コラム
2016年02月23日

本格化するアメリカ大統領選挙

櫨(はじ) 浩一

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1――非主流派候補の躍進

2016年のアメリカ大統領選挙は2月に入って本格化し、アイオワ州を皮切りに民主・共和両党の予備選挙・党員大会が次々と実施されている。少し前までは有力候補とは考えられていなかった共和党のトランプ候補と民主党のサンダース候補が、ニューハンプシャー州で勝利を収めるという波瀾のスタートとなった。既存の政治に対する不信感の高まりが、非主流派候補の躍進に繋がっているとされている。

2月20日に行われたネバダ州での民主党党員集会ではクリントン候補が勝利して優位に立っているものの、資本主義の総本山とも言うべきアメリカで、社会民主主義者を自称するサンダース候補が互角に近い戦いをしていることには驚いた。1年前には民主党はクリントン候補で決まりだと思われていたが、18日付けのFOX NEWの調査では支持率が47%対44%となり、全米レベルでサンダース候補が初めてリードしたと報じられている。

アメリカと言えば、政府が経済活動に介入することを嫌い、個人の自立が求められる自己責任社会というイメージだ。若者が中心だとはいうものの、公的な皆保険制度の導入や教育の無償化で格差問題を改善すると主張するサンダース候補を、これほど多くの米国民が支持するとは思ってもみなかった。
 

2――揺れる経済思想

政府が民間の経済活動にどうかかわるべきかという問題に対する考え方は、時代によって大きな政府と小さな政府の間で揺れ動いてきた。1930年代の大恐慌をきっかけに、「政府は企業活動に干渉すべきではない」というそれまでの考え方から、ルーズベルト大統領が打ち出したニューディール政策に代表されるように、資本主義国でも積極的に経済活動に関与するべきという方向に進みだした。社会主義国家の計画経済と資本主義国家の市場経済は、それぞれの長所を取り入れて次第に中間的な形態の混合経済に収れんしていくのではないかと考えられた時期もあった。

しかし、政府の積極的な関与がインフレを生んだという批判や、社会主義国家の行き詰まりが次第に明らかになる中で、サッチャリズムやレーガノミクスに代表されるように、政府の介入を縮小して市場原理に任せるべきだという考え方に回帰した。1978年に中国で鄧小平が改革開放政策を開始し、1991年末にソビエト連邦が崩壊すると資本主義の勝利が謳われ、この方向は決定的になった。

移民政策以外はトランプ候補の政策ははっきりしないが、政府を信頼せず社会保障制度を縮小する方向であることは確かだ。クルーズ候補は共和党のもうひとりの非主流派候補だが、「ティーパーティ-」(茶会)と呼ばれる草の根の保守派運動の中心的人物のひとりだ。既存の政治に対する批判は、クルーズ候補が大統領になってもトランプ候補が大統領になっても、より小さな政府へという動きを加速する方向に政策を向かわせるだろう。
 

3――「99%」の不満

社会主義か資本主義かという制度間の競争に資本主義が勝利したとは言っても、資本主義の持つ様々な欠陥が無くなったわけではない。リーマンショックは市場の持つ欠陥の一つである経済の不安定さという問題を我々に思い知らせるものだった。また、格差の問題が発生することも資本主義の欠陥の一つだ。リーマンショックの反省から2011年ごろに起こった「ウォール街を占拠せよ」という運動は短期間で下火になったが、ここで使われた「我々は99%だ」というスローガンは生き残った。上位1パーセントの富裕層に富が集中し続けているという経済問題だけではなく、今や、政治が大多数の国民のために行われていないという不満をも表すものになっている。

所得格差の縮小と経済成長とは対立すると捉えられることが多いが、これはあまりに短期的な影響に偏った見方だ。市場で行われる取引や所得・資産の分配が公正で妥当なものだという信頼が無ければ、資本主義経済は機能しない。格差の拡大を放置すればこうした信頼が次第に失われていくだけでなく、消費の低迷から経済成長を阻害することになる恐れもある。国際的な格差の拡大はテロや戦争の温床となって、世界経済全体を不安定にするだろう。国内の格差は政治的対立の激化や社会の不安定化、犯罪の増加につながって経済活動を阻害するだけでなく、ついには民主主義をも崩壊に導きかねない。
 

適切な政府の関与が必要不可欠であることは誰もが認めるが、関与すべき領域や程度について世の中の考え方が揺れ動いてきたのは上述のとおりだ。政府のあり方についての考え方の流れは、また大きな政府の方向に変わろうとしているのか、それとも逆に小さな政府の方向への動きが加速するのだろうか。今回のアメリカ大統領選挙で非主流派候補の躍進がどこまで続くかを見ることによって、それを占うことができるだろう。
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(2016年02月23日「エコノミストの眼」)

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