2016年03月18日

アジア新興国・地域の経済見通し~公共投資や景気刺激策が支えとなるも、輸出回復が遅れて景気は横ばいに

経済研究部 准主任研究員 斉藤 誠

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1.アジア経済の概況と見通し

(図表1)アジア新興国・地域の成長率(国別寄与度)/(図表2)アジア新興国・地域の実質GDP成長率/(図表3)アジア新興国・地域の輸出の伸び率 (10-12月期の実質GDP:内需主導の底堅い景気)
アジア新興国経済は14年後半から景気の弱含みが続いている。アジア新興国は安くて豊富な労働力を活用した工業化を遂げており、資源輸出に依存した国は多くない。従って、資源安はインフレ率の低下による実質所得の向上に繋がるため、総じて景気に対してプラスとなる。しかし、経済の輸出依存度の高い国は多く、新興国経済の減速や先進国経済のもたつきによる輸出不振を受けて景気回復は遅れている。また15年後半には景気の下振れリスクが高まり、各国・地域は景気刺激策を相次ぎ打ち出している。
 
アジア新興7ヵ国・地域1全体の15年10-12月期の実質GDP成長率は前年同期比5.4%増と、7-9月期の同5.5%増から僅かに低下した(図表1)。
国・地域別に10-12月期の成長率(前年同期比)を見ると、7ヵ国・地域中で最も経済規模の大きいインドをはじめマレーシア、タイが7-9月期から低下した。一方、景気刺激策が奏効した韓国と台湾、インフラ予算の執行が加速したインドネシアとフィリピンは上昇した(図表2)。
 
輸出の伸び率(前年同期比)は、海外経済の減速により14年半ばから昨年4-6月期にかけて鈍化した。7-9月期には輸出の悪化に歯止めがかかったかに見えたが、10-12月期はタイやインドネシア、インドが更に低下する一方、フィリピンやマレーシア、韓国、台湾が上昇するなどバラつきが見られた(図表3)。
国・地域別に見ると、インドネシアとインドは構造改革が進んで資源需要が減退した中国や景気が低迷した中東向け輸出が低調だったことが影響したと見られ、タイはこれに加えて訪タイ外客数の伸びが落ち着いたことがサービス輸出の鈍化に繋がった。一方、フィリピンは主力の電子機器の輸出が堅調であり、BPO(ビジネスプロセスアウトソーシング)や観光業などサービス輸出が好調だった。マレーシアは通貨安で電気・電子製品の価格競争力が向上して輸出が7-9月期に続いて堅調を維持した。
(図表4)アジア新興国・地域の個人消費の伸び率/(図表5)アジア新興国・地域の投資の伸び 内需は個人消費が堅調で、公共投資も拡大したことから景気の下支え役となった。
まず10-12月期の個人消費の伸び率(前年同期比)は、横ばいのインドネシアを除く国・地域で7-9月期から上昇した(図表4)。資源安を背景とする低インフレの継続や賃金上昇による家
計の実質所得の増加、各国・地域が景気下振れを懸念して実施した景気対策などが個人消費の改善に繋がったと見られる。
国・地域別に見ると、マレーシアは昨年4月以降、物品・サービス税(GST)導入の影響やリンギ安に伴う物価上昇を受けて大きく低下していたが、10-12月期は安定的な雇用・所得環境やインフレ圧力の後退、1 月からの自動車の値上げを前にした駆け込み需要などが追い風となって上昇に転じた。また韓国は10 月前半のコリア・ブラックフライデーの開催や個別消費税の引下げ、台湾は省エネ製品等の購入に補助金を支給する消費刺激策を受けて上昇するなど、政府の景気対策の効果が見られた。
 
投資の伸び率(前年同期比)は、景気の先行き不透明感や資源価格の下落を背景に民間部門の伸びが鈍いものの、公共投資の拡大を追い風に韓国やタイ、インドネシア、フィリピンなどが上昇した(図表5)。
国・地域別に見ると、インドネシア、フィリピンは年前半に遅れていた予算の執行加速、タイは大型のインフラ整備計画の始動、韓国は中東呼吸器症候群(MERS)対策として編成した追加補正予算の執行といったように公共部門が全体を押上げた。また原油安を追い風に燃料補助金を撤廃したインドは7-9月期に続いて政府の投資支出が大きく拡大しているものの、構造改革期待の後退などを背景に民間投資が冷え込み、投資の伸び率が低下したと見られる。
 
