2016年03月11日

16年3月10日ECB政策理事会: 包括的追加緩和策を決定。必要だった利下げ打ち止めのシグナル

経済研究部 常務理事 伊藤 さゆり

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欧州中央銀行(ECB)が10日の政策理事会で包括的な追加緩和策を決めた。
市場は、当初、予想を上回る内容を好感したが、記者会見冒頭でのドラギ総裁の利下げ打ち止めを示唆する発言が伝わると、株安、ユーロ高に転じる荒い動きとなった。
ECBは、インフレ予測の下方修正に合わせて追加緩和に踏み切らざるを得なかったが、マイナス金利政策は銀行の収益や信用への懸念を高め、却って景気にマイナスに作用するリスクがあった。包括的緩和策を打ち出すと同時に利下げ打ち止めのシグナルを発することは、現在の局面では必要だった。
当面のECBの金融政策は、政策金利は当面据え置き、資産買入れプログラムを中心に調整すると思われる。

予想を上回る包括的追加緩和を決定

欧州中央銀行(ECB)が10日の政策理事会で、政策金利の引き下げ、資産買入れプログラム(APP)の月額の買入れ規模拡大、四半期ごと4回の期間4年のターゲット型資金供給の実施からなる包括的な追加緩和策を「圧倒的多数(ドラギ総裁)」により決めた(図表1)。

政策金利は3種類のすべてを引き下げ

政策金利は、広く予想されていた中銀預金金利のマイナス0.3%からマイナス0.4%の引き下げの他、前回(15年12月)の利下げ時は据え置かれた主要レポ金利と中銀貸出金利も5bp引き下げ、主要レポ金利はゼロに達した(図表2)。
声明文のフォワード・ガイダンスには「政策金利は、資産買入れプログラムの継続期間を超えて、現状かそれよりも低い水準に留まる」との文言が盛り込まれた。
3種類の政策金利のすべての引き下げは今回殆ど予想されていなかったが、一方で、中銀預金金利に日銀が導入した「階層方式」を導入するとの観測もあった。この点について、ドラギ総裁は協議したことを認める一方、一層の利下げへの意志を示すと受け止められるおそれがあること、仕組みが複雑になりすぎるとの理由から、導入を見送ったことを明らかにした。
ドラギ総裁は、階層方式否定発言のほかにも、「追加利下げが必要とは考えていない」、「政策金利よりも他の政策手段に軸足を移す」と述べ、利下げ打ち止めを示唆した。

資産買入れプログラムは月200億ユーロ上積み、社債を対象に加える

資産買入れプログラム(APP)は4月から月額600億ユーロから800億ユーロに買入れ規模を拡大することを決め、市場の期待に応えた。資産買入れ対象に新たに投資適格の社債を加える。期間については、12月に続く半年間の期限延長は見送られたが、「中期インフレ目標達成に必要な限り継続」する方針は確認されており、今後、再延長を決める可能性はかなり高い。
買入れ対象資産不足への対策として予想されていた買入れ上限の引き上げについては、一般に高格付けで集団行動条項(CAC)を巡る問題に関わりがないと思われる国際機関・多国籍開発銀行のみ33%から50%に引き上げられた。
図表1 16年3月理事会の決定内容/図表2 ECBの政策金利とEONIA/図表3 資産買入れプログラム残高

ターゲット型資金供給はバージョン・アップ

ターゲット型資金供給(TLTRO)II(以下、II)の実施は、筆者も含めて一部で予想されていたが、内容は14年9月から実施されてきたTLTROI(以下、I)よりバージョン・アップする。まず、Iは償還期限がすべて18年9月であるため、当初実施分の償還期間は4年だったが、今年6月に予定される最終実施分は2年3カ月と徐々に短くなる。IIは今年6月から四半期ごとに4回実施されるが、すべて償還期間は4年である第4回の17年3月実施分の償還は2021年3月となる。もう1つは金利。IIもIと同様に主要レポ金利が適用されるが、2016年1月から2018年1月末までの貸出の純増額が個別行・グループごとに設定された基準値を超えた場合には、優遇金利が適用される。最も優遇される場合には、今回マイナス0.4%に引き下げられた中銀預金金利が適用される。
マイナス金利政策は、銀行が利鞘確保のために貸出金利の引き上げに動き、却って貸出を抑制し、景気にマイナスに働く副作用があると考えられている。収益面への不安から銀行の長期性資金の調達が滞るおそれもあった。ドラギ総裁も、記者会見の中で、IIは、銀行が発行した大量の債券の償還期に備えた措置であることを認めている。バージョン・アップしたTLTROの導入は、銀行の資金調達コストの軽減と安定化を通じて、景気回復を支援すると思われる。

利下げ打ち止めのシグナルも必要だった

図表4 ECB/ユーロシステムスタッフ経済見通し 今回の包括的な緩和策は、14年6月にECBがデフレ・リスク回避のための金融緩和に動き始めてから駆使されてきた3本柱のすべてを投入する内容だった。適格社債の買入れ開始や、TLTROⅡはゼロ~マイナス金利を適用するなど、市場の予想を超える部分もあった。このため、政策理事会後の決定内容の発表直後は、市場は株高、ユーロ安で応じたが、記者会見でのドラギ総裁の利下げ打ち止めを示唆する発言が伝わると、株安、ユーロ高に転じる荒い動きとなった。
市場の評価は分かれるが、今回のECBの判断は概ね妥当であった。年初来の世界的な市場の混乱、景気減速懸念で、ユーロ圏では銀行システムの安定性への不安が再燃する兆候が見られるようになった。この点は昨年12月の前回利下げ時との大きな違いだ。
さらに、ECBは、スタッフ経済見通しを改定したが、インフレ見通しは16年については12月時点の1.0%から0.1%に大きく引き下げ、18年の時点でも1.6%と「2%でその近辺」という中期のインフレ目標に届かないとした(図表4)。インフレ目標の達成責務とするECBは、インフレ見通し大幅な下方修正に合わせて追加緩和に踏み切らざるを得なかった。
しかし、マイナス金利政策にさらに踏み込む意志を示せば、銀行の収益や信用への懸念を高め、却って景気にマイナスに作用するリスクも高まっていた。
銀行の収益の圧迫や企業の資金調達コスト上昇などの副作用を抑えるため、TLTROのバージョン・アップや適格社債の買入れ開始を決めると同時に、少なくとも現時点では、マイナス金利にさらに踏み込む意志はないと表明することは、現在の局面では必要だった。

当面の政策は資産買入れプログラム中心で調整へ

当面のECBの金融政策は、政策金利は当面据え置き、資産買入れプログラムを中心に調整することになると思われる。対象資産の拡大や買入れ上限比率の見直しなどを行いつつ、少なくともさらに半年程度、延長すると予想する。
 
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経済研究部   常務理事

伊藤 さゆり (いとう さゆり)

研究・専門分野
欧州の政策、国際経済・金融

(2016年03月11日「経済・金融フラッシュ」)

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