2015年12月24日

“個を活かす”人口減少時代-多様な人材確保に向けた「介護離職ゼロ」社会

土堤内 昭雄

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2―介護離職の状況

1|大介護時代の到来

団塊世代が65歳に到達し高齢化率はますます高まっている。10年後の2025年にこれらの人たちが75歳以上の後期高齢者の仲間入りをすると、日本はまさに“大介護時代”を迎える。平成27年4月現在、公的介護保険の65歳以上被保険者は約3,300万人、そのうち要介護・要支援認定者は約608万人、うち男性が188万人で女性が420万人だ。高齢者全体の要介護割合は18.4%、75歳以上の後期高齢者では32.6%だ。長男長女時代となった今日、夫婦の4人の老親が75歳以上であれば、子ども世代にとっては少なくとも親のひとりは介護が必要な状況なのである。少子化時代は家族介護の負担が大きくなる時代でもあり、介護離職をせざるを得ない人も増えているのである。
 
2|主たる介護者

厚生労働省「平成25年国民生活基礎調査の概況」によると、要介護者の3人に2人は主に同居家族に介護されている。近年では同居する主な介護者のうち「子の配偶者」(主に要介護者の息子の妻)が大幅に減少しているが、それは専業主婦世帯が減り、40~50歳代の働く女性が増えているからだ。仕事を持つ妻は夫の親の介護まで手が回らず、多くの中高年男性が親や配偶者の介護に直面し始めている。

一方、近年では公的介護保険の介護サービス事業者による介護が増え、同居家族による介護が減少している。また、「一人暮らし」高齢者が増えた結果、別居家族による介護も増加し、2020年には高齢者世帯の4割近くが「一人暮らし」になるため、ますますその傾向が強まると思われる。

同居または別居する家族の主な介護者の多くは女性だが、近年では男性比率が上昇している。これは男性の生涯未婚率が2割を超え、老親を抱えた無配偶男性が増えているためと思われる。年齢別では男女ともに50~60歳代が全体の5~6割を占め、仕事を持っている中高年介護者が多くなっている。
 
図表6 性別・就業状態別介護者 3|就業と介護離職

総務省「平成24年就業構造基本調査」(平成25年7月12日)によると、15歳以上人口で介護をしている人は557万人、うち男性が200万人で36.0%、女性が357万人で64.0%だ。そのうち有業者は291万人で52.2%を占め、男性は131万人(男性介護者の65.3%)、女性は160万人(女性介護者の44.9%)となっている。

また、過去5年間(平成19年10月~24年9月)に介護・看護のために離職した人は、48.7万人で、女性が8割を占めている。1年毎にみると、平成19年8.9万人、平成20年8.2万人、平成21年9.9万人、平成22年8.4万人、平成23年10.1万人となっている。平成23年の離職者10.1万人のうち、男性は2.0万人、女性は8.1万人で、現在の就業状態が無業である者は男性1.6万人、女性6.7万人で、合計すると8.3万人となり、いったん離職すると8割以上の人が無業状態になっている。

3―「介護離職ゼロ」社会に向けて

1|政策の対応

一億総活躍国民会議が公表した緊急対策には、介護サービス基盤の確保として介護施設、在宅サービスおよびサービス付き高齢者向け住宅の整備量を50万人分以上に拡大すると書かれている。現在、高齢者介護は地域包括ケアが推進されているが、日本の場合、高齢化があまりに急速であるために施設サービスと在宅サービスを同時に拡大する必要性に迫られているのだ。また、介護人材サービスの育成・確保と生産性の向上を挙げているように、労働集約型の産業である介護業界では介護サービス人材の確保が大きな課題だ。

さらに、要介護者を減らすために健康寿命の延伸や社会参加を望む高齢者の多様な就業機会の確保、経済的自立に向けた支援を図るとしている。日本人の平均寿命は長くなる一方、健康で過ごせる期間である健康寿命との差である介護等が必要な期間はむしろ拡大している。介護離職を減らすためには、健康寿命を延ばして要介護者を減らすことや要介護期間を短縮すること、たとえ介護が必要になっても介護度を低いレベルに維持することが極めて重要だ。
 
2|企業の対応

これまでワークライフバランスは少子化対策として「仕事と子育ての両立」が重要な視点だったが、今後、高齢化が一段と進むと「仕事と介護の両立」が不可欠になる。育児離職の場合は、主に若い女性従業員が対象となるが、介護離職の場合は中高年の管理職が多く含まれる。介護離職防止の実現は、中高年男性も含めた世代を超えた喫緊の課題であり、企業は新たな対応を迫られることになるだろう。

企業の介護離職防止に向けては、まず、従業員の介護実態の把握が必要だ。そして、公的介護保険制度をはじめ介護情報を従業員に周知することや介護休業の分割取得等の企業福祉制度の整備および柔軟な働き方を実現する就業環境の整備、組織づくり、人事マネジメントの向上などが求められる。

