2016年02月19日

17年度予算教書-オバマ大統領任期最後の予算教書。将来に対して意欲的な提案も実現の可能性は低い

経済研究部 主任研究員 窪谷 浩

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1.オバマ大統領が任期中最後となる予算教書を発表

2月9日オバマ大統領は任期中最後となる予算教書(大統領予算案)を発表し、17年度の予算審議がスタートした。一般に、議会主導で行われる米国の予算編成プロセスでは、予算教書は議会に対する要望でしかなく法的な拘束力もないため、予算教書と最終的な予算は乖離することが多い。もっとも、17年度については、既に15年11月に成立した2015年超党派予算法1によって予算の大枠は決まっているため、最終的な予算が予算教書から乖離することはない。
一方、予算教書では17年度予算だけでなく、大統領が実現したい政策やその優先順位が示され、それを反映する形で今後10年間の財政見通しについても提示される。オバマ大統領は、高額所得者や多国籍企業に対する課税強化に加え、石油企業に対する石油税の導入などによる歳入増加策によって財政赤字を今後10年間で合計2.9兆ドル削減することで、18年度以降についても予算管理法が定める強制歳出削減(Sequestration)2を上回る歳出増加を提案している。また、大統領は、昨年度と同様に中低所得者対策の強化を要求したほか、今年度新たに、気候変動対策のためのクリーン・エネルギー関連投資の拡大を要求した。
もっとも、野党共和党が議会で多数を占めているほか、同大統領の任期が1年を切りレイムダック化する中で税制改正などの大きな制度変更は難しく、予算教書は早くも議会提出と同時に廃案(dead on arrival on Capitol Hill)と揶揄されている。
 
1 詳細は以下のレポートを参照下さい。Weeklyエコノミスト・レター(2015年11月20日)「2015年超党派予算法が成立-17年の新政権発足まで政府機関閉鎖、米国債デフォルトは低下」http://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=51508
2 予算管理法と強制歳出削減についても上記レポートを参照下さい。

2.17年度予算案の概要

2.17年度予算案の概要

(図表2)歳入の内訳 (1)歳入:石油税の導入などを新たに提案

17年度の歳入額は3兆6,437億ドル(名目GDP比18.9%)と、前年度見込み額から金額で+9.2%、GDP比で+0.8%ポイントの増加が見込まれている(図表1、図表2)。
予算教書では、中低所得者層に対する減税や、法人税率の引き下げが盛り込まれた一方、高所得者層や多国籍企業に対する課税強化が盛り込まれた。これらの提案は昨年度の予算教書でも提案されていたが、今年度は石油企業に対する石油税の導入などが新たに盛り込まれた。
歳入のおよそ5割を占める個人所得税関連では、基本的に前年度を踏襲する形で児童・家族控除を中心に減税を要求している。具体的には、5歳以下の子供がいる家庭に対して一人当たり最大3,000ドルを税額控除できるほか、共働き世帯に対して500ドルの税額控除を行えるように要求している。また、給付税額控除の1種である勤労者所得税額控除(EITC)について、子供のいない世帯に拡充する政策が盛り込まれている。さらに、中低所得世帯の大学進学を支援するために、年間1人当たり最大で2,500ドルの学費を税額控除できる(AOTC)も盛り込まれた。
一方、高所得者層に対しては課税強化が提案された。具体的には、キャピタルゲインにかかる最高税率を現行の23.8%から28%に引上げることや、税額を計算する際に控除される支払利息などの個別控除(itemized tax deduction)について28%の上限が設けられた。また、相続財産を時価で評価し含み益に課税させるなどの提案もされた。さらに、所得が100万ドルを超える富裕層に対して最低30%の連邦所得税を課す所謂「バフェット・ルール」についても昨年度同様実行することを求めた。
その他の税制改革としては、タバコに関する税率の引き上げが要求されている。現在、タバコ1,000本当たり50.33ドルの連邦タバコ税がかかっているが、これを97.50ドルに引き上げることが要求されている。
法人税に関しては、昨年度と同様に法人税率を35%から28%(国内製造業は25%)に引き下げるほか、中小企業が設備投資を行う際に、一括損金計上(Section 179)できる金額上限を50万ドルから1百万ドルに引上げる提案を行った。
一方、歳入増加策として、多国籍企業が海外で得た利益に対して19%の税率を適用するほか、海外で蓄積された利益に対して1回限りの措置として14%課税することが提案された。これまで海外で得た利益を米国に送金する場合に、海外に比べて相対的に高い35%の法人税がかかっており、多国籍企業は課税を回避するために利益をそのまま海外での投資に当て本国に送金しないケースが多かった。これに対し、大統領は国内で課税される水準よりも低い税率を提示することで本国への資金回帰と米国内での投資にインセンティブを与えようとしている。
また、これまで税逃れとして批判が多かった、ヘッジファンドなどが共同経営会社(パートナーシップ)を活用して、成功報酬(carried interest)に税率の低いキャピタルゲイン課税が適用されていることに対して、より税率の高い普通の所得扱いに変更することが盛り込まれた。
さらに、大規模金融機関や石油関連企業に対しても課税強化が提案された。具体的には、負債金額の合計が500億ドルを超える金融機関に対して負債額の7bps相当の手数料を課すほか、石油企業に対して国内生産(輸出分は除く)や輸入した原油に1バレル当たり10.25ドルの税金を、今後5年かけて段階的に課すことを要求した。とくに石油税については、主に後述するクリーン交通インフラの整備に充当される計画となっている。
(図表3)歳出の内訳 (2)歳出:気候変動対策のためのクリーン交通インフラ投資を提案

