2015年12月28日

インドの生命保険市場(4)-インドのアポインテッド・アクチュアリー制度はどのような仕組みで運営されているのか-

中村 亮一

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3|報告書の作成

1.保険数理報告書と要約(Actuarial Report and Abstract:ARA)

保険法第13条(Actuarial Report and Abstract)により、生命保険事業を営む全ての保険会社は、少なくとも年1回は、アポインテッド・アクチュアリーによって、負債評価を含む財政状況の調査を受け、規則に従って、「保険数理報告書と要約(Actuarial Report and Abstract:ARA)」を作成させなければならない。

規則「IRDA(Actuarial Report and Abstract) Regulations, 2000 」に、そのフォーマットが規定されている。これによると、ARAは、以下の項目をカバーしなければならない。

添付資料のフォーマットは、リンク商品、ノン・リンク商品、医療保険商品及び会社全体の要約毎に異なっているが、それぞれには、以下を含まなければならない。

(1)新商品の簡単な説明、(2)海外事業の簡単な説明、(3)責任準備金評価方法、(4)責任準備金評価に使用されたパラメータ、(5)その他の調整項目

さらには、以下の項目等についての記載及び説明が求められている。

(1)剰余の分配、(2)利益の配分に採用された原則、(3)保険契約者ファンドに関する剰余の構成と分配に関する声明、(4)資産リターン、(5)負値準備金及び解約価格保証不足準備金、

なお、この報告書は、事業年度終了後遅くとも9ヶ月以内に、IRDAIに提出しなければならない。

なお、IRDAは、2011年3月の通達「Note for the use of Appointed Actuaries for the preparation of ARA」等において、ARAのフォーマットを変更しているため、上記の内容は必ずしも最新のものではないが、ここでは詳細には触れない。ただし、大きく変更された内容の1つとして、「シナリオと感応度テスト(Scenario and Sensitivity tests)」を行うことが求められることになった、ことが挙げられる。こうした内容については、次回のレターで報告する。

アポインテッド・アクチュアリーは、この報告書において、「法令やインド・アクチュアリー会の作成する実務基準やガイダンス・ノートを遵守していることを述べ、責任準備金が、契約に基づく保険会社の将来の給付と保険契約者の合理的な給付の期待を満たすのに十分なものである」こと等を述べた証明書を添付しなければならない。また、プリンシパル・オフィサー(CEO等)も、「会社の財務状況に関して行われる保険数理調査のために、完全で正確な詳細をアポインテッド・アクチュアリーに提供した」ことを述べた証明書を添付しなければならない。

2.アポインテッド・アクチュアリー年次報告書(Appointed Actuary's Annual Report:AAAR)

IRDAによる通達「 Appointed Actuary's Annual Report 」において、「アポインテッド・アクチュアリー年次報告書(Appointed Actuary's Annual Report:AAAR)」に関するフォーマットが規定されている。2002年の通達によれば、AAARは、以下の項目をカバーしなければならない、こととなっていた。

(1)保険会社の詳細、(2)アポインテッド・アクチュアリーの詳細、(3)アポインテッド・アクチュアリーの証明、(4)事業の簡単な概要、(5)事業取引、(6)契約異動と失効率の要約、(7)販売チャネル、(8)引受け基準と新契約の引受け分類による分析、(9)再保険、(10)事業費の分析、(11)投資、(12)準備金、(13)ソルベンシー・マージン、(14)新契約、(15)利益の分析、(16)剰余の分配、(17)保険契約者ファンドの蓄積、(18)アポインテッド・アクチュアリーによるコントロール、(19)アポインテッド・アクチュアリーが参加した会議、(20)経営層(CEO/取締役)との意見の相違、懸念事項
これは、事業年度終了後6ヶ月以内に、提出しなければならない。

IRDAは、2010年2月の通達「 Appointed Actuary's Annual Report-Life Insurance Business 」において、AAARのフォーマットを以下のように改正している。

第1章(エグゼクティブ・サマリー)、第2章(引受契約と販売チャネルの分析)、第3章(保険及び経済の経験分析)、第4章(剰余の分析と分配)、第5章(リスク管理)、第6章(現在の財務状況)、第7章(将来の財務状況-推定-)、第8章(結論)、さらに、AからFの付表
なお、提出期限も、事業年度終了後3ヶ月以内に、前倒しされた。

この通達に基いて、アポインテッド・アクチュアリーは、報告書において、「法令やインド・アクチュアリー会の作成する実務基準やガイダンス・ノートを遵守していることを述べ、(1)責任準備金が、正確なデータに基づき、正確に計算され、報告されていること、(2)責任準備金が、契約に基づく保険会社の将来の給付と保険契約者の合理的な給付の期待を満たすのに十分なものであること、(3)RSM(必要ソルベンシー・マージン)が正確に計算されていること」等を述べた証明書を添付しなければならない。

3.ARAやAAARの見直しの動き

基礎研レター「インドの生命保険市場(3)」でも述べたように、IRDAIが設定した委員会により、保険数理評価やその監督報告要件に関する事項の見直しが検討されているが、9月30日に公表された第1弾の報告書では、ARAやAAARにおける報告内容についての見直しも提案されている。

