2015年12月25日

人材育成における3つのジレンマ-「優先順位」「配分」「同質性」にどう向き合うか

松浦 民恵

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(2)同質性のジレンマへの対応~「同質性堅持」からの脱却に向けて

過度に同質性の高い集団形成を避けるためには、まずは新卒一括採用の段階で、幹部候補となり得る多様な人材を採用し、危機意識や競争への耐性を持たせながら育成していく必要がある。集団のなかでの危機意識や競争への耐性を向上させるためには、幹部候補のなかで多様な人材をマイノリティにしないことが重要である。また、幹部候補やその上司が多様な人材をうまくマネジメントできるようになるための成長機会を、OJT、Off-JTの双方の面から提供することも必要不可欠であろう。

多様な人材によって構成される幹部候補も、同じ企業で長期に雇用されることによって同質化していく懸念はある。また、幹部候補に求められる能力の変化が大きい場合には、内部育成だけでは対処が難しくなる場合もあろう。こうした問題に対処するために、途中で外部から新しい人材を幹部候補やその上司として迎え入れることが必要なケースも出てくるだろう。

幹部候補は、採用、育成、異動・配置、昇格・降格、任用・登用といった一連の人材マネジメントを通じて選抜・育成される。日本の大企業の人事部は、このような人材マネジメントに大きな権限を持っている。図表8で人事部と現場の権限関係をみると、「完全に人事部が決定する」「人事部の意向がより重視される」をあわせた「人事重視計」は、「新卒採用者の募集・採用」(70.4%)、「能力開発計画(Off-JT)」(53.1%)、「昇格・降格の基準・条件の決定」(86.7%)、「任用・登用の基準・条件の決定」(76.5%)が特に高く、過半数を占めている。「中途採用者の募集・採用」(32.7%)、「部門をまたぐ異動や配置」(35.7%)、「個別人材の昇格・降格の決定」(30.6%)、「任用・登用の決定」(34.7%)についても、「人事重視計」が3割以上にのぼる。
 
図表8:現場と人事部の権限関係
日本の大企業の人事部は、このような権限を持っているがゆえに、集権的な「社内統制型」の「強い人事」であるといわれてきた。このような人事部による、同質性の高い集団統制においては、「前例」と「調整」が重視されてきたとも指摘されている6。それゆえに、人事部には、多数派である同質性の高い集団のなかでも、特にこれまでの経緯や社内の事情に配慮ができる手堅い人材が配属されるようになる。人事部に配属される人材の選出にも人事部の意向が反映されるため、人事部は伝統的にこうした手堅い人材によって構成される部門となる傾向がある。業界によっては、人事部の権限が現場に大きく委譲されつつあるが、そういう企業でも、同質性の高い集団からの登用が多数を占める管理職が、幹部候補の絞り込みに関与することになる。

つまり、生え抜きの幹部候補は、人事部が採用し、人事部や管理職が昇格・降格や任用・登用に肯定的な評価をした人材に絞られていく。逆に、同質性の高い集団のなかでも多数派と考えや行動を異にする個性的な人材や、同質性の高い集団とは異なる集団に属する多様な人材は、多数派の支持を得られないとみなされがちであることから、選抜プロセスのなかで淘汰されていく可能性が高い。だとすると、人事部や管理職が、同質性の高い集団形成に協力し、むしろ結果として幹部候補の同質性を高めている懸念がある。

ここまで考えると、「同質性堅持」から脱却するためには、まずは人事部こそが、多様かつ柔軟にならなければならないという結論に帰着する。人事部は「同質性堅持」の事態に陥っている現状を認識し、人事部のなかでも特に採用、育成、異動・配置、昇格・降格、任用・登用に関与するセクションに、多様な人材を配置すべきである7。新卒一括採用や幹部候補の選抜等において、男性の正社員のなかでも個性的な人材、それ以外のカテゴリーの多様な人材を意識的に混在させられるよう、タイプ別に人数枠を設けることも有益だろう。一方、人事部と管理職が同質性の凝縮に協力し続ける限り、同質性の高い人材、多様な人材のいずれについても、効果的な幹部育成が阻害される懸念が大きい。
 
