2016年03月09日

欧州経済見通し~金融政策頼み脱却の必要性は明確だが・・・~

経済研究部 常務理事 伊藤 さゆり

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( ECBは金融緩和強化に動かざるを得ないが、構造問題は金融政策では解決できない )
14年6月以降の欧州中央銀行(ECB)の金融緩和策は、全体としてユーロ高圧力の緩和(図表11)やユーロ圏経済の内外のショックへの耐性を高める上で大きな役割を果たした。
ユーロ圏の銀行システムには、世界金融危機を引き金に国の信用力の格差(図表12)による銀行市場の分断が生じ、今も解消していない。銀行システムの分断によって、金融政策の波及が不均質になっていたユーロ圏では、為替を通じた緩和効果の波及は重要だった。
ECBは、3月10日開催の政策理事会でも、インフレ見通しの下方修正に対応して、中銀預金金利の引き下げなどの追加緩和を決めるだろう。国債等を買い入れる資産買入れプログラムのルールの変更なども盛り込み、長期にわたって緩和的な金融環境を維持し、必要に応じて追加措置を講じるスタンスも確認するだろう。既述のとおり、ユーロ圏経済は内需主導の緩やかな成長の持続が見込まれるが、スピード不足である上に、下振れリスクは増大している。少なくとも今回の見通しの予測期間中に、緩和措置を強化することはあっても、引き締めに転じることは考え難い1
今回、ECBは、金融緩和の強化に動かざるを得ないが、金融政策の主な波及経路となってきた為替への影響は不確かになり、効果と副作用のバランスの慎重な判断を必要とする局面に差し掛かっている。ユーロ圏の金融システムは銀行中心であり、本来の波及経路である銀行システムの構造問題を解決しないまま緩和を継続しても、南欧などの問題国には効果は浸透せず、ドイツのような健全国への副作用だけが大きくなるおそれがある。また、金融政策によって、投資を妨げている高コストや労働市場の硬直性、法整備の不備などの構造的な問題を解決することもできない。
銀行システムに問題を抱える国は不良債権処理の加速による金融仲介機能の回復が急がれる。新たな投資機会の創出と採算性の改善につながる構造改革の推進、民間投資の呼び水となるような公共投資など財政政策の有効活用も必要とされる局面だ。
 
図表11 主要通貨の名目実効為替相場/図表12 10年国債利回り
 
1  ECBの金融政策の見通しは、3月10日の政策理事会の決定を踏まえて、11日発行予定の金融経済フラッシュで取り上げる予定です。マイナス金利の効果と副作用のバランスに関しては「マイナス金利と銀行システムの安定性 フランクフルト出張報告」研究員の眼 2016-03-03もご参照下さい(http://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=52421
( 財政政策はやや緩和的な運営が続く見通し  )
財政政策はユーロ圏全体ではやや緩和的な運営が続く見通しである。ユーロ圏全体では財政赤字の対名目GDP比が14年に3%の過剰な赤字の基準値を下回るようになった。欧州委員会は2月に公表した「冬季経済予測」で各国の予算案などをベースに16年にかけて財政赤字の名目GDP比率の低下傾向は続くと予測している。政府債務残高の対名目GDP比も、財政赤字の削減に加えて、景気の回復、金利の低下により、14年の94.5%をピークに低下すると予測している(図表13)。さらに、裁量的財政政策の規模を示す構造的財政収支の前年差は15年には小幅なマイナスで「ほぼ中立、やや緩和的」に転じたが、16年はマイナス幅が小幅ながら拡大、つまり財政を通じた景気の下支えの度合いは僅かに拡大する予測している(図表14)。
 
図表13 ユーロ圏の財政収支と政府債務残高(対GDP比)/図表14 ユーロ圏構造的財政収支(前年差)
ユーロ圏における「成長に優しい財政政策」は主に減税の形を採る。公共投資の水準を引き上げる動きは殆ど見られず、投資水準が世界金融危機前に比べて低いままに留まる原因の1つとなっている。
なお、歳出は全般的に抑制気味だが、難民対策費はドイツを中心に増加しており、欧州委員会ではGDP比で0.1~0.3%程度の規模に相当することになると推定している。

( イタリアの16年度予算案は財政ルールへの適合性を再検討  )
世界金融危機とそれに続く圏内の財政危機の反省から、ユーロ圏の銀行規制・監督体制は大きく手直しされたが、財政面でも参加国が遵守すべきルールや相互監視体制が強化された。現在のフランスのように財政赤字が名目GDPの3%の基準値を超える国だけでなく、イタリアのように政府債務残高が同60%の基準値から逸脱する度合いが大きい国にも、経済状況が著しく深刻でない限り、継続的な財政措置が求められるようになった。
3月7日に開催されたユーロ圏財務相会合(ユーログループ)では16年度予算案の再点検を行った。過剰な財政赤字是正措置(EDP)で17年までの名目GDP比3%の基準値達成が求められているフランスは、16年予算が概ねルールに適合すると認められた。しかし、イタリアは、16年度予算案に100億ユーロの追加歳出を盛り込んだことで、本来、構造的財政赤字の0.1%の削減が必要だが、0.7%赤字が拡大する内容になり、ルールからの逸脱のリスクが指摘された。昨年1月、EUの欧州委員会は、財政ルールが景気循環や域内の格差を増幅するとの批判に対応として、経済状況のほか、構造改革関連支出や公共投資関連の支出による中期財政目標(MTO)からの逸脱は認めるよう解釈を柔軟化する方針を示している。イタリア政府は、追加歳出に、この規定の適用を求めており、今春、欧州委員会がルールへの適合性を再評価する扱いとなった。
イタリアは15年も財政赤字の名目GDP比は2.6%と基準値以内だが、政府債務残高の名目GDP比は132.6%とギリシャに次いで高い。しかし、イタリア政府の過剰債務が解消しない原因は、放漫な財政運営よりも、長期にわたる低成長と低い競争力にあると思われる。財政ルールの活用はより柔軟に、一方で構造改革の加速を求めることが望ましいように思われる。
 
( キプロスの卒業で唯一の支援プログラムとなったギリシャの改革は難航中 )
なお、EU・IMFの支援プログラムで財政再建を進めてきたキプロスは3年間の当初からの期限をもって「卒業」する見通しとなり、ギリシャはユーロ圏19カ国で唯一の支援プログラム国となった。
ギリシャ向けの第3次支援は、支援の中断、国民投票、支援の再要請という曲折の末に始動し、総額860億ユーロのうちこれまでに4分の1に相当する214億ユーロが実行された。しかし、残る支援金を受け取るために必要な改革の実行は遅れ気味で、ギリシャ政府の流動性は徐々にタイト化しつつある。国債償還が予定される7月に、昨年と同様の混乱が生じるリスクが排除できない情勢だ。
3月7日のユーログループでは、中断されていた支援プログラムへの適合状況の第一回審査の再開とともに、ギリシャが審査に合格すれば、債務再編協議に進む方針が表明された。しかし、ユーログループのダイセルブルーム議長や、欧州安定メカニズム(ESM)のレグリング総裁の発言には、協議妥結への確信は感じられず、支援機関側とギリシャ政府との隔たりはなお大きいようだ。ギリシャ支援の行方は楽観できない。
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経済研究部   常務理事

伊藤 さゆり (いとう さゆり)

研究・専門分野
欧州の政策、国際経済・金融

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