2016年02月25日

健康経営とジェロントロジー~従業員の退職後までを視野に入れた健康経営を

生活研究部 上席研究員・ジェロントロジー推進室兼任 前田 展弘

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2|健康経営が注力すべき対象とは

そのような幅広い視点をもとに、健康経営としてこれまで以上に何に取組むべきかを考えると、中高年層、特に「50代」の従業員に対するアプローチの必要性が想起された。理由は、医学的見地からの体調の変化(老化の進行等)ということもあるが、筆者としては「精神的な健康状態」のほうをより注目している。図表2は、内閣府が毎年実施する「国民生活に関する世論調査」の結果である。その中の「現在の生活に対する満足度」を年齢別に見ると50代が最も低い。一方、日常生活での悩みや不安を抱いている人の割合を見ると50代が最も高い。悩みや不安の原因が何かを尋ねると、その50代で最も多いのは「老後の生活設計」、つまり「将来に対する不安」である。一般的な社会調査の結果であり、企業に勤めている従業員の状況としてそのまま当てはまるかどうかは検証が必要ではあるが、退職時期が現実的に近づいてくるなか、老後生活に対する不安が高まることはむしろ従業員に限った場合のほうが顕著と推察する。さらに近年では役職定年の早期化の動きも見られ、当該層のモラルダウンが起きていることもよく見聞きする。そうしたことを踏まえても50代従業員の将来不安はより深刻になっていると考える。健康経営において、特定の年齢層に焦点をあてることが好ましいことかどうかは検討を要するが、将来不安の高まりが顕著な50代に対して、その不安を払拭するような支援を行うことは重要だと考える。若手の従業員が中高齢期を明るく展望できるようにするためにも必要なことではないかと考える。
 
図表2:国民生活に関する世論調査結果(内閣府・平成26年) ■現在の生活に対する満足度/■日常生活での悩みや不安/■悩みや不安の内容

4――退職後を見据えた新たな健康経営の取組視点

4――退職後を見据えた新たな健康経営の取組視点

ではどのような取り組みが必要か。将来不安の大きな要素は、所得確保の視点を含めて「退職した後、どうするか、何ができるか」、生活創造のビジョンが見えないことが大きいと推察される。この点、企業としては、定年制を廃止する、雇用年齢を引き上げるということも一つの解(選択肢)にはなる。しかしながら、これ以上、個々の企業に雇用確保義務を負わせることは現実的でない。そこで考えることは次の2つである。

1|セカンドキャリア支援に向けた「社内研修」の充実

一つは、セカンドキャリアづくりに重きを置いた「リタイアメント研修(ライフプラン研修)」の充実を挙げたい。大企業を中心に多くの企業は50代前後の従業員を対象に、退職前研修あるいはライフプラン研修といった名称のもと、退職後を見据えた研修が行われている。しかし、多くの退職者や中高年の方々からは、「企業で行われた研修(上記のリタイアメント研修等)は、年金や社会保険の話が中心で、実際のセカンドライフづくりには参考にならなかった」といった声をよく聞く。そこで現状がどうなっているかを調べてみると、確かに退職後のお金や健康、社会保険に関する説明に終始するケースが数多く散見される。図表3は、過去10年間(2001~2010年度)における110団体(民間56・官公庁54)の事例について、「プログラムのテーマとその採用率(研修のテーマとして採用された割合)」を集計したものになるが、採用率の上位をみると、経済(お金)、健康、年金・退職金、諸制度説明、社会保障制度が並んでいることが確認できる。こうした情報を伝えることは重要ではあるが、実際のセカンドキャリアにつながる話は少ないように見受けられる。「退職後は年金暮らしで十分」という人は極僅かであろうし、多くの人は人生90-100年という長寿の時代の中で長い老後生活を支えるセカンドキャリアを求めているに違いない。そうしたニーズに照らすと現行の研修内容では物足りないということであろう。そもそも企業が退職後の従業員の生活(キャリアづくり)まで面倒を見る必要があるかどうかと言えば、それは「ない」かもしれない。しかしながら翻って、従業員の健康増進をはかる上では、将来不安の払拭は重要な着眼点と考えられる。そこで具体的な研修内容の改善を考えると、例えば、起業の方法をレクチャーし支援する、あるいは農業や福祉など、これまでとは違うキャリアづくりの可能性を示した上で実際に指南する、海外での活躍の可能性を示し支援する、さらにきめ細かな取り組みを考えれば、従業員個々の自宅のある地域の求人情報または高齢者の活躍機会に関する情報を提供するといったことがあるのではないかと考える。これらを自社単独で行うことは困難と考えられるだけに、こうした情報提供やキャリア支援を行う外部機関を有効に活用するなかで研修の充実がはかられることを期待したい。
図表3:ライフプランセミナーにおけるプログラムテーマとその採用率
2|退職従業員に対する取り組み

もう一つは、退職した従業員に対する取り組みの充実である。前項で述べたとおり、セカンドキャリアに誘うことと並行して、退職した従業員の活動をよりアクティブに働きかけるということも重要ではないかと考える。多くの企業は自社の退職者組織・団体があり、その中での退職者同士の交流が行われている。多くは交流会、懇親会が継続的に行われているくらいではないかと推察する。ただ、今後ますます高齢化が進展することで、活動できる退職者の数も増加の一途になるであろう。自社の価値観や文化を共有した退職者は自社の最も近い応援団であることに違いはなく、そうした退職者を交流会だけでのつながりに止めておくことは企業にとってもったいない、貴重な資源を有効活用していないという見方もできるのではないかと考える。例えば、高齢者向けの商品サービスの開発を行うのであれば、退職者の声を聞くといった調査対象にもなるであろうし、積極的な自社の商品サービスを積極的にPRしてもらう営業部隊にもなってもらえるかもしれない。退職した従業員にとっても、セカンドライフの充実につながることであり、健康にも寄与すると考えられる。こうした退職後も新たな役割が期待されていることを展望できることは、現役世代にとってもポジティブに受け止められるであろう。それだけに現役世代と退職者の双方にとってWin-Winになるような新たな仕掛けを考案し展開することも一つの健康経営になるのではないかと考える。
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生活研究部   上席研究員・ジェロントロジー推進室兼任

前田 展弘 (まえだ のぶひろ)

研究・専門分野
ジェロントロジー(高齢社会総合研究)、超高齢社会・市場、QOL(Quality of Life)、ライフデザイン

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