6 日本型人事の特徴について、詳しくは松浦・泉田(2015)を参照されたい。
7 日本人材マネジメント協会(JSHRM)「人事の役割」リサーチプロジェクトと産労総合研究所が共同で実施した調査(2014年 人事のあり方に関する調査)で、従業員数1000人以上の企業における人事部の人員構成(筆者がローデータを個別に集計した結果)をみると、女性のスタッフは「3割以上5割未満」(44.2%)が最も多いものの、外国籍スタッフ、中途採用スタッフ、海外駐在経験のあるスタッフはいずれも「いない」(各76.7%、30.2%、48.8%)が最も大きな割合を占めている。この調査の対象は、産労総合研究所が会員企業から任意に抽出した3000件およびJSHRM会員320件。有効回答は193件で、うち従業員数1000人以上は43件である。

3――まとめ~3つのジレンマからの脱却に向けて

本稿では、人材育成における課題を、「優先順位」「配分」「同質性」という3つのジレンマとして整理し、対応の方向について考えてきた。

このうち、「優先順位のジレンマ」と「同質性のジレンマ」については、進むべき方向はある程度見えている(「優先順位のジレンマ」は人材育成優先へ、「同質性のジレンマ」は人材の多様化へ)ものの、実行するのが難しいという段階にあると考えられる。

人材育成の重要性を理解しているものの、業績の維持・向上、企業全体にかかわるリスクや目の前のトラブルへの対処、といった「当面の課題」を優先せざるを得ないという「優先順位のジレンマ」に対しては、(1)育成の効果の「見える化」、(2)上司の評価基準における業績と育成のバランスを見直し、(3)業務改革や要員(定年後継続雇用の元管理職等)の補強によるコンプライアンス等のリスクマネジメント業務の負担軽減、が必要となる。

「同質性のジレンマ」においては、多様な人材の育成・活用が求められていることがわかっていながら、既に多数派である同質性の高い集団のなかに埋没させてしまい、結果として多様な人材も、多様な人材をマネジメントできる上司もうまく育てられない。この「同質性のジレンマ」に対しては、幹部候補のなかで多様な人材をマイノリティにせず、集団のなかで危機意識や競争への耐性を持たせながら幹部育成を図ることが重要となる。また、幹部候補の選抜・育成プロセスに大きく関わる人事部や管理職が、無意識に幹部候補の同質性を高めてしまわないように、(1)人事部や管理職に多様な人材を混在させる、(2)新卒一括採用や幹部候補の選抜等において多様な人材の人数枠を設ける、等の取組が求められる。

一方、「配分のジレンマ」は、早期選抜が育成資源の効果的配分につながるとわかっていながら、選抜されなかった者のモチベーションの低下、選抜者の流出(転職等)といったリスクを懸念するあまり、全体に広く薄く育成資源を配分するというジレンマである。この「配分のジレンマ」については、どちらの方向に進むべきか、筆者自身も迷うところがあり、企業においてもより難しい決断を迫られると推測される。大卒の増加にともなって膨らんだ幹部候補の、ある程度の絞り込みは必要だが、(1)新卒一括採用をメインとしている、(2)労働移動が制約的である、という日本の特徴を踏まえると、外資系のグローバル企業よりは若干緩やかな、幹部候補の選抜プロセスを模索する必要があるだろう。選抜をある程度緩やかにしておくことによって、第1段階では選抜されなかった社員が、その後の努力によって次の選抜で逆転登用される可能性も高まる。

人材育成が重要であることは自明であるが、人材育成の課題をいざ解決しようとすると、どちらの方向に進んでも何らかの不都合が生じるという悩ましいジレンマが立ちふさがっている。しかしながらだからといって、いつまでもジレンマに陥っているわけにもいかない。各企業のなかで、さらには企業の枠組みを超えて、議論を尽くし、試行錯誤し、「最適解」にたどり着くしかない。こうした議論や試行錯誤に向けて、本稿が少しでも参考になれば幸いである。
 
 
【参考文献】
 
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(2015年12月25日「基礎研レポート」)

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