2015年12月25日

アジア新興国・地域の経済見通し~景気刺激策と輸出底打ちで緩やかな回復へ

経済研究部 准主任研究員 斉藤 誠

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(図表13)タイの実質GDP成長率(需要側) 2-4.タイ

タイは政治的混乱で14年1-3月期にマイナス成長した後、景気持ち直しが続いてきたものの、15年4-6月期以降は実質GDP成長率が前年同期比3%弱にとどまり、景気回復は頭打ちしたように見える。輸出は日本・中国の景気減速や欧州の一般特権関税制度の適用除外によって停滞し、民間投資は景気の先行き不透明感によって減少、さらには農産物価格低迷と干ばつ長期化による農民所得の減少を受けて個人消費が鈍化するなど、経済状況は良くない。しかし、公共投資の拡大や好調な観光業が景気を下支え役となり、リセッション入りは回避している。

10-12月期も財貨輸出と民間部門が低調で公共投資と観光業が景気を支える構図は大きく変わらないと見ている。しかし、年明けからの0.5%の利下げや8月の内閣改造後に政府が打ち出した農家・低所得者や中小企業向けの短期的な景気刺激策(総額3,420億バーツ)がプラスに働き、成長率は上向くだろう。なお、観光業は政情安定による反動増の一巡で景気の押上げ効果は小さくなると見込まれる。結果、15年の成長率は前年比2.8%増と14年の同0.9%増から上昇することになりそうだ。

16年以降は、政府の中長期開発計画の着手によって内需が再び回復軌道に入るものの、輸出の回復が鈍く、緩慢な景気回復が続くと見ている。まず短期的な景気対策は16年初めまでプラスに働くほか、政府による大型インフラ事業の着工によって中期的な公共投資の拡大が見込まれる。また政府は15年に開始した新たな投資奨励制度を11月に見直したことから4産業高度化に寄与する製造業の投資拡大が見込まれる。もっとも高水準の家計債務が個人消費の足枷となり、民政移管5後の経済政策の不透明感が残るために企業の投資意欲も十分には回復せず、内需の回復は緩やかなものとなりそうだ。輸出は世界経済の回復や産業政策の再稼働、チリとのFTA発効が追い風となるものの、中国向け・中東向け輸出が低迷することから底打ち後も伸び悩むだろう。

結果、16年の成長率は前年比3.2%増、17年が同3.4%増まで上昇すると予想する(図表13)。
 
4 昨年まではバンコクから近いほど恩典が小さくなる「ゾーン」制の投資奨励制度を設けていたが、15年からゾーン制を廃止し、重要度の大きい「業種」や競争力向上や地方振興など「メリット」による追加恩典が付与される制度に変更している。さらに政府は15年11月に、特定地域における特定の産業集積の形成に寄与する投資に対して手厚い恩典が付与される「クラスター」政策を発表した。このほか、「ゾーン」制の廃止とともにカンボジア、ラオス、ミャンマーとの国境付近に特別経済開発区(SEZ)を設置している。
5 今後の民生移管の流れとしては、16年8月に新憲法案に対する国民投票を実施し、17年6月に総選挙を実施する予定となっている。
(図表14)インドネシアの実質GDP成長率(需要側) 2-5.インドネシア

インドネシアの成長率は、11年の前年比6.2%増から緩やかな減速が続いており、15年は3四半期連続で前年同期比4.7%増で停滞している。成長率低下の主因としては、中国経済の減速による主力の資源輸出が低迷していること、ルピア安を背景とする高インフレ・高金利で消費・投資が伸び悩んでいることが挙げられる。

しかし、7-9月期からは遅れていた予算執行が改善して公共投資が景気を牽引している。また政府と中央銀行が9月から景気刺激策や通貨防衛策を相次いで打ち出しており、消費者マインドは9月を底に回復している。結果、10-12月期から景気回復に転じるだろう。しかし、15年の成長率は前年比4.7%と、過去3四半期の停滞が響いて14年の同5.0%増から低下することになりそうだ。

16年以降は、財政・金融政策を追い風に内需が拡大することから成長率は緩やかに上昇すると見ている。まず公共投資は引き続き景気の牽引役となりそうだ。16年度予算案においてもインフラ予算は増額(前年度比8%増)され、これまで実施が遅れていたプロジェクトの開始も見込まれる。また政府は今後も継続的に景気刺激策を打ち出すと見られるほか、中央銀行が金融緩和に踏み切ることも個人消費・民間投資の追い風となりそうだ。もっとも中央銀行は米国の利上げを背景とするルピア安の動きとにらみ合いながらの判断が求められることから大幅利下げは見込めないだろう。

資源価格は16年に底打ちすると予想され、関連産業の投資計画の先送りや従業員の雇用・所得環境の悪化などの景気の下押しには歯止めが掛かるだろうが、資源輸出の拡大までは見込みにくい。従って、外需は輸入拡大によって景気にマイナスに働く展開が見込まれる。

