2016年03月09日

欧州経済見通し~金融政策頼み脱却の必要性は明確だが・・・~

経済研究部 常務理事 伊藤 さゆり

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2.英国:6月国民投票が不透明要因に

( 2015年実質GDPは2.2%、14年の同2.9%から鈍化  )
2015年の英国経済は10~12月期まで個人消費主導の拡大が続いた(図表1)。15年年間の実質GDPは前年比2.2%と14年の同2.9%には届かなかったが、1%台半ばの潜在成長率を上回った。GDPギャップは、世界金融危機後、開いた状態が続いていたが、15年中にほぼ解消したと見られる。
雇用・所得環境の改善はさらに明確になった。直近(15年10月から12月の3カ月間)の失業率は5.1%と中央銀行のイングランド銀行(BOE)が14年8月時点で均衡水準とした5.5%をすでに下回っている。賃金も週当たり平均賃金(ボーナスを除く)ベースで2%近辺の伸びを保つようになる一方、インフレ率は主に世界的な原油価格値下りの影響で、年間を通してゼロ近辺で推移したため、実質賃金も2%台で推移した(図表2)。
他方、金融環境は著しく緩和的だ。中央銀行のイングランド銀行(BOE)の政策金利は2009年3月から0.5%の過去最低水準で据え置かれている。非伝統的手段として実施された国債等の買い入れ残高も3750億ポンドの水準で維持されている。
住宅市場では、雇用所得環境の改善と緩和的な金融環境の下で活況が続き、住宅価格は15年末にかけ高値更新が続いたが、年明け後、勢いに陰りが見られる(図表3)。
 
図表1 英国の実質GDP需要項目別寄与度/図表2 英国の賃金・インフレ動向/図表3 英国の住宅価格指数/図表4 名目実効為替相場
( EU残留か離脱かを問う国民投票が大きな不透明要因に  )
2016年もファンダメンタルズの面からは、雇用・所得環境の改善に支えられた個人消費主導の拡大が見込まれるが、今年6月23日の実施が決まったEU残留か離脱かを問う国民投票2は見通しにとって大きな不透明要因だ。
キャメロン政権は、EUとの交渉で引き出した新たな条件でのEUに残留することで「英国はより安全で、強く、豊かになれる」として国民に残留への投票を呼びかけている。EUを離脱した場合の選択肢を検討した報告書3も公表し、ノルウェー型やスイス型など代替的な選択肢に付随するコストを提示し、「改革されたEUへの残留」に勝る選択はないとの結論を示している。
世論調査では、残留支持と離脱支持の拮抗という状態が続いているが、今回の経済見通しでは、国民投票でのEU残留決定を前提に16年上半期は拡大の勢いが鈍るものの、後半は先行き不透明感の緩和で回復のペースが加速すると予測した。仮に、国民投票で、EU離脱票が多数を占めた場合には、EUとの離脱交渉がまとまり、単一市場との関係性がある程度明確になるまでの間は、ビジネス環境が不透明な状態となるため、成長のパスにも影響が及ぶ。
金融政策の面では、BOEは、緩和継続の方針を表明している日欧とは異なり、米FRBに続く利上げのタイミングを探っている段階だ。金融政策の方向の違いという面ではポンド高に振れるはずが、EU離脱=いわゆるBREXITへの懸念からポンド全面安の様相を呈している(図表4)。
英国の経常収支は赤字基調で資本が流出超となれば通貨に下落圧力が加わりやすい。世界金融危機後もポンドが大幅安となり、輸入物価が押し上げられたことでCPIが上振れ、実質賃金が下落、長期不況の一因となった(図表2)。
離脱支持多数となった場合、中期的なビジネス環境の不透明化が投資や雇用の抑制要因となることに加えて、短期的には大幅なポンド安が、雇用・所得環境の改善に支えられた個人消費主導の緩やかな景気回復シナリオを妨げる要因となり得る。
BOEも、不透明感が除去されるまでの間、利上げには動けず、国民投票が離脱支持多数に終わり、銀行からの資本流出が加速するリスクに備えざるを得ない。
 
英国経済見通し
 
2 “Alternatives to membership : possible models for the United Kingdom outside the European Union”(https://www.gov.uk/government/uploads/system/uploads/attachment_data/file/504604/Alternatives_to_membership_-_possible_models_for_the_UK_outside_the_EU.pdf)
3 6月23日実施予定の国民投票に関しては「EU残留の是非を問う国民投票、日本への影響は? ロンドン出張報告」研究員の眼 2016-02-29をご参照下さい(http://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=52364
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経済研究部   常務理事

伊藤 さゆり (いとう さゆり)

研究・専門分野
欧州の政策、国際経済・金融

(2016年03月09日「Weekly エコノミスト・レター」)

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