17年度の歳出額は4兆1,472億ドル(GDP比21.5%)と、前年度見込みから金額で+5.0%増加して初めて4兆ドルを超えたほか、GDP比でも+0.1%ポイントの増加が見込まれている(図表1、図表3)。
根拠法によって歳出額が規定される義務的経費(図表3の社会保障年金、メディケア、メディケイド、その他に該当)は、2兆6,065億(歳出額の62.8%)と、社会保障年金やメディケイドの支出拡大に伴って前年度比+4.8%の増加が見込まれている。また、利払費は3,027億ドルと、前年度から+26.1%の大幅増加が見込まれており、歳出に占めるシェアも前年度の6.1%から7.3%に上昇するとみられている。
一方、毎年の予算編成で歳出額が決定される裁量的経費(図表3の国防関係費と非国防関係費が充当)は、1兆2,325億(歳出額の29.7%)と、国防関係費が前年度から+2.0%増加する一方、非国防関係費が▲0.4%減少する結果、全体では+0.8%の増加に留まるとみられている。
これらの結果、17年度の財政赤字額は、▲5,035億ドル(GDP比▲2.6%)が見込まれている。これは、前年度見込みの▲6,158億ドル(GDP比▲3.3%)から減少し、金融危機後にGDP比で10%近かった水準から4分の1程度に減少したほか、過去50年平均の2.9%も下回る水準である。
 
(図表4)非国防関係費の内訳 次に歳出に関する政策提案をみると、裁量的経費のうち非国防関係費では、昨年度と同様中低所得者対策が多数盛り込まれた(図表4)。子育て支援や幼児教育の充実に加え、高等教育を受けるための大学奨学金の拡充や2年間授業料無料で提供されるコミュニティカレッジが提案された。また、夏休みの休校に伴い、安価な食事の提供が止まることから、低所得世帯の学生向けに月額45ドルの食料支援を行うことが17年度に新たに盛り込まれた。
一方、オバマ大統領が重視する気候変動対策として、クリーン交通インフラに対する今後10年間で総額3,120億ドルの投資が提案された。具体的には地下鉄、バス、鉄道などの公共交通インフラに2,000億ドル投資するほか、他に1,000億ドルを州や地方政府による公共交通インフラに対する助成を行うとしている。それ以外にも、自動運転や電気自動車などのクリーン・エネルギー関連の開発助成が提案されている。
さらに、昨年脳腫瘍で息子を亡くしたバイデン副大統領が主導する形で、ガン撲滅に向けた研究に対する助成も提案された。
裁量的経費のうち、国防関連支出ではISISなどのテロ対策として今後10年間で110億ドルの支出が要求されたほか、190億ドルのサイバーテロ対策の支出が計上された。
その他、義務的経費についても、財政破綻したプエルトリコ領に対するメディケイドの支出を増額するほか、処方箋薬剤価格の引き下げ、医療費の競争原理の導入による適正化により、今後10年間で医療費を3,780億ドル削減する案が盛り込まれた。
最後に、オバマ大統領は不法移民改革を実現することで、今後10年間に労働力の増加などに伴い歳入が4,200億ドル増加する一方、歳出は2,500億ドルに抑制できるとし、差し引き1,700億ドルの財政収支が改善することを予算案に盛り込んだ。
 
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窪谷 浩 (くぼたに ひろし)

研究・専門分野
米国経済

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