2016年03月04日

複雑化する円相場を読む4つのポイント~金融市場の動き(3月号)

経済研究部 上席エコノミスト 上野 剛志

文字サイズ

1.為替:複雑化する円相場を読む4つのポイント

年明け以降、為替市場では急激に円高ドル安が進んだが、2月中旬以降は一服し、下旬以降はやや戻しているものの、方向感が掴みづらい展開となっている。最近のドル円相場は、多くの材料が複合的に影響しており、構造が複雑化しているため、改めて円相場を読むためのポイントを整理してみたい。

ポイント(1):市場のリスク回避姿勢
まず、最初のポイントは市場のリスク回避姿勢だ。円はリスク回避姿勢が強まると買われやすくなる特徴がある。それは、リスク回避局面では高金利通貨の金利が低下することで円の相対的な魅力が高まること、円キャリー取引(低金利の円を売り、高金利通貨を買うことで利鞘を稼ぐもの)の解消に伴う円買いが入ることが主に影響している。逆にリスク回避姿勢が弱まる(=リスク選好姿勢が強まる)と円は売られやすくなる。
年初以降の市場では、急激にリスク回避姿勢が強まった。米市場の警戒感を示す指標であるVIX指数(恐怖指数)は、年初以降急激に上昇し20ポイントを大きく上回り、市場ではリスク回避姿勢が強まったことで、円高が進行した。一方、最近では同指数が20ポイントを割りこんできており、まだ完全に平時のレベルとまでは行かないものの、市場のリスク回避姿勢は緩和し、円高圧力もやや弱まっている。この背景には、リスク回避の要因となっていた中国不安と原油安が一服したことがある。前者は3月5日からの全人代で景気対策が発表されるとの期待から、後者は主要産油国の増産凍結協議が進んでいるためだ。
従って、当面の注目点は、中国不安や原油安がこのまま収束するか?という点になるが、さしあたって、全人代での景気対策と主要産油国の増産凍結協議の行方・実効性がカギになりそうだ。これらが市場の期待に沿う内容となれば、リスク回避はさらに緩和し、円安が進みやすくなる一方、期待外れの結果に終われば、失望によるリスク回避で再び円高圧力が高まることになる。
ちなみに、原油価格に関しては、さらに別ルートでも為替に影響を与える。原油安が是正されれば、現在ほぼ均衡している貿易収支の赤字拡大(円売り拡大)を通じて円安圧力となる一方、原油安がさらに進行すれば、貿易黒字の拡大(円買い拡大)を通じて円高圧力となる。
 
ドル円レートとVIX指数/中国の株価と原油価格
FF金利先物が織り込む米政策金利見通し ポイント(2):米国の利上げ観測
2つ目のポイントは米国の追加利上げ観測だ。米国の追加利上げペースが早まるとの見方が強まれば、米金利上昇(ドル買い要因)を通じてドル高圧力が高まる一方、遅くなるとの見方が強まれば、米金利低下(ドル売り要因)を通じてドル安圧力が高まる。
年初以降、米経済指標の悪化や金融市場の混乱を受けて、米利上げ観測が後退し、ドル安圧力となってきた。米金利先物市場が織り込む政策金利の見通しを見ると、12月の利上げ直後の段階で今年は年約2回の利上げが織り込まれていたものが、2月半ばには殆どゼロまで後退した。
一方、2月下旬以降は、米GDPや所得・消費、製造業景況感などの経済指標が予想を上回ったことで、米経済への悲観がやや修正され、直近の利上げ織り込み回数はやや持ち直している。このことが、リスク回避の後退とともに、最近のドル円の持ち直しに寄与した。
 
米国の利上げは、米国経済の行方にかかっている。今後、米国で堅調な経済指標が続けば、悲観が修正され、利上げ観測が高まることでドル高要因になり、低調な経済指標が続けば、悲観が強まり、ドル安要因になる。
ポイント(3):日銀の追加緩和観測
3つ目のポイントは日銀の追加緩和観測だ。1月末の追加緩和(マイナス金利導入)は、外部環境の悪化や副作用への懸念などから円安効果が顕在化しなかったが、マイナス金利政策自体は円金利を低下させるという点で明らかに円安材料だ。2%の物価上昇目標は遠く、日銀は今後も追加緩和をせざるを得なくなると予想され(具体的な予想時期や理由はP6参照)、マイナス金利拡大はその主たる手段となるだろう。
従って、今後、日銀の追加緩和観測が高まれば円安圧力が強まり、後退すれば円高圧力が強まると考えられる。
 
