2016年02月24日

日本経済再生の鍵-女性、高齢者の労働参加拡大と賃金上昇が必須の条件

経済研究部 経済調査部長 斎藤 太郎

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2非正規雇用比率はさらに上昇へ

女性、高齢者の労働参加が進んだ場合、これまで以上に雇用の非正規化が進む可能性が高い。非正規比率は1985年の15.3%から2014年には37.4%まで上昇しているが、男女別、年齢別に見ると、女性、高齢者の非正規比率が高い(図表9)。したがって、女性、高齢者の労働参加が進んだ場合には、非正規雇用比率がより高まることになる。
ここで、年齢階級別の非正規雇用比率が過去5年間と同じペースで上昇した場合、全体の労働力率がどの程度上昇するのかを試算すると、年齢階級毎の非正規化の進展に非正規雇用比率の高い女性、高齢者の構成比が高まる影響が加わり、非正規雇用比率の上昇ペースが加速し、2014年の37.4%から2025年には44.4%になるという結果となった。男女別には、男性は2014年の21.8%から2025年には28.8%へ、女性は2014年の56.7%から2025年には62.8%まで上昇する(図表10)。男性の非正規雇用比率の上昇幅が大きいのは非正規雇用比率の高い高齢者がより長く働く想定を置いているためである。
図表9 年齢階級別非正規雇用比率(2014年)/図表10 上昇する非正規雇用比率
図表11 非正社員の雇用理由

これまで非正規化が進んできた背景には、企業側、労働者側それぞれの要因がある。
厚生労働省の「就業形態の多様化に関する総合実態調査」によれば、非正社員を雇用している理由として最も多いのは「賃金の節約のため」(38.6%)で、それに続くのが、「1日、週の中の仕事の繁閑に対応するため(32.9%)」、「即戦力・能力のある人材を確保するため(30.7%)」、「専門的業務に対応するため(28.4%)」となっている(図表11)。この調査からは、企業が非正規雇用を増やしているのは、(1)人件費の削減、(2)専門人材、即戦力の確保、が主な理由となっていることが分かる。

図表12 非正社員が現在の就業形態を選択した理由 一方、労働者側の要因としては、ライフスタイルや就業に対する価値観が多様化し、非正規の雇用形態を希望する労働者が増えていることが挙げられる。非正社員を選んだ理由としては、「正社員として働ける会社がなかったから(18.1%)」とやむをえず非正社員として働いている人もいるが、それは多数派ではない。最も多い理由は「自分の都合のよい時間に働けるから(37.9%)」で、それに続くのが「家計の補助、学費等を得たいから(30.6%)」、「家庭の事情(家事・育児・介護等)と両立しやすいから(25.4%)」となっており、自発的に非正規雇用を選択したことを窺わせる回答も多い(図表12)。
また、現在の就業形態を続けたいとする非正社員は男性で58.9%、女性で75.5%となっており、特に高齢層でその割合が高い(図表13)。さらに、就業希望の非労働力人口のうち、非正規の就業を希望する人の割合は多くの年齢層で実際の非正規雇用比率よりも高くなっている(図表14)。
図表13 現在の就業形態を続けたい正社員以外の労働者(割合)/図表14 女性、高齢者を中心に非正規で働きたい人は多い

ここにきて企業の採用意欲の高まりから若年層を中心に正社員が増加する動きもみられるが、企業側、労働者側双方の要因から中長期的に非正規化が進むことは避けられないだろう。

