2015年12月25日

日本経済再生の鍵-女性、高齢者の労働参加拡大と賃金上昇が必須の条件

経済研究部 経済調査部長 斎藤 太郎

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図表5 潜在成長率の寄与度文化 2潜在成長率への影響

潜在GDPは中長期的には労働、資本の投入量、技術進歩率によって決まるため、労働力人口の動向は先行きの潜在成長率を大きく左右する。日本の潜在成長率は1990年代初め頃から急速に低下しているが、その大きな原因は労働投入による寄与が一貫してマイナスとなっていることである。

中期経済見通しでは、先行きも労働投入量の減少は続くものの、女性、高齢者の労働力率上昇によってマイナス幅の急拡大が回避されること、資本投入によるプラス幅が拡大すること、技術進歩率が現在の0%台前半から0%台後半まで高まることを前提として、潜在成長率は足もとの0.5%程度から1%程度まで高まると想定している(図表5)。
 
図表6 女性、高齢者の労働参加拡大による影響 ここで、現状維持ケースと女性、高齢者の労働参加拡大ケースの潜在成長率への影響を試算すると、労働投入量の差により年平均で0.3%ポイントの差が生じる。女性、高齢者の労働参加が進まない現状維持ケースでは2025年の潜在成長率は0.7%程度にとどまる。また、一人当たりGDPでみると、女性、高齢者の労働参加拡大ケースでは足もとの0.6%から2025年には1.6%まで伸びが高まるが、現状維持ケースでは1.4%にとどまる。この結果、2025年の潜在GDPの水準は17兆円、一人当たりGDPでは14万円の差が生じることになる(図表6)。

なお、当研究所の中期経済見通しでは政府目標の名目GDP600兆円の達成は2025年と予想しているが、現状維持ケースでは2027年までずれこむことになる。
 

3――需要面からみた影響

1需要不足が慢性化

このように、女性、高齢者の労働参加拡大によって供給力の低下に歯止めをかけることは可能と考えられるが、その一方で潜在成長率の上昇に実際の需要が追いつくのかという問題がある。

日本経済はバブル崩壊後、長期にわたり低迷が続いてきたが、その一因には需要不足の問題がある。実質雇用者報酬は1990年代半ばまでは増加を続けてきたが、その後はほとんど伸びておらず、このことが個人消費、実質GDPの低迷につながっている(図表7)。この結果、GDPギャップはバブル崩壊以降、ほぼ一貫してマイナスとなっており、日本経済は慢性的に需要不足の状態に陥っている(図表8)。日本経済再生の鍵は供給力の向上とともに、家計の所得増加を通じた個人消費の拡大を実現することにより、潜在成長率の上昇と需要不足の解消を両立させることである。
図表7 雇用者報酬と家計消費の関係/図表8 潜在成長率とGDPギャップの推移
2非正規雇用比率はさらに上昇へ

女性、高齢者の労働参加が進んだ場合、これまで以上に雇用の非正規化が進む可能性が高い。非正規比率は1985年の15.3%から2014年には37.4%まで上昇しているが、男女別、年齢別に見ると、女性、高齢者の非正規比率が高い(図表9)。したがって、女性、高齢者の労働参加が進んだ場合には、非正規雇用比率がより高まることになる。

ここで、年齢階級別の非正規雇用比率が過去5年間と同じペースで上昇した場合、全体の労働力率がどの程度上昇するのかを試算すると、年齢階級毎の非正規化の進展に非正規雇用比率の高い女性、高齢者の構成比が高まる影響が加わり、非正規雇用比率の上昇ペースが加速し、2014年の37.4%から2025年には44.4%になるという結果となった。男女別には、男性は2014年の21.8%から2025年には28.8%へ、女性は2014年の56.7%から2025年には62.8%まで上昇する(図表10)。男性の非正規雇用比率の上昇幅が大きいのは非正規雇用比率の高い高齢者がより長く働く想定を置いているためである。
図表9 年齢階級別非正規雇用比率(2014年)/図表10 上昇する非正規雇用比率
図表11 非正社員の雇用理由 これまで非正規化が進んできた背景には、企業側、労働者側それぞれの要因がある。

厚生労働省の「就業形態の多様化に関する総合実態調査」によれば、非正社員を雇用している理由として最も多いのは「賃金の節約のため」(38.6%)で、それに続くのが、「1日、週の中の仕事の繁閑に対応するため(32.9%)」、「即戦力・能力のある人材を確保するため(30.7%)」、「専門的業務に対応するため(28.4%)」となっている(図表11)。この調査からは、企業が非正規雇用を増やしているのは、(1)人件費の削減、(2)専門人材、即戦力の確保、が主な理由となっていることが分かる。
図表12 非正社員が現在の就業形態を選択した理由 一方、労働者側の要因としては、ライフスタイルや就業に対する価値観が多様化し、非正規の雇用形態を希望する労働者が増えていることが挙げられる。非正社員を選んだ理由としては、「正社員として働ける会社がなかったから(18.1%)」とやむをえず非正社員として働いている人もいるが、それは多数派ではない。最も多い理由は「自分の都合のよい時間に働けるから(37.9%)」で、それに続くのが「家計の補助、学費等を得たいから(30.6%)」、「家庭の事情(家事・育児・介護等)と両立しやすいから(25.4%)」となっており、自発的に非正規雇用を選択したことを窺わせる回答も多い(図表12)。
また、現在の就業形態を続けたいとする非正社員は男性で58.9%、女性で75.5%となっており、特に高齢層でその割合が高い(図表13)。さらに、就業希望の非労働力人口のうち、非正規の就業を希望する人の割合は多くの年齢層で実際の非正規雇用比率よりも高くなっている(図表14)。
 
図表13 現在の就業形態を続けたい正社員以外の労働者(割合)/図表14 女性、高齢者を中心に非正規で働きたい人は多い
ここにきて企業の採用意欲の高まりから若年層を中心に正社員が増加する動きもみられるが、企業側、労働者側双方の要因から中長期的に非正規化が進むことは避けられないだろう。
 
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経済研究部   経済調査部長

斎藤 太郎 (さいとう たろう)

研究・専門分野
日本経済、雇用

経歴
  • ・ 1992年:日本生命保険相互会社
    ・ 1996年:ニッセイ基礎研究所へ
    ・ 2019年8月より現職

    ・ 2010年 拓殖大学非常勤講師(日本経済論)
    ・ 2012年~ 神奈川大学非常勤講師(日本経済論)
    ・ 2018年~ 統計委員会専門委員

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