2016年03月31日

ものづくりコミュニティの場として発展するファブラボ(FabLab)

社会研究部 上席研究員 百嶋 徹

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2ファブラボの今後の発展に欠かせないビジネスとの接点
次に、ファブラボの今後の発展にとって非常に重要なポイントとなるビジネスとの接点について、想定されうる具体的な可能性について考えてみたい。

まず、ものづくりベンチャーを創業した起業家や今後起業しうるポテンシャルを持った人々が、自分の製品アイデアを具体化すべく、プロトタイプを製作しながら試行錯誤を繰り返し、アイデアを磨いていく場としてファブラボを利用することが考えられる。

最近、我が国でも、生活者・ユーザー視点などのユニークな発想でこだわりの家電製品などを企画開発するものづくりベンチャーが、1人や少人数のグループにより立ち上げられる事例が見られるようになってきた。これは、前述のメイカームーブメントに合致する動きに他ならない。

最新鋭のデジタル工作機械などを備えたファブラボやその他の「メイカースペース」を使いこなすことで、1人でも簡単にプロトタイプの製作を行うことができるようになったことは、そのようなものづくりベンチャーの創業を促進する要因になっていると思われる。すなわち、ファブラボなどのものづくりコミュニティは、新規事業のインキュベーション機能を果たすことができるのである。

例えば、ファブラボ関内には、2012年に創業した従業員6名のものづくりベンチャーであり、3Dプリンターで義足を作る株式会社SHCデザインの横浜開発拠点が入居して、プロトタイプの製作を行っている。

一方、このようなものづくりベンチャーが開発した製品の量産試作の段階では、中小企業が製造を担うとみられるが、その後の量産段階では、潜在市場のポテンシャルが高いと判断されれば、大企業が製造に乗り出すことも考えられよう。このような段階に達すれば、ものづくりベンチャーがファブラボで製品アイデアを磨き具体化させてきた取組が、大きな成功につながることになるだろう。

ファブラボで活動するものづくりベンチャーと大企業をつなぐ、もう一つの経路は大企業によるクラウドソーシングの活用だ。海外の先進的な大手企業を中心に、いち早く技術課題を解決するアイデアを世界中から探索すべく、クラウドソーシングを積極活用する動きが出てきている。クラウドソーシングを通じた大企業側の製品開発ニーズに応えて、ものづくりベンチャーがファブラボで磨いた独自のアイデアを大企業に提案し採用されれば、大企業での事業化・量産化を通じて、ファブラボでの活動が大きな成功につながる可能性が強まろう。

ファブラボの発展にとって、営利企業からのサポートも重要な視点となる。具体的には、営利企業が、デジタル工作機械の寄贈や設備投資資金(出資金)の提供により、ビジョンシェアリングパートナーを担うこと、自らファブラボの運営に乗り出すこと、などが挙げられる。営利企業は、社会的価値創出に向けたCSR(企業の社会的責任)として、ファブラボのサポートに取り組むことが求められているのではにだろうか。

一方で、ファブラボが営利企業をサポートすることも、企業との連携を今後強化する上で重要な取組になると考えられる。例えば、我が国では、大手メーカーが新規事業開発に向けて社内のインフォーマルなコラボレーションを活性化すべく、デジタル工作機械を備えた企業内メイカースペースを設置する事例や、ホームセンターや複合商業施設などの小売業が、店舗を顧客が単に商品買う場所から楽しい時間を過ごせる場所へ転換するために、店内にデジタル加工工房を併設する事例などが一部で見られる。

これは、大手企業が、共創によりものづくりのアイデアを磨くファブラボやメイカースペースの運営手法に触発されて、構想されたものと考えられる。メイカースペースの構築・運営に関わるノウハウを持つ、ファブラボの運営主体が、メイカースペースや加工工房の運営業務を受託したり、先方の運営スタッフの育成に向けた教育プログラムを作成することなどが具体的な取組として挙げられる。

これらの取組は、ファブラボにとって、外部の企業向けの運営事業や教育事業など収益源の多角化につながり、本業のファブラボ事業を強化するための原資になると考えられる。

ファブラボ渋谷は、このような取組を積極化している。ソニーは、2014年に本社ビル「ソニーシティ」の1階に、共創をコンセプトとしたオープンなスペース「クリエイティブラウンジ」を開設したが、同ラボでは、クリエイティブラウンジのスペース運営業務、デジタル工作機械などの機材運用、利用者トレーニングを担当している。

また同ラボは、ロフトおよび良品計画の両社と協業して手掛ける西武百貨店渋谷店ロフト館内の「デジタル加工工房&Fab」や、カルチュア・コンビニエンス・クラブが手掛ける複合商業施設・湘南T-SITE内の「Fab Space」(毎週水曜日はファブラボ藤沢として利用可能)の運営業務も行っている。ホームセンターのカインズ鶴ヶ島店(埼玉県鶴ヶ島市)に「CAINZ工房」が2015年にオープンしたが、同ラボではこれまでの活動を基に、工房運用に関する基本部分についての教育プログラムを先方スタッフ向けに展開している。
 
3ファブラボの取組を国家や都市の国際競争力の向上に活かす
以上のように、ファブラボの運営には、ビジネスとの密接な連携により財源の拡大を図り、それを発展の好循環につなげていくことが重要だ。

一方、国家としては、次世代を担うイノベーターや起業家を育成するために、米国政府のように、初等中等教育段階からの科学技術人材育成政策にファブラボを組み込んでいくことが求められる。これは、国家の国際競争力に大きく関わる視点であるため、政策としての対応を急ぐ必要があると思われる。我が国でも、ファブラボを「21世紀の図書館」とするべく、ファブラボでの取組と科学技術人材育成政策を連携させていく必要があるだろう。