ARAについては、(1)商品分類や報告フォーマットの再分類・再編成による単純化、(2)新たな商品に関する詳細説明の追加、(3)アポインテッド・アクチュアリーの証明すべき事項の追加、(4)報告期限の事業年度終了後6ヶ月以内への前倒し、等の内容が含まれている。

一方で、AAARについては、単なる事実や数値を並べる報告書から、より専門的で定性的な調査等に基づく報告書に再構築するという観点から、(1)他で入手可能な情報やアクチュアリー業務以外に関係する情報を削除し、残りをARAの追加情報・添付資料に移行し、併せて、(2)経験分析、責任準備金評価の前提の正当化、剰余の分析、有配当委員会の報告、財務状況報告書に関する詳細、を含めることを提案している。

3―アクチュアリー会の実務基準等

アポインテッド・アクチュアリーが行う責任準備金やソルベンシー等の数理的業務に関しては、法令・規則等の規定に従って、インド・アクチュアリー会が、実務基準やガイダンス・ノートを作成している3

具体的には、例えば、以下のような実務基準やガイダンス・ノートを発行している。
 
1|実務基準(Actuarial Practice StandardAPS

これらは、基本的にはアポインテッド・アクチュアリーに対するものであるが、その適用は関係するアクチュアリーに対しても適用される。以下、主要な実務基準の概要を紹介する。

1.APS1(アポインテッド・アクチュアリーと生命保険事業) 

大きく、A(アポインテッド・アクチュアリー)、B(生命保険会社の役職員であるアクチュアリー)、C(独立アクチュアリー4)に区分され、このうちのA(アポインテッド・アクチュアリー)においては、1.法的枠組み、2.責任の性格、3.アポインテッド・アクチュアリーの地位に影響を与える考察、4.アポインテッド・アクチュアリーの責任の範囲、5.アポインテッド・アクチュアリーの職務、6.新契約や既契約の保険料率や契約条件、7.資本要件、8.保険数理調査、9.剰余の分配、10.インソルベント(支払不能)、11.書面による報告書、といった項目について規定している。

2.APS2(アポインテッド・アクチュアリーと生命保険に従事する他のアクチュアリーに対する追加ガイダンス)

規則「IRDA(Assets,Liabilities,and Solvency Margin of Insurers) Regulations, 2000 」で求められる調査を行う上で、アポインテッド・アクチュアリー等が注意すべき点について述べている。具体的には、責任準備金の評価やその際のパラメータの設定、リンク保険に対する追加要件、各種オプションや保証に対する追加準備金要件、ソルベンシー・マージンについて、規定している。

3.APS3(財務状況報告書:Financial Condition Report:FCR)

アポインテッド・アクチュアリーは、保険法第13条や規則「IRDA(Actuarial Report and Abstract) Regulations, 2000 」で規定されたフォーマット等に従って、保険会社の財務状況に関する報告書を作成する必要がある。この実務基準では、会社の現在及び将来のソルベンシーの状況について、より広範囲な報告書を作成することを勧告し、取締役会に提出する「財務状況報告書」のフォーマットや内容について提案している。

なお、23|3.で述べた委員会による報告書の提案によれば、財務状況報告書は、現在及び将来の状況、リスク管理とエコノミック・キャピタルの推定、資産負債管理(ALM)報告書等を含む、こととされている。

4.APS7(アポインテッド・アクチュアリーと生命保険負債における逆偏差へのマージン(MAD)決定のための原則)

生命保険負債における逆偏差へのマージン(MAD)決定において、全てのアポインテッド・アクチュアリーやピア・レビューを行うアクチュアリー等の間で統一的に適用されるべき考え方を規定している。

5.APS10(IPO(新規株式公開)の目的のための生命保険会社のEV(Embedded Value)決定)
 インドでは、IPO(新規株式公開)において、EV(Embedded Value)を公表することが求められている。この際に、「Reporting Actuary」と呼ばれる独立したアクチュアリーが、「Embedded Value Report」を作成し、「Reviewing Actuary」と呼ばれる別の独立したアクチュアリーが、このレポートのピア・レビューを行わなければならない。

このAPS10では、EVの算出において、これらのアクチュアリーが考慮しなければならない領域として、(1)アクチュアリーの任命に影響を与える考慮すべき事項、(2)評価方法、(3)評価の前提、(4)報告書と開示事項、(5)他のアドヴァイザーとの協業、(6)その他の考察すべき事項、の項目についてカバーしている。

なお、このAPS10は、欧州のCFO Forumが作成している「European Embedded Value(EEV) Principles」や「Market Consistent Embedded Value (MCEV) Principles」の概念や文言を使用し、それらを参照して作成されているが、このAPS10に基づいて算出されるEVについてはIndian Embedded Value(IEV)と称している。
 
3 以下のインド・アクチュアリー会に関する記述は、インド・アクチュアリー会(IAI)のWebサイトに基づいている。    http://www.actuariesindia.org/index.aspx
4 保険法第35条(3)(d)の規定によって、保険事業の合併や移転時に報告書を作成するアクチュアリー等
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中村 亮一

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