2016年04月22日

欧州経済の不安材料-マイナス金利の副作用、BREXIT、ギリシャ危機再燃

経済研究部 常務理事 伊藤 さゆり

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世界経済の先行き懸念の緩和。起点はドル高の修正

年初の世界経済を覆っていた先行き懸念が緩和している。為替市場では、米連邦準備制度理事会(FRB)の利上げピッチに関する見通しの後退を背景とするドル高修正(表紙図表参照)の流れが続いている。
ドル高の修正は、ドルに連動し割高化が進んだ人民元の通貨切下げ懸念は後退、新興国からの資本流出、通貨下落への圧力が緩和している(図表1)。原油価格は、1月下旬には1バレル30ドル台を割込み、産油国やエネルギー企業の資金繰りへの不安を高める材料となっていたが、足もとでは40ドル台を回復している(図表2)。対ドル相場と原油等商品価格の持ち直しによって新興国企業のドル建て債務返済負担の懸念も緩和している。
(図表1)図表1 主要新興国通貨の対ドル相場/(図表2)図表2 原油価格

ドル高修正=円安、ユーロ安修正だが、世界経済の安定につながる

ドル高修正=円安、ユーロ安修正だが、世界経済の安定につながる

ドル高の修正という大きな流れの中で、日本とユーロ圏では、金融緩和策を強化しても通貨高圧力が続いている(表紙図表参照)。
世界経済の先行き懸念に対応して、日銀は1月にマイナス金利政策の導入を決め、欧州中央銀行(ECB)は、3月にマイナス金利政策と資産買入れ、最長4年のターゲット型資金供給(TLTRO)のすべてを強化する包括的な追加緩和策を決めた。名目実効為替相場の動きを見ると、日銀とECBの追加緩和策は、過去の追加緩和と異なり通貨安という成果にはつながっていない(表紙図表参照)。
とは言え、行過ぎたドル高の修正で米国経済が回復を持続し、中国を含む新興国の多くに安定効果をもたらすのであれば、日欧にとってもマイナス面ばかりではない。米国は、言うまでもなく世界最大の経済であり、中国を含む新興国も世界経済の4割を占める(図表3)。
足もとでは、米国株だけでなく、欧州株も年初来高値圏にあり、円高による業績懸念から大きく下げていた日本株も追随する兆しを見せ始めた(図表4)。
ECBのドラギ総裁が、21日の政策理事会後の記者会見で、3月の包括的な追加緩和策は、「(世界市場の不安定な動きの)賃金や物価への二次的影響を食い止める役割を果たしている」と述べたのも、ECBの行過ぎた緩和を牽制するドイツの非難をかわす強弁というだけではないだろう。
(図表3)図表3 世界の名目GDPに占めるシェア/(図表4)図表4 日米欧の株価の推移

世界市場安定の持続力は米中の舵取りに負う部分が大。欧州域内にも様々な火種

世界市場安定の持続力は米中の舵取りに負う部分が大。欧州域内にも様々な火種

この先も世界経済と金融市場の安定が続くか否かは、FRBの金融政策の舵取りや中国の経済運営に負う部分も大きいが、欧州域内にも域内景気ばかりでなく、世界市場の混乱再燃の火種ともなり得る様々なリスクがある。
火種の1つは金融システムにある。14年6月にスタートしたECBのマイナス金利政策は、同年9月からのTLTROや、15年3月の国債等の買入れ開始と共に、高止まっていた企業や家計の借入コストの低下につながった(図表5)。この局面では、預金金利の下げ余地があったため、銀行の利鞘へのマイナスの影響はそれほど大きくなく、不良債権比率低下などの恩恵も得られた。14年6月から足もとまで、実質GDP、雇用、固定資本投資、民間部門向けの銀行貸出などの回復基調が続いている(図表6)。ユーロ安や原油安とともに、一連の金融緩和は景気回復を支える効果を発揮したと見られる
しかし、15年12月の追加利下げ後、預貸金利の低下傾向はおおむね止まり、借入コストが上振れる気配も見られる。預金金利が下限に達し、銀行が、利鞘を確保するために、貸出金利の引き上げに動くことが考えられ、家計や企業にとっては金融引き締め方向への圧力が加わる。
超低金利環境が長期化していることによる副作用への懸念は、特にドイツで高まっている。不良債権処理が難航するイタリアの銀行の経営問題も警戒すべき状況が続いている。
(図表5)図表5 ユーロ圏の中銀預金金利と銀行金利/図表6 ユーロ圏実質GDP、雇用、投資、貸出

BREXITの影響は離脱交渉次第だが、離脱多数なら不透明感を嫌い、ポンド安加速

BREXITの影響は離脱交渉次第だが、離脱多数なら不透明感を嫌い、ポンド安加速

6月23日に予定されているEU残留か離脱かを問う英国の国民投票も予断を許さない。世論調査では離脱支持と残留支持が拮抗し、依然として態度を決めていない有権者が占める割合も高い(図表7)。
国民投票が残留支持に終われば、今年2月EU首脳会議でまとまった新たな条件でEUに残留することになるが、離脱という結果に終わった場合には、英国議会での議決を経て、EUに離脱意志を通知、そこから離脱条件を巡る交渉のプロセスに入る。交渉に要する期間は2年程度になると見られる。
残留支持のキャンペーンを展開する英国政府は、離脱後の英国とEUとの関係をノルウェーやスイスの場合などの事例を上げて整理し、EU市場へのアクセスと意思決定の関与という権利に対して幾つかの義務から除外される「新条件での加盟」が英国にとって最善の選択肢と訴える(図表8)。他方、離脱派は、離脱後の英国は、国家主権を回復した上で、EUからも有利な条件を勝ち取ることができ、域外との交渉も有利に進めることができると訴える。
離脱が及ぼす影響は、EUやEU域外の国々との交渉結果の内容やまとまるまでのスピード次第であり、幅を持ってみる必要がある。ただ、国民投票が、離脱という結果に終わった場合には、不透明感を嫌うポンド売りが加速、一時的にせよ、英国は輸入インフレの圧力に悩まされることになるだろう。
(図表7)図表7 EU残留か離脱かを問う国民投票に関する世論調査結果/(図表8)図表8 EUとの関係別に見た英国にとっての権利と義務
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経済研究部   常務理事

伊藤 さゆり (いとう さゆり)

研究・専門分野
欧州の政策、国際経済・金融

経歴
  • ・ 1987年 日本興業銀行入行
    ・ 2001年 ニッセイ基礎研究所入社
    ・ 2023年7月から現職

    ・ 2011~2012年度 二松学舎大学非常勤講師
    ・ 2011~2013年度 獨協大学非常勤講師
    ・ 2015年度~ 早稲田大学商学学術院非常勤講師
    ・ 2017年度~ 日本EU学会理事
    ・ 2017年度~ 日本経済団体連合会21世紀政策研究所研究委員
    ・ 2020~2022年度 日本国際フォーラム「米中覇権競争とインド太平洋地経学」、
               「欧州政策パネル」メンバー
    ・ 2022年度~ Discuss Japan編集委員
    ・ 2023年11月~ ジェトロ情報媒体に対する外部評価委員会委員
    ・ 2023年11月~ 経済産業省 産業構造審議会 経済産業政策新機軸部会 委員

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