2016年02月05日

「マイナス金利導入」の為替への影響 ~金融市場の動き(2月号)

経済研究部 上席エコノミスト 上野 剛志

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2.日銀金融政策(1月): マイナス金利導入を決定

(日銀)追加緩和(マイナス金利の導入を決定)

日銀は1月28~29日に開催した金融政策決定会合において、「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」の導入を決定した。金融機関が保有する日銀当座預金に▲0.1%のマイナス金利を適用する2。マネタリーベースの増加ペース(年間約80兆円)や資産買入れペースは変更なし。マイナス金利導入に関しては、賛成5名に対し、反対4名と票が真っ二つに割れた。
声明文では、従来同様、景気は「緩やかな回復を続けている」、物価の基調は「着実に高まっている」としつつも、原油安や金融市場の世界的な不安定な動きによって、「企業コンフィデンスの改善や人々のデフレマインドの転換が遅延し、物価の基調に悪影響が及ぶリスクが増大している」ため、リスクの顕在化を防ぐためにマイナス金利を導入に至ったと、今回の経緯を説明している。
 
同時に公表された展望レポートでは、16年度の消費者物価上昇率(生鮮食品除く)を大きく下方修正(前回10月時点1.4%→0.8%へ)。これに伴って2%程度の物価上昇の達成時期を従来の「16年度後半頃」から「17年度前半頃」へと後ろ倒しした。物価目標の後ろ倒しは原油価格下落によるものとのことだが、直近1年で既に3回目となる。また、17年度前半頃に達成とのことだが、17年4月の消費税率再引き上げを前提としている。消費税率引き上げ直後で景気の逆風が強まる中で2%達成というのは非現実的だ。実際、政策委員の物価に関するリスク評価を見ても、17年度にかけて「下振れリスクが大きい」とする見方が多い。
 
2 具体的には、当座預金を3つの階層構造に分割し、それぞれ、プラス金利・ゼロ金利・マイナス金利を適用
展望レポート(16年1月)
会合後の総裁会見では、黒田総裁がマイナス金利導入に至った経緯(上記)を改めて説明。さらに、量的拡大ではなくマイナス金利という選択肢を取った理由については、「量的拡大が限界に達したということでは全くない」、「従来の量的・質的金融緩和に金利面での緩和オプションを追加して、「量」・「質」・「金利」といった3つの次元で緩和手段を駆使することによって金融緩和を進める」と、その意味合いを説明。具体的な効果として、(1)イールドカーブの押し下げに伴う実質金利押し下げによる消費や投資へのプラス効果と、(2)ポートフォリオ・リバランス効果を挙げた。一方、金融機関の収益悪化とそれに伴う金融仲介機能を損なうリスクについては、(マイナス金利を一部に留める)階層構造にしたことで、「大きな影響が出るとは思っていない」ものの、「短期的には金融機関の収益に影響を与えることは避けられない」と述べた。なお、18日の国会答弁までマイナス金利に否定的な発言をしていたにもかかわらず、直後に導入した理由については、「先週(18日の週)末ダボス会議に向かう前に事務方に追加緩和のオプション検討を指示し、本日の決定会合において討議を行って決定した」と答えた。
今後については、「「量」・「質」・「金利」と3つの次元のオプションがあるので、引き続き必要になれば躊躇なくそういったものを活用する」と再三にわたって言及し、追加緩和の可能性を示唆。市場の期待を繋ぐことに注力した。
 
今回のマイナス金利導入という判断自体に対しては、概ね妥当と評価している。原油安で物価が低迷しインフレ期待が後退する中、さらに市場が事前にある程度追加緩和を織り込む中でゼロ回答となれば、現状よりも大幅な円高・株安反応が出ていただろう。緩和手段についても、量的緩和の規模拡大は継続可能期間の短期化に直結することで、かえって緩和の限界が意識される恐れが大きかっただけに、さらなる引き下げが可能な付利のマイナス化に進んだという点は理解できる。
ただし、歴史の浅いマイナス金利は効果とリスクに未知数な部分が多いため、影響を注視する必要がある。それ以前の問題として、異次元緩和の目標自体が高すぎ、日銀がリスクの高い方へと追い詰められていっている印象を受ける。また、総裁は「マイナス金利は検討していない」と発言していた件についても、君子豹変なのかもしれないが、市場との対話にはまたも大きな問題を残したと言えるだろう。市場参加者にとって、黒田総裁の発言を真に受けることのリスクが高いことを今回の事例は再確認させた。金融政策を巡る市場の観測は、今後不安定化しやすくなったと考えられる。日銀にとっても期待への働きかけが難しくなったと言えるだろう。
 

