2016年02月24日

日本経済再生の鍵-女性、高齢者の労働参加拡大と賃金上昇が必須の条件

経済研究部 経済調査部長 斎藤 太郎

文字サイズ

1―はじめに

ニッセイ基礎研究所では、2015年10月に中期経済見通し(2015~2025年度)を発表した。その中で、日本の実質GDP成長率は2025年度までの平均で1.0%となり、過去10年平均の0.4%よりも高まると予想したが、人口減少、少子高齢化が進展するもとで成長率を高めるためには、女性、高齢者の労働参加拡大が不可欠である。本稿では女性、高齢者の労働参加拡大が日本経済に及ぼす影響について検証した。
 

2―女性、高齢者の労働参加拡大による潜在成長率への影響

2―女性、高齢者の労働参加拡大による潜在成長率への影響

1労働力人口への影響

日本の生産年齢人口(15~64歳)は1995年をピークに20年にわたって減少を続けており、労働力人口も1990年代後半から減少基調となっている。ただし、高年齢者雇用安定法の施行によって高齢者の継続雇用が進んだことや、女性の労働参加が進んでいることから、このところ労働力人口の減少ペースは緩やかとなっており、2013年、2014年は2年連続で増加した。
先行きについては、人口減少ペースの加速、さらなる高齢化の進展が見込まれるため、労働力人口の減少が続くことは避けられないが、女性、高齢者の労働力率を引き上げることにより、そのペースを緩やかにすることは可能である。当研究所の中期経済見通しでは、男性は60歳代の労働力率が現在よりも10ポイント程度上昇(60~64歳:77.6%(2014年)→87.5%(2025年)、65~69歳:52.5%(2014年)→61.4%(2025年))、女性は25~54歳の労働力率が70%台から80%前後まで上昇することを想定している(図表1、2)。
図表1 年齢階級別・労働力率の予想(男性)/図表2 年齢階級別・労働力率の予想(女性)
図表3 労働力人口の比較(見通しと現状維持ケース)

2014年時点の男女別・年齢階級別の労働力率が今後変わらないと仮定すると、高齢化の進展によって労働力率が相対的に低い高齢者の割合が高まるため、全体の労働力率は低下し続ける。男女別・年齢階級別の労働力率が2014年実績で一定とし、国立社会保障・人口問題研究所の人口推計を用いて全体の労働力率を試算すると、2025年には56.5%となり2014年の59.4%から3ポイント程度低下する。すでに減少している15歳以上人口は今後減少ペースが加速するため、15歳以上人口に労働力率をかけあわせた労働力人口は2025年には6071万人となり、2014年よりも516万人減少する(年平均で▲0.7%の減少)。一方、高齢者、女性の労働力率上昇を見込んだ中期経済見通しのケースでは2025年の労働力率は59.1%となり、現在とほぼ変わらない。この場合でも15歳以上人口が大きく減少するため2025年の労働力人口は6352万人と2014年よりも235万人減少する(年平均で▲0.3%の減少)が、現状維持ケースと比べれば減少幅、減少ペースは大きく緩和される(図表3)。人口減少下では一人当たりGDPのほうがより重要だ。国全体のGDPが減少したとしても、一人当たりGDPが増加すれば国民一人ひとりの豊かさは保たれると考えられるからである。その意味では、労働力人口そのものよりも労働力率のほうがより重要といえるだろう。

図表4 非求職理由別・就業希望の非労働力人口(2014年) 女性の活躍を推進するうえで鍵となるのは、現在非労働力化している女性の多くを労働市場に参加させることである。非労働力人口は15歳以上人口のうち働く意思のない人(就業も求職活動も行っていない者)を指すが、非労働力人口の中にも就業を希望している人が相当数いる。2014年の非労働力人口は4483万人だが、このうち就業希望者が419万人、男性が116万人、女性が303万人となっている。就業希望者の非求職理由をみると、女性は「出産・育児のため」が101万人と全体の3分の1を占めている(図表4)。実際の労働力人口に非労働力人口のうち就業希望者を加えて潜在的な労働力率を試算すると、25~54歳の年齢層ではいずれも80%を超えることになる。これが現実のものとなれば、M字カーブが解消されるだけでなく、全体として女性の労働力率がかなり底上げされることになる。
近年、女性の労働力率は大幅に上昇しているが、注目されるのは、労働力率の上昇とともに潜在的労働力率も上昇している点である。このことは現時点の潜在的労働力率が天井ではなく、育児と労働の両立が可能となるような環境整備を進めることにより、女性の労働力率のさらなる引き上げが可能であることを示している。
図表5 潜在成長率の寄与度分解 2潜在成長率への影響

