2016年03月31日

進化を続けるリバースモーゲージ~(その1)米国:ライフサイクルを通じた持家政策の実現へ~

社会研究部 土地・住宅政策室長 篠原 二三夫

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(2)HMBS投資のメリット
ジニーメイによると、HMBSやHREMICを購入しているのは、大手商業銀行から小規模な地域銀行、マネーマネジャー、ミューチュアルファンド、ヘッジファンド、生命保険会社や年金基金などである。
投資家にとってのHMBSの魅力は、FHA保険やジニーメイ保証によって、通常のMBSのプレミアムが105 bps程度であるのに対し、HMBSは109~112 bpsのプレミアム(2015年10月末時点)が提供されている点とのことである。固定金利のHMBSは、融資残高の成長により5%以上のリターンが期待でき、部分返済はあるものの、通常の住宅融資では早めに頻繁に生じる借り換え行動も比較的遅く生じるため、期限前償還リスクも少ないという。なお、投資家の需要が徐々にしか出てこないのは、市場自体が成長途上にあり様子見があることに加え、まだ機関投資家の認知度が低いことためという。
 
(3)HMBSの償還事由
HMBSのパフォーマンスは不定期な償還時期と償還額に左右されるが、元利の償還事由をジニーメイ資料からみると(図8)、2012年度と2013年度は「借り主による全額返済(Voluntary Full Payment)」による償還額が主であったのに対し、2014年度と2015年度は元利が融資限度額(MCA)の98%に達したことによる「融資限度超過(Mandatory Purchase Events)」を事由とする償還額が上回っている。全体として償還額も急増している。これは以前に住宅価格が高い水準にあった時点でHECM契約を行い、金融危機によって住宅価格が一旦下落し、その後、直ちに回復せずに、十分な鑑定評価額(=融資限度額MCA)が得られなかったためにも関わらず、金利が膨らんだことによって発生したものである。
「借り主による全額返済」も「融資限度超過」に続いて多い。
今後もしばらく「融資限度超過」は継続するものと見込まれているようだが、投資家からすれば、ある程度、当該時期のHMBSプール債券の償還時期が読みやすくなる部分もある。しかし、MMI基金としては大きな影響を受けることとなる。
リバースモーゲージの目的からみた場合の償還事由「借り手死亡」を含む「借り手死亡・差し押さえ等」は、「借り主による部分返済」とともに、過去4年度にわたって市場規模とともに着実に増加している。
 
図8 HMBSの償還状況と償還事由(左軸金額は100万ドル)
こうした点から、HECM制度の魅力を高めると同時にMMI基金の健全性を維持し、HMBSのパフォーマンスを安定させるためには、寿命や利子率、住宅価格以外の不確定要素、つまり政策的観点からの制度緩和等は最小限とし、金融危機のような事態に備え、リバースモーゲージ本来のパフォーマンスを実現することが重要と考えられる。
 
(4)公的なHECMか民間のリバースモーゲージか
準公共機関として住宅融資債権の証券化を行ってきたファニーメイやフレデイマックなどのGSEを、HUDの関連機能も含めて、新たな連邦住宅金融機関(Federal Housing Finance Agency)に再構築しようとする議会の動きも続いている。保証行為ではあるもののジニーメイが全面的にHMBSやHREMIC市場に関与しているのも、その流れの一環と考えられる。
業界団体であるNRMLAへのヒアリングによると、現在の融資限度額(MCA)が市場における住宅価格の上昇という実態からすると、625,500ドルでは低すぎる点を除けば、HECMに制度的な不満はなく、かつ今後もFHA融資保険とジニーメイの関与がなければ、貸付機関や消費者にとって魅力的な商品づくりを民間で行うのは難しいとの見解である。具体例をあげると、カナダや豪州では、FHAのような融資保険制度がないため、融資掛け値は25%程度しか得られず、魅力ある商品づくりができていないとのことである。このように、公共のプレゼンスに対し業界からの不満はないことから、引き続き、HUDは議会と調整しながら、HECM制度とHMBS市場の育成を続けるものと判断される。
 
(5)民間貸付機関の動きと今後のHECM需要見通し
2010年や11年にHECMの主たる貸付機関であったウェルズ・ファーゴやバンク・オブ・アメリカ、メットライフなどの大手金融機関は市場から退出し、2014年や15年になると、アメリカン・アドバイザーやアーバン・ファイナンシャル、RMS/セキュリティ・ワン・レンディング、リバティ・ホーム・エクイティなどの中小貸付機関が市場を占有することになった。しかし、足下では大手が融資限度を高めた商品をベースに市場に復帰する動きがでており、今後はさらにリバースモーゲージ市場は拡大するものと見込まれている。
 
図9 HECM貸付機関の変化

8――むすび・進化を続けるリバースモーゲージ

8――むすび・進化を続けるリバースモーゲージ

(1)HECM制度と持家政策
1987年住宅・コミュニティ開発法では、「高齢持家所有者における所得減少時における健康維持や住宅、生活費などによる経済的負担増加への対応のため、累積された住宅資産価値の流動化を、FHA保険に基づくHECMプログラムを通じて実現する~」としている。FHA保険制度の開発と運営によって、米国人におけるAging in Placeを確保する理念が謳われ、さらに、制度構築を通じて、新たに貸付機関やサービサー等の参入を促進させ、市場を拡大することが目標として掲げられている。
米国ではHUDを中心に、若者や低所得者層に対する住宅確保策としてはFHA融資保険による持家取得支援とセクション8バウチャーによる賃貸住宅家賃補助策が、生産年齢階層や中堅以上の所得者層には恒久的な住宅融資利子所得控除制度や住替・買換えを促進する譲渡益に対する非課税措置などの税制支援、高齢者層には財産税(固定資産税)の非課税もしくは減額措置や家賃補助策が講じられており、国民の様々な階層やコミュニティの成熟を含めた住宅政策が展開されている。
HECM制度は、MMIファンドとジニーメイによる債券流通市場の育成を通じて、1987年法の理念に基づいて持家の流動化へのアクセスを容易にすることにより、若者から高齢者層までを貫く持家政策の最終退出(Exit)を実現する施策として位置づけることができよう。持家取得を推進してきた以上、持家は国民の資産としての価値を維持できなければならず、老後の資産としても活用できなければならないというのが米国の住宅政策のスタンスと考えられる。
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社会研究部   土地・住宅政策室長

篠原 二三夫 (しのはら ふみお)

研究・専門分野
土地・住宅政策、都市・地域計画、不動産市場

経歴
  • 【職歴】
     1975年 丸紅(株)入社
     1990年 (株)ニッセイ基礎研究所入社 都市開発部(99年より社会研究部門)
     2001年より現職

    【加入団体等】
     ・日本都市計画学会(1991年‐)           ・武蔵野NPOネットワーク役員
     ・日本不動産学会(1996年‐)            ・首都圏定期借地借家件推進機構会員
     ・日本テレワーク学会 顧問(2001年‐)
     ・市民まちづくり会議・むさしの 理事長(2005年4月‐)
     ・日米Urban Land Institute 国際会員(1999年‐)
     ・米国American Real Estate Finance and Economics Association国際会員(2000年‐)
     ・米国National Association of Real Estate Investment Trust国際会員(1999年‐)
     ・英国Association of Mortgage Intermediaries準国際会員待遇(2004年‐)
     ・米国American Planning Association国際会員(2004年‐)
     ・米国Pension Real Estate Association正会員(2005年‐)

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