2016年04月11日

医療の費用対効果-生活の質(QOL)の改善を、どう測るか?

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也

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(4) EQ-5D-5Lスコアリング法(EuroQol - 5 Dimension - 5 Level)7
現在の健康状態に対して、移動の程度、身の回りの管理、ふだんの活動、痛み/不快感、不安/ふさぎ込み、という5つの観点について、それぞれ5段階で、所定の回答用紙に記入してもらう。回答は、5の5乗、即ち3,125通りとなる。そのそれぞれに対して、あらかじめ健康状態の数値(スコア)を割り振っておく。そして、回答内容に応じて、現在の健康状態の数値を定める。
現在、この方法が、世界で標準的に用いられつつある。質問内容は、1987年設立のEuroQolグループ8が開発した項目となっており、102の言語で提供されている。日本語版は、2015年に開発された。質問の内容は標準化されており、独自に、追加したり、削除したりすることは許されていない。ただし、回答をスコアに換算する換算表については、各国で、独自の調査に基づいて設定している。9
このような、複数の観点の回答を換算してQALYを評価する方法では、欧米の研究が進んでいる10

2回答者を誰にするか
回答を誰が行うかは、重要なポイントとなる。回答者の主観により、回答内容が異なることもある。

(1) 回答者を、患者とする場合
患者は、実際よりも良好な健康状態を回答しやすい。一般に、患者は、現在の自分の健康状態を、よく理解しており、不必要に低く評価したくないと考えることが多い、とされている。

(2) 回答者を、患者を診ている医師などの医療関係者とする場合
医療関係者は、他の複数の患者の事例との比較などを踏まえながら、患者の健康状態を回答できる。ただし、自らの専門分野と、そうでない分野との間で、回答の精度が異なる可能性もある。

(3) 回答者を、一般の健常者(第三者)とする場合
健常者は、患者の健康状態を仮想して回答する。自らの良好な健康状態と対比するため、患者の状態を低く評価することが多い。特に、患者に対する偏見や差別意識があると、回答が歪む恐れがある。

3高齢の患者や、障がい者にとって差別的ではないか、との指摘もある
そもそもQALYを使用すること自体が差別的、との指摘もある。一般に、高齢者や、障がい者は、治療や投薬を行ってもQALYは改善しにくい。一方、若年者や、健常者は、治療等で完治し、QALYが大きく改善することが多い。このため、QALYでは、健常者に対する治療の方が効率的、との結果が出やすい。この点は、アメリカの医学誌11で、 QALYの罠(QALY trap)として、指摘されている。
この考え方は、医療を効率性だけで評価していいのか、という問題につながる。例えば、虫歯患者の治療と、末期がん患者の治療を、比較してみよう。QALYでは、虫歯治療の方が効率的、との結果になったとする。しかし、通常、虫歯治療を、がん治療に優先させることは、受け入れ難いだろう。即ち、医療は、効率性だけで評価すべきではなく、患者間などの公平性の視点も必要と考えられる12

4QALYは、個人の健康の価値の違いを、表現できない
QALYは、自然科学における、絶対量ではない。個人の、健康に対する価値感を表している。例えば、同性・同年齢の同じ病気の患者が2人いたとする。この2人が、家族構成、収入、生活環境が全て等しかったとしても、自分の健康に対する評価までが同じとは、限らない。QALYは、評価を個人に委ねるものであり、個人の健康の価値を、絶対的に表すことはできない、という限界を抱えている13
 
7 EQ-5Dは、EuroQol Research Foundation の登録商標。
8 設立時の構成研究機関等は、York大学、Brunel大学、Middlesex病院(以上英国)、Erasmus大学(オランダ)、フィンランド国立公衆衛生研究所、Helsinki大学(フィンランド)、スウェーデン医療経済研究所、ノルウェー国立公衆衛生研究所。
9 「費用対効果評価の試行的導入について(その2)【参考資料】」p16 (中医協 費-1-1参考, 平成27年7月22日) による。
10 他にも、HUI(Health Utilities Index)、SF-6D(Short Form 6 Dimension)といった方法が、QALY評価に用いられている。
11 “Improving value measurement in cost-effectiveness analysis.” Ubel PA, Nord E, Gold M, Menzel P, Prades JL and Richardson J. (Med Care. 2000 ;38(9), pp892-901)
12 イギリスでは、通常、QALYを用いて、医療の効率化が図られている。医療技術の評価について定めた「技術評価ガイダンス」上、QALYを1年増加させるのに、3万ポンド(約460万円( 1ポンド=154円で換算))以上かかる医薬品や医療器具等は、「推奨しない」と判定され、費用償還が行われない(高額な患者自己負担が生じる)。ただし、余命6ヵ月以下の患者に対しては、QALYではなく、余命が伸びるかどうかで、医療技術の評価が行われている。
13 「医療介護の一体改革と財政 再分配政策の政治経済学Ⅵ」権丈善一(慶應義塾大学出版会, 2015年)を、参考にしている。
 

5――おわりに(私見)

5――おわりに(私見)

最後に、いくつか、私見を述べることとしたい。

1医療では効率性の追求とともに、公平性の確保も重要
2016年度の診療報酬改定で、財政影響、革新性、有用性が大きい医薬品、医療機器を対象に、評価のあり方に、費用対効果の観点を試行的に導入することとされた14。今後も、本格的な導入に向けて、検討が進むであろう。今後の厳しい医療財政の状況を踏まえれば、効率化を進め、医療のムダを減らす動きが必要であることは疑う余地がない。その際、併せて、高齢者、障がい者、重篤な患者等に対して、医療資源の分配や、医療へのアクセスの面で、公平性の確保を図ることも重要と考えられる。

2QALYは、不健康な期間に、光を当てるツールとなる
現在、健康寿命を伸ばすための予防医療に、注目が集まっている。しかし、予防医療を徹底しても、いずれ病気になって不健康な状態になる。従来は、不健康な状態になると、患者は、医療や介護に頼るしかないという受身の考え方が主流であった。しかし今後は、患者が、自らの健康状態を把握して、その改善に向けて主体的に取り組む動きも出てこよう。その際、QALYの役割が増すものと考えられる。

3健康状態の定量化を通じて、民間医療保険の活用余地が拡大する
従来、民間医療保険では、医療技術の進展が、給付支払に与える影響を、定量的に示すことは難しかった。今後、QALYが本格的に導入されれば、その定量化も夢ではない。例えば、画期的な抗がん剤の投与による、がん患者のQALYの増加分を計測して、それを保険収支の分析や、準備金の積立に反映することも可能となろう。QALYに応じて、給付額を変更する、新たな保険の開発等も考えられる15
今後、日本では、医療に、QALYをはじめ費用対効果の考え方が、徐々に導入されるものと思われる。引き続き、その動きを、注視していくことが必要となるだろう。
 
14 2016年度の診療報酬改定の答申書附帯意見では、「医薬品・医療機器の評価の在り方に費用対効果の観点を試行的に導入することを踏まえ、本格的な導入について引き続き検討すること。あわせて、著しく高額な医療機器を用いる医療技術の評価に際して費用対効果の観点を導入する場合の考え方について検討すること。」という項目が付されている。
15 現在も、重大疾病に罹患した場合に給付を行ったり、保険料を免除したりする仕組みの民間医療保険はある。QALYを導入することで、健康の状態を、更にきめ細かく評価して、給付を行うことなどが可能になるものと考えられる。
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保険研究部   主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員

篠原 拓也 (しのはら たくや)

研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務

(2016年04月11日「基礎研レター」)

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