持率で逆転されている。
このように紆余曲折を経て始動した第3次支援も、支援金を受け取るための条件となる改革の実行は遅れており、未だ第1回審査の合格を得られていない。審査に合格し、EUが債務再編を実行すれば、ギリシャ支援に参加することになっているIMFの関与も、基礎的財政収支3.5%という中期目標の実現可能性を巡りEUとも見解が対立していることなどから不透明なままだ。
4月22日には、ユーログループ(ユーロ圏財務相会合)で、ギリシャの支援プログラムについての協議が予定されている。ここで合格が認められる可能性は低いだろうが、合格に近づきつつあるとのトーンが伺われるかどうか注目したい。
今年も7月20日のECB等が保有する23億ユーロの国債の償還期限が控えている。審査を合格し、返済原資を獲得できるのか危ぶまれ始めている。難民問題を最大の政治課題とするドイツは、EUの難民危機対策の前線としての役割を帯びるギリシャを切り離し辛く、交渉はまとまりやすくなっているとの期待もある。15年の危機で、ギリシャ危機の他国の財政やユーロ圏の銀行システムへの影響は限定的であることが証明された。それでも、今後の展開を注意して見守りたい。
 
図表11 ギリシャ向け第3次支援プログラムの概要
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経済研究部   常務理事

伊藤 さゆり (いとう さゆり)

研究・専門分野
欧州の政策、国際経済・金融

経歴
  • ・ 1987年 日本興業銀行入行
    ・ 2001年 ニッセイ基礎研究所入社
    ・ 2023年7月から現職

    ・ 2011~2012年度 二松学舎大学非常勤講師
    ・ 2011~2013年度 獨協大学非常勤講師
    ・ 2015年度~ 早稲田大学商学学術院非常勤講師
    ・ 2017年度~ 日本EU学会理事
    ・ 2017年度~ 日本経済団体連合会21世紀政策研究所研究委員
    ・ 2020~2022年度 日本国際フォーラム「米中覇権競争とインド太平洋地経学」、
               「欧州政策パネル」メンバー
    ・ 2022年度~ Discuss Japan編集委員
    ・ 2023年11月~ ジェトロ情報媒体に対する外部評価委員会委員
    ・ 2023年11月~ 経済産業省 産業構造審議会 経済産業政策新機軸部会 委員

(2016年04月22日「Weekly エコノミスト・レター」)

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