3雇用の非正規化による賃金低下圧力

女性、高齢者の労働参加拡大に伴う雇用の非正規化自体は必ずしも悲観的に捉える必要はないが、問題となるのは、男女間、正規・非正規間の賃金水準の格差である。
図表15 男女別、雇用形態別の賃金水準比較/図表16 時間当たり賃金の比較(所定内給与)
ここで、男女別、雇用形態別に賃金水準の格差を確認しておこう。まず、年収ベースで比較すると、男性・正社員を100とした場合、女性・正社員が70、男性・非正社員が38、女性・非正社員が26となる。年収ベースで比較した場合には正社員と非正社員の労働時間による違いが大きく影響しているが、時間当たり賃金でみても、男性・正社員100に対して、女性・正社員が76、男性・非正社員が59、女性・非正社員が50とかなりの格差があることがわかる(図表15)。年齢階級別には、男性・正社員は50~54歳をピークとした年功賃金カーブを描いているが、女性・正社員はそのカーブが緩やかとなっており、非正社員は男女ともにほぼフラットとなっている(図表16)。
図表17 女性、高齢者の労働参加拡大による賃金低下圧力 今後、女性、高齢者の労働力率が高まった場合、非正規比率が大きく高まることにより、労働者の平均賃金水準が下がることが見込まれる。ここで、男女別、年齢階級別、雇用形態別の賃金水準が今後変わらないとした場合の労働者一人当たりの賃金水準を試算すると、2010年代後半は年平均で▲0.3%程度、それ以降は押し下げ幅が徐々に拡大し、2025年には▲0.6%となった(図表17)。2025年までの年平均では▲0.4%となるが、そのうち時間当たり賃金の低下による部分が▲0.2%、労働時間の減少による部分が▲0.2%である。この結果、2025年の一人当たり平均の賃金水準は現在よりも▲4.5%低くなってしまう。

労働者の賃金水準が下がれば当然のことながら消費に下押し圧力がかかる。労働供給力が確保できても家計の所得水準の低下によって個人消費が低迷すれば、潜在GDPに見合うだけのGDPが達成されず、需給ギャップが拡大してしまう。賃金水準を引き上げることにより需要の拡大を図ることが重要である。

4―労働供給力の拡大と賃金上昇による消費拡大の両立

4―労働供給力の拡大と賃金上昇による消費拡大の両立

図表18 実質雇用者報酬の予測 当研究所の中期経済見通しでは、女性、高齢者の労働参加拡大が進むことにより供給力の急低下に歯止めがかかるとともに、企業部門の改善が家計部門に波及することにより賃上げ率が高まりそれが個人消費の回復につながるという経済の好循環が一定程度実現することを想定している。具体的には、今後10年間の実質雇用者報酬の伸びは過去10年平均の0.4%から1.1%へと高まると予想している(図表18)。内訳をみると、女性、高齢者の労働参加拡大を見込んでいるものの労働力人口は減少が避けられないため、雇用者数の伸びは小幅ながらマイナス(年平均で▲0.0%)となる。一方、一人当たり賃金(実質)の伸びは過去10年平均の▲0.0%から1.1%へと大きく高まる。すなわち、雇用者報酬の増加はすべて一人当たり賃金の伸びによることになる。なお、今後10年間の物価上昇率は平均で1%台前半を予想しており、名目の一人当たり賃金の伸びは平均で2.2%となる。
前述したように、女性、高齢者の労働参加拡大による賃金低下圧力を考えると、名目2%程度、実質1%程度の賃上げを実現することはそれほど容易ではない。男女間、正規・非正規間の賃金格差の是正を進めながら労働生産性に応じた労働者一人当たり、時間当たり賃金の上昇を図ることが求められる。
また、男性・正社員を中心とした長時間労働は是正すべきだが、その一方でパートタイム労働者などが労働日数、労働時間を調整する一因となっている配偶者控除(いわゆる「103万円の壁」)、第3号被保険者制度(いわゆる「130万円の壁」)は見直すべきである。制度の見直しによって必要に応じて労働時間を増やす就業者が増えれば、非正規化に伴う総労働時間の減少に歯止めがかかり、マクロベースの所得の増加につながるだろう。
日本経済再生の鍵は女性、高齢者の労働参加拡大を通じて量的な労働供給力を高めるとともに、労働生産性に見合った賃上げを実現することにより家計の購買力を引き上げ、需要の拡大につなげていくことである。供給面、需要面双方の取組みを同時に進めていくことが求められる。
 
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経済研究部   経済調査部長

斎藤 太郎 (さいとう たろう)

研究・専門分野
日本経済、雇用

経歴
  • ・ 1992年:日本生命保険相互会社
    ・ 1996年:ニッセイ基礎研究所へ
    ・ 2019年8月より現職

    ・ 2010年 拓殖大学非常勤講師(日本経済論)
    ・ 2012年~ 神奈川大学非常勤講師(日本経済論)
    ・ 2018年~ 統計委員会専門委員

(2016年02月24日「ニッセイ景況アンケート」)

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