 
1 本稿における経済見通しの分析対象国・地域は韓国・台湾・マレーシア・タイ・インドネシア・フィリピン・インド。中国については、2016年2月26日公表のWeeklyエコノミスト・レター「中国経済見通し~構造改革の本格化で成長率鈍化も、財政の発動で景気失速は回避へ」を参照。
(図表6)アジア新興国・地域のCPI上昇率 (物価:低調な原油価格と通貨安懸念の後退で低水準が続く)
各国・地域のインフレ率(消費者物価上昇率)は、14年半ばからの国際商品市況の下落や景気減速傾向を受けて幅広い品目で価格が下落し、総じて低下傾向が続いていたが、10-12月期は資源安要因が一巡し始めたことから上昇に転じた(図表6)。
先行きは原油価格の上昇余地が限定的であることや米国の追加利上げペースの遅れで過度な新興国通貨安が進む可能性が低下したこと、また各国の景気回復が緩慢なことから上昇圧力が抑制された状況が続きそうだ。17年は景気の回復基調が続くなかで物価が小幅に上昇すると予想する。

国・地域別に見ると、フィリピン・タイ・インドネシア・インドでは食料インフレのリスクが燻っているものの、年後半にはエルニーニョ現象の影響が弱まって農業生産が回復し、食料のインフレ圧力が後退すると見られる。また資源輸出国のマレーシア・インドネシアは引き続き原油価格下落によって過度な通貨安に陥る懸念があり、輸入インフレに伴う物価上昇リスクには注意が必要だ。
 
(図表7)アジア新興国・地域の政策金利の状況 (金融政策:緩和的水準を維持)
金融政策は15年前半までは資源安による物価下落を追い風に、本稿対象国・地域では景気浮揚を目的とした利下げに踏み切るケースが多く見られた。しかし、昨年末には米国の利上げ、年明けに国際金融市場の動揺などが続き、資金流出を懸念して金融政策を据え置く国・地域が多かった(図表7)。なお、インドネシアについてはインフレ圧力の後退や経常赤字の縮小などマクロ経済環境の改善、そして通貨ルピアの安定化などが材料視され、年明けから3ヵ月連続で0.25%の利下げを実施した。
先行きは物価上昇が限定的であることや米国の利上げに対する懸念が和らいでいること、そして景気への配慮から金融政策を緩和的に維持するものと予想する。しかし、年明けから金融市場は不安定化しやすくなっている。アジア新興国は外部環境の影響を受けやすいだけに追加緩和はこれまでよりも一層慎重な判断が求められるようになっている。
国・地域別に見ると、短期的にはインドと台湾、そしてタイが金融緩和に踏み切ると見ている。まずインドでは、インド準備銀行(中央銀行)が2月の金融政策会合で来年度予算案における財政再建と構造改革の取り組みを注視する姿勢が示されていた。実際、2月末に公表された予算案では財政健全化の進展と一定程度の改革姿勢が示された。また昨年半ばから続いた物価上昇は落ち着きつつあることから、4月の金融政策会合では0.25%の追加利下げを実施すると予想する。また台湾は2期連続のマイナス成長を受けて3月の会合で追加の利下げに踏み切るものと予想する。さらにタイは先行きの景気が伸び悩み、バーツに下落傾向が見られなければ、中央銀行が追加利下げに踏み切ると予想する。
このほかインドネシアは、インドネシア銀行(中央銀行)が国内経済動向や国際金融市場の動向を睨みながら追加の金融緩和を慎重に判断すると示しており、短期的には様子見姿勢を続けると見られる。
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経済研究部   准主任研究員

斉藤 誠 (さいとう まこと)

研究・専門分野
東南アジア経済、インド経済

経歴
  • 【職歴】
     2008年 日本生命保険相互会社入社
     2012年 ニッセイ基礎研究所へ
     2014年 アジア新興国の経済調査を担当
     2018年8月より現職

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