3.金融市場(1月)の動きと当面の予想

(10年国債利回り)
1月の動き 月初0.2%台後半からスタートし、月末は0.1%に。
月初から中国不安・原油安の再発を受けた安全資産需要で金利が低下、7日には0.2%台前半に。その後もリスク回避が収まらず、18日には0.2%を付ける。その後は高値警戒感からやや戻したものの、0.2%台前半での低迷が継続。月末には、日銀のマイナス金利導入決定を受けて金利が急低下し、過去最低を大きく更新、0.1%で終了した。
当面の予想
マイナス金利決定を受けて今月に入ってさらに金利低下が進み、足元は0.0%台前半で推移している。実際にマイナス金利が適用されるのは今月16日からであり、その影響を巡って、しばらく適正水準を探る不安定な動きが続きそうだ。市場のリスク回避姿勢は続きそうなこと、追加利上げ期待に伴う米金利上昇はしばらく見込めなさそうなこと、今後も日銀のマイナス金利拡大の可能性が意識されやすいことから、金利の上昇トレンドは見込めない。高値警戒感からの反動による多少の水準調整は起こり得るとしても、極めて低位での推移が続くだろう。
 
日米独長期金利の推移(直近1年間)、日本国債イールド・カーブの変化、日経平均株価の推移(直近1年間)、主要国株価の騰落率(1月)
(ドル円レート)
1月の動き 月初119円台半ばからスタートし、月末は121円に。
月初から投資家のリスク回避姿勢が強まり、リスク回避の円買いが発生、6日には118円台半ば、7日には118円へ。さらに12日には117円台後半を付ける。その後、中国不安や原油安の一服に伴ってドル円も一旦下げ止まったが、すぐに中国不安等が再発し、20日には117円に円高が進行。その後、ECBが3月の追加緩和を示唆したことでリスク回避が後退し、25日には118円台を回復。さらに月末には日銀がマイナス金利導入を決定したことで円が売られ、121円で着地した。
当面の予想
今月に入り、原油安に伴うリスク回避の円買いと、米経済指標悪化等に伴うドル売りから円高が進み、足元は116円台後半にある。日銀追加緩和に伴う円安が完全にリセットされた形に。リスク回避地合いはしばらく燻ると予想されるほか、米国の経済指標にも不振なものが目立ち、当面、ドル円の上値が重い展開が続きそうだ。目先の焦点は今夜の米雇用統計となる。堅調な結果となればドルがやや持ち直すと予想されるが、弱い結果が示されると116円台に突入も。また、強すぎる結果が出た場合も利上げ観測の高まりがかえってリスク回避姿勢を強め、円高反応が出る可能性がある点には要注意。その後は来週10日のイエレンFRB議長会見へと市場の注目が移る。
 
ドル円レートの推移(直近1年間)、ユーロドルレートの推移(直近1年間)
(ユーロドルレート)
1月の動き 月初1.09ドルからスタートし、月末は1.09ドル台前半に。
月初、ユーロ圏の物価指標が弱い結果となったことで5日にユーロが急落、1.07ドル台半ばへ。その後、リスク回避で低金利通貨であるユーロに買い戻しが入り、7日には1.08ドル台後半を回復。以降、1.08ドル台後半から1.09ドル台前半を中心とする一進一退の展開が継続。ECB理事会で3月の追加緩和が示唆されたことで、23日には1.08ドル台前半に下落したが、FOMCを前にユーロ売りを手仕舞う動きから、27日には1.08ドル台後半に戻る。以後はFOMCでの景気認識の下方修正を受けてややドルが売られ、月末は1.09ドル台前半で終了した。
当面の予想
今月に入り、リスク回避のユーロ買いと米経済指標悪化に伴うドル売りでユーロドルは上昇し、足元は1.11ドル台後半に上昇している。目先はドル円同様、本日の雇用統計が焦点となるが、基本的に今後ともリスク回避地合いが燻り、またドル高の勢いが限られるため、ユーロドルは当面高止まりが予想される。ただし、ECBは3月の追加緩和を示唆しているだけに、3月上旬が近づくにつれて市場でECBの緩和が今よりも意識されるようになり、ユーロが弱含む可能性が高い。
 
金利・為替予測表(2016年2月5日現在)
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経済研究部   上席エコノミスト

上野 剛志 (うえの つよし)

研究・専門分野
金融・為替、日本経済

経歴
  • ・ 1998年 日本生命保険相互会社入社
    ・ 2007年 日本経済研究センター派遣
    ・ 2008年 米シンクタンクThe Conference Board派遣
    ・ 2009年 ニッセイ基礎研究所

    ・ 順天堂大学・国際教養学部非常勤講師を兼務(2015~16年度)

(2016年02月05日「Weekly エコノミスト・レター」)

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