潜在GDPは中長期的には労働、資本の投入量、技術進歩率によって決まるため、労働力人口の動向は先行きの潜在成長率を大きく左右する。日本の潜在成長率は1990年代初め頃から急速に低下しているが、その大きな原因は労働投入による寄与が一貫してマイナスとなっていることである。
中期経済見通しでは、先行きも労働投入量の減少は続くものの、女性、高齢者の労働力率上昇によってマイナス幅の急拡大が回避されること、資本投入によるプラス幅が拡大すること、技術進歩率が現在の0%台前半から0%台後半まで高まることを前提として、潜在成長率は足もとの0.5%程度から1%程度まで高まると想定している(図表5)。
図表6 女性、高齢者の労働参加拡大による影響 ここで、現状維持ケースと女性、高齢者の労働参加拡大ケースの潜在成長率への影響を試算すると、労働投入量の差により年平均で0.3%ポイントの差が生じる。女性、高齢者の労働参加が進まない現状維持ケースでは2025年の潜在成長率は0.7%程度にとどまる。また、一人当たりGDPでみると、女性、高齢者の労働参加拡大ケースでは足もとの0.6%から2025年には1.6%まで伸びが高まるが、現状維持ケースでは1.4%にとどまる。この結果、2025年の潜在GDPの水準は17兆円、一人当たりGDPでは14万円の差が生じることになる(図表6)。
なお、当研究所の中期経済見通しでは政府目標の名目GDP600兆円の達成は2025年と予想しているが、現状維持ケースでは2027年までずれこむことになる。
 

3―需要面からみた影響

3―需要面からみた影響

1需要不足が慢性化

このように、女性、高齢者の労働参加拡大によって供給力の低下に歯止めをかけることは可能と考えられるが、その一方で潜在成長率の上昇に実際の需要が追いつくのかという問題がある。
日本経済はバブル崩壊後、長期にわたり低迷が続いてきたが、その一因には需要不足の問題がある。実質雇用者報酬は1990年代半ばまでは増加を続けてきたが、その後はほとんど伸びておらず、このことが個人消費、実質GDPの低迷につながっている(図表7)。この結果、GDPギャップはバブル崩壊以降、ほぼ一貫してマイナスとなっており、日本経済は慢性的に需要不足の状態に陥っている(図表8)。日本経済再生の鍵は供給力の向上とともに、家計の所得増加を通じた個人消費の拡大を実現することにより、潜在成長率の上昇と需要不足の解消を両立させることである。
 
図表7 雇用者報酬と家計消費の関係/図表8 潜在成長率とGDPギャップの推移
Xでシェアする Facebookでシェアする

経済研究部   経済調査部長

斎藤 太郎 (さいとう たろう)

研究・専門分野
日本経済、雇用

経歴
  • ・ 1992年:日本生命保険相互会社
    ・ 1996年:ニッセイ基礎研究所へ
    ・ 2019年8月より現職

    ・ 2010年 拓殖大学非常勤講師(日本経済論)
    ・ 2012年~ 神奈川大学非常勤講師(日本経済論)
    ・ 2018年~ 統計委員会専門委員

公式SNSアカウント

新着レポートを随時お届け!
日々の情報収集にぜひご活用ください。

週間アクセスランキング

レポート紹介

【日本経済再生の鍵-女性、高齢者の労働参加拡大と賃金上昇が必須の条件】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

日本経済再生の鍵-女性、高齢者の労働参加拡大と賃金上昇が必須の条件のレポート Topへ