結果、成長率は16年が前年比5.2%増、17年は同5.4%まで上昇すると予想する(図表14)。
 
(図表15)フィリピンの実質GDP成長率(需要側) 2-6.フィリピン

フィリピンの15年7-9月期の実質GDP成長率は前年同期比6.0%増と、前期の同5.8%増から上昇した。堅調な個人消費と予算執行の改善による公共部門の拡大が景気全体を押上げている。しかし、内需拡大で輸入が増加する一方、輸出が伸び悩んでいるため、外需はマイナスに働いており、成長率の上昇は限定的である。

こうした状況は10-12月期も続くと見込まれ、15年の成長率は前年比5.7%増となり、13年の同7.1%増、14年の同6.1%増と比べて低めの水準にとどまることになりそうだ。

16年以降は、内需が堅調を維持し、輸出が回復に向かうことから成長率は上向くと見ている。まずGDPの7割を占める個人消費は、先行きの物価上昇で家計の実質所得が鈍化するだろうが、堅調な米国経済とペソ安を背景にBOP産業の好調が続き、海外出稼ぎ労働者の送金額も底堅く推移するだろう。また16年度予算は約3兆ペソ(前年比15.2%増)と、上昇幅が15年度予算と同水準となっている。計画通りに予算を執行できれば、公共投資は引き続き景気の牽引役となりそうだ。また大幅に拡充されたインフラ予算(前年比28.7%増)の執行や16年に始動する自動車産業振興策などでビジネス環境が改善するなか、民間投資も堅調な拡大を続けるだろう。輸出については16年から回復に向かい、外需による景気の下押しは縮小していくと見られる。

結果、成長率は16年が前年比6.1%、17年は同6.1%となり、周辺国に比して高めの成長が続くと予想する(図表15)。

なお、16年は5月に大統領選挙が予定されている。大統領選挙前には選挙関連支出が増加することから、成長率は消費が改善する年前半に6%台半ばまで上昇するものの、選挙効果が剥落する年後半に6%台前後まで低下すると予想する。
(図表16)インドの実質GDP成長率(需要側) 2-7.インド

15年7-9月期の実質GDP成長率は前年同期比7.4%と、4-6月期の7.0%増から上昇した。昨年後半から成長率は上下に振れているが、個人消費が堅調を維持しつつ、投資が3期連続で加速しており、内需中心の成長が続いている。

15年度後半についても、資源安の恩恵で拡充されたインフラ予算の執行によって公共投資が景気を押上げるだろう。また9月には中央銀行が政策金利を前倒しで0.5%引き下げ、15年の利下げ幅は1.25%となっている。金融緩和は企業の設備投資意欲を刺激し、自動車など耐久消費財の消費が拡大することから、民間部門は堅調を維持するだろう。結果、15年度の成長率は前年度比7.4%増と、14年度の同7.3%から僅かに上昇することとなりそうだ。

16年度以降も内需が堅調に拡大して輸出が上向くなかで、景気は回復基調が続くと見ている。今後、インフレ率が中央銀行の目標範囲内で収まるなかで消費者マインドが改善するほか、小幅ながら追加の金融緩和も見込まれる。また商業銀行の不良債権問題に対する取り組みや貸出基準金利の算出方法の見直しなどが貸出金利の低下を促すことから、これまでの金融緩和の効果が波及しやすくなり、個人消費・民間投資が堅調を維持するだろう。また16年のモンスーンで3年ぶりに例年並みの雨量が確保できれば農村部の所得が増加し、2年分のペントアップデマンドが見込まれる。一方、政府部門は財政健全化に向けて取組む(財政収支目標は17年度にGDP比3%の赤字)ために景気の牽引力は弱まるだろう。この点は、資源安の恩恵で燃料補助金を削減できた15年度とは状況は異なると言える。輸出は底打ちするものの、中東向け輸出の低迷や輸入拡大によって外需の押上げ効果は期待できないだろう。

結果、成長率は16年度が前年度比7.6%増、17年は同7.7%と、小幅に上昇すると予想する(図表16)。

成長率が大幅加速するには、ビジネス環境の改善に向けた構造改革が必須であるが、重要3法案(物品サービス税を導入する税制改革法案、厳格な解雇規制を緩和する労働関連法案、企業の土地取得を容易にする土地収用法案)は野党勢力が牛耳る上院や労働組合の抵抗にあい先送りされている。こうした改革の遅れと新興国からの資金流出の動きが加わり、足元では対内直接投資が伸び悩んでいる。改革なくして海外から投資を呼び込むことはできず、成長率を8%台まで上昇させることは難しいと思われる。
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経済研究部   准主任研究員

斉藤 誠 (さいとう まこと)

研究・専門分野
東南アジア経済、インド経済

経歴
  • 【職歴】
     2008年 日本生命保険相互会社入社
     2012年 ニッセイ基礎研究所へ
     2014年 アジア新興国の経済調査を担当
     2018年8月より現職

(2015年12月25日「Weekly エコノミスト・レター」)

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【アジア新興国・地域の経済見通し~景気刺激策と輸出底打ちで緩やかな回復へ】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

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