日米2年国債利回りと金利差/ドル円相場への影響
以上、(1)~(3)のポイントは今後のドル円相場を大きく左右することになるのだが、組み合わせによって様々な展開が考えられる。リスク回避姿勢が後退(リスク選好へ)するとともに、米国の利上げ観測や日銀の追加緩和観測が高まることで日米金融政策の差が拡大すると、円安ドル高が進行する。逆にリスク回避が強まるとともに、米利上げ観測や日銀追加緩和観測が後退することで日米金融政策の差が縮小すると、円高ドル安が進行することになる。
ここで、悩ましいのは、米国の利上げ観測が高まることで、その副作用への懸念が高まり、投資家のリスク許容度が低下、市場のリスク回避が誘発されかねないことだ。その場合は、やや円高ドル安に振れる可能性が高い。米利上げ観測が高まっても市場がリスク回避的にならないためには、現在のリスク要因(中国不安や原油安)に改善がみられることや、新たなリスク要因が緊迫化しないこと、世界経済の下支え役としての米経済の堅調さが十分に確認できることが必要になる。
個人金融資産におけるリスク性資産の残高 ポイント(4):個人金融資産の動向
そして、最後のポイントは個人金融資産の動向だ。「貯蓄から投資へ」というキャッチフレーズが叫ばれて久しいが、これまで投資へのシフトは限定的であった。日銀の資金循環統計によれば、15年9月末の個人金融資産1684兆円のうち、リスク性資産の残高は272兆円、その割合は16%に留まっている。しかも、近年の増加は時価上昇の寄与が大きい。
ただし、今年に入って日銀のマイナス金利導入によって、預金金利が低下し、預貯金からの利息はほぼ全く期待できない状況になった。もともと預金金利は極めて低く、スズメの涙程度であったため、金額的な影響は限定的だが、家計が資産運用について改めて考える契機にはなったはずだ。また、マイナス金利で収益が圧迫されている金融機関は、収益源の多様化のために、投信等の販売にこれまで以上に注力せざるを得ない。
この状況変化を受けて、家計が株式や外貨建て資産といったリスク性資産投資を積み増す動きが顕在化すれば、株価上昇を通じたリスク選好の円売りや外貨投資に伴う直接的な円売りが発生し、円安に作用する。家計の保有する預金は15年9月末時点で829兆円あり、この1%が外貨建て資産に流れるだけで8兆円強の円売りが発生する。このインパクトは14年度の貿易赤字(9.1兆円)にほぼ匹敵するだけに、影響力は侮れない。
逆に、利息収入がさらに細ったことで将来への不安が台頭し、家計がリスク資産を圧縮する動きを見せれば、株安に伴うリスク回避の円買いや外貨投資解消に伴う円買いが発生し、円高に作用することになるだろう。
 
以上、これまでに挙げた4つのポイントがそれぞれどうなるか?が今後のドル円レートを左右する(表紙図表参照)。 
ちなみに筆者は、しばらくはリスク回避が燻り、米国の利上げ観測が高まらない一方で、日銀は様子見を続けると見ているので、ドル円の上値は重くなると予想している。ただし、時間軸を延ばして今後3ヵ月程度というスパンで考えると、政策対応などからリスク回避は後退し、堅調な米国経済の下、6月の利上げ観測が高まることで日米金融政策の方向性の違いも再び鮮明化し、円安ドル高が再開すると予想している。個人金融資産の動きは読みにくいが、従来と比べればリスク性資産への投資が活発化し、円安をサポートすると見ている。
Xでシェアする Facebookでシェアする

経済研究部   上席エコノミスト

上野 剛志 (うえの つよし)

研究・専門分野
金融・為替、日本経済

経歴
  • ・ 1998年 日本生命保険相互会社入社
    ・ 2007年 日本経済研究センター派遣
    ・ 2008年 米シンクタンクThe Conference Board派遣
    ・ 2009年 ニッセイ基礎研究所

    ・ 順天堂大学・国際教養学部非常勤講師を兼務(2015~16年度)

公式SNSアカウント

新着レポートを随時お届け!
日々の情報収集にぜひご活用ください。

週間アクセスランキング

レポート紹介

【複雑化する円相場を読む4つのポイント~金融市場の動き(3月号)】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

複雑化する円相場を読む4つのポイント~金融市場の動き(3月号)のレポート Topへ