さらに、ファブラボ単体の取組に留めずに、バルセロナ市のように、ファブラボの取組を都市政策に取り込み、ファブラボを起点としたクリエイティブシティやスマートシティの構築を目指すことも非常に重要だ。上述した科学技術人材育成政策の視点と同様に、産学官連携を含めた政策対応が求められる。

都市の在り方をクリエイティブシティやスマートシティへ見直すことにより、最終的には起業家、エンジニア、研究者、デザイナー、クリエイター、アーティスト、建築家、社会活動家、外国人など、多種多様な背景を持った人々を都市に引き寄せることを目指すべきである。多様な人材が集うことでイノベーションが創造されやすい環境が醸成され、都市の国際競争力を高めることにつながると考えられる。
 
2015年は内外で業界を代表する製造業の名門企業の不祥事が相次ぎ、創業以来の危機に直面する企業も見られる。これらの企業不祥事の直接的な原因は様々であろうが、共通する重要な要素として、目先の利益追求を優先する企業経営のショートターミズム(短期志向)が挙げられるのではないだろうか。

営利企業の存在意義は、単なる財サービスの提供ではなく、それを通じた社会的価値の創出にこそあるべきであり、経済的リターンありきではなく、社会的ミッションを起点とする発想が求められる。筆者は、「社会的ミッションを起点とするCSR(企業の社会的責任)経営」では、「企業が社会的価値の創出と引き換えに経済的リターンを受け取るということがあるべき姿であり、社会的価値の創出が経済的リターンに対する『上位概念』である」と考えているが、相次いだ企業不祥事では、その関係が逆転し、経済的リターンの追求が上位概念に位置付けられてしまっていたとみられる。

目先の利益追求を優先する短期志向の経営が企業不祥事にまでつながってしまうと、企業価値の大きな毀損を招くことは明らかだが、企業不祥事に至らなくとも、経済的リターンの継続的な創出には結局つながらないことに留意すべきだ。我が国の大企業の多くは、外国人投資家の台頭や四半期業績の開示義務付けなど、資本市場における急激なグローバル化の波に翻弄され、2005年前後を境に株主利益の最大化が最も重要であるとする「株主至上主義」へ拙速に傾いた、と筆者は考えている。

多くの大企業は、短期志向の株主至上主義の下で、労働や設備への分配を削減して将来成長を犠牲にする代わりに短期収益を上げ株主配当の資金を捻出するというバランスを欠いた付加価値分配に舵を切り、リーマン・ショック後には大手メーカーが派遣労働者の大量解雇に走った。多様なステークホルダーからの共感が得られる「誠実な経営」には程遠く、社会的ミッションが軽視され、社会変革を起こす突破力が沈滞したとみられる。

短期志向の経営は、結局縮小均衡を招くだけで継続的な付加価値創造、つまりGDP成長にはつながらなかったため、日本経済の「失われた10年」を「失われた20年」に引き延ばした主因の1つになってしまったのではないだろうか。

大企業を中心に我が国のものづくり企業の多くは、今も短期志向の経営に陥り、苦境から脱せず本格的な回復軌道に入れないでいると思われる。

我が国のものづくり企業を苦境から立ち直らせるためにも、産学官一体となった国家戦略として、本稿で紹介したファブラボの取組を積極活用し、国家や都市の国際競争力の向上を図り、国を挙げて社会的価値を創出することが、今こそ求められているのではないだろうか。
<参考文献>
  • 倉沢美左「「メイカーズ革命」は全産業を変える 『MAKERS』著者のクリス・アンダーソン氏に聞く」東洋経済新報社『東洋経済オンライン』2013年1月22日
  • 田中浩也「ウェブ社会からファブ社会へ─21世紀の発明家を日本から生むための「場」としてのファブラボ」ダイヤモンド社『ダイヤモンドオンライン』2013年8月9日
  • 渡辺ゆうか「ほぼなんでもつくるファブラボ ファブラボ鎌倉における実践とその可能性」科学技術振興機構(JST)。『情報管理』2014年12月号
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社会研究部   上席研究員

百嶋 徹 (ひゃくしま とおる)

研究・専門分野
企業経営、産業競争力、産業政策、イノベーション、企業不動産(CRE)、オフィス戦略、AI・IOT・自動運転、スマートシティ、CSR・ESG経営

経歴
  • 【職歴】
     1985年 株式会社野村総合研究所入社
     1995年 野村アセットマネジメント株式会社出向
     1998年 ニッセイ基礎研究所入社 産業調査部
     2001年 社会研究部門
     2013年7月より現職
     ・明治大学経営学部 特別招聘教授(2014年度~2016年度)
     
    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会 検定会員
     ・(財)産業研究所・企業経営研究会委員(2007年)
     ・麗澤大学企業倫理研究センター・企業不動産研究会委員(2007年)
     ・国土交通省・合理的なCRE戦略の推進に関する研究会(CRE研究会) ワーキンググループ委員(2007年)
     ・公益社団法人日本ファシリティマネジメント協会CREマネジメント研究部会委員(2013年~)

    【受賞】
     ・日経金融新聞(現・日経ヴェリタス)及びInstitutional Investor誌 アナリストランキング 素材産業部門 第1位
      (1994年発表)
     ・第1回 日本ファシリティマネジメント大賞 奨励賞受賞(単行本『CRE(企業不動産)戦略と企業経営』)

(2016年03月31日「基礎研レポート」)

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