人口減少時代の企業経営にとって介護離職防止への取り組みは、大災害やテロ、感染症などの緊急事態に遭遇した企業が事業継続のために策定する事業継続計画(BCP:Business Continuity Plan)の一環として捉えるべきではないだろうか。
 
3|個人の対応

介護の発生時期は予測がつかない。一人ひとりが常に介護に備えるため自らのワークライフバランスを考えねばならない。要介護度が4や5になると介護時間が終日となる割合が過半数を超え、介護離職のリスクが一気に高まるので要介護者の介護レベルを要支援や要介護1か2程度でとどめることが重要だ。そのためには、普段から外出、運動、会話の頻度を高めるなど介護予防に努めるとともに、介護が必要になった場合、介護保険サービス等がすぐに利用できるように事前準備をしておくことが不可欠だ。介護の空白期間が生じると介護度が急速に進むからだ。

また、介護は子育てと違い、将来の状況が見えづらい。介護者が介護で疲弊しないように介護保険サービスや介護者の休息のためのレスパイトケアを上手に活用し、相談相手をつくるなど介護を一人で抱え込まないことも重要だ。厚生労働省が公表している『仕事と介護の両立モデル~介護離職を防ぐために』(平成26年3月発行)などを参考に、介護に関するノウハウを身につけておくと安心だ。

おわりに~人口減少時代の多様な働き方と生産性

これまで企業活動は、性別役割分業を前提に時間制約の少ない男性社員を中心に展開されてきた。家事や育児、介護などは専業主婦の妻に任せ、夫は体力が続く限り働けた。以前『24時間戦えますか』という栄養ドリンク剤のコマーシャルもあったが、「24時間働ける人」だけが社員として一人前とされ、時間制約のある働き方しかできない人は同じ労働市場には入れなかったのだ。

仕事と子育ての両立が困難で、結婚や出産を機に離職する女性は多い。妊娠を理由に病院管理職を解任・異動させたことが、男女雇用機会均等法が禁じる「妊娠・出産を理由とした職場での不当な扱い」に当たるとする「マタハラ」訴訟判決も出ている。また、近年では老々介護が増加し、老親や配偶者の介護のために出張や残業が制約され、最終的に離職に追い込まれる中高年管理職もいる。組織の中枢を占める管理職が離職する影響は企業にとって深刻だが、仕事と介護などの両立が困難な管理職に対して、不当な降格や配置転換を行うなどの「ケアハラ」も起こっている。

また、がんと診断される人は年間約100万人にも上り、これまでは治療に専念するために離職する人が多かった。しかし、近年ではがん患者が診断から5年後に生存している割合(5年相対生存率)がほぼ6割に達し、厚生労働省の試算(2008年)ではがん治療をしながら就業を続ける人は32万5千人に上る。その中には、治療や体調不良のために就労時間に制約が生じ、それを理由に不当な扱いを受ける人もいるという。

このように今日企業で働く人の中には、女性の妊娠・出産や子育てをはじめ、親や配偶者の介護、本人自身や家族の病気療養など、「自他のケア」のために時間制約を抱えて働く人が増えている。政府の成長戦略として「女性の活躍」が推進されているが、企業が人口減少時代に人材を確保するためには、男女を問わず育児・介護・療養など「自他のケア」をしながら一定の制約の中で働く人の活躍が不可欠なのである。

日本が直面している人口減少問題には、労働力の数だけではなく、労働力の生産性というもう1つの重要な側面がある。一億総活躍国民会議の緊急対策には、『子育てや介護と仕事が両立しやすくなることなどにより、様々な人材が参加することで、社会に多様性が生まれる。それが労働参加率の向上だけでなく、イノベーションを通じて生産性の向上を促し、経済の好循環を強化する』とある。即ち、社会保障という安全ネットが整備された社会では、国民が安心して働くことができるが故に生産性の高い社会が構築されるというのだ。

これまで私は、人口減少社会への対応として、人口を増やす努力だけでなく人々の能力を十分発揮できる社会づくりの必要性を主張してきた。サーカスの綱渡りに例えるなら、安全ネットがない場合、演技者は転落リスクを考えて8割程度の能力しか発揮できないかもしれないが、安全ネットがあれば、全ての能力を、あるいはそれ以上の能力を発揮するかもしれないのだ。

社会保障という安全ネットの整備によって国民の就業率と生産性が1割上昇すれば、たとえ人口が1割減少してもGDPは維持され、一人当たりGDPは増加する。「介護離職ゼロ」が目指す社会とは、国民が将来への不安を感じないような生活保障に支えられた、誰もが存分に自らの能力を発揮できる“個を活かす”社会に他ならない。今後、国には人口減少時代の多様な働き方が可能となる労働環境の整備と国民の多様性を育む新たな教育政策の実現が求められ、企業には従業員が様々な制約の中でも働きやすい組織・体制づくりと人材マネジメントが必要になるだろう。
 
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土堤内 昭雄

研究・専門分野

(2015年12月24日「基礎研レポート」)

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