2015年12月04日

日韓比較(11):医療保険制度-その4 医薬分業―患者がより利用しやすい仕組みになることを願う―

生活研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 金 明中

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1――はじめに

医薬分業とは医院や病院などの医療機関が自院で薬を出さないで患者に処方箋を出し、患者はその処方箋を保険薬局へ持って行って、処方箋と引き替えに医師の処方した保険薬を購入する仕組みである。医薬分業を実施しようとする目的は、患者の診断と治療は医師が行い、医師の処方箋に基づく調剤と薬歴管理・服薬指導は薬剤師が行うことによって、医師と薬剤師がそれぞれの専門分野で職能を発揮することと業務を分担・協調することによって、医療の質的向上を図ろうとすることである。すなわち、病院や診療所は診療に専念し、調剤は薬局に任せる方法であり、日本では任意的な医薬分業が、韓国では強制的な医薬分業が実施されている。なぜ両国は異なる方法で医薬分業を実施することになったのだろうか。本稿では日本と韓国における医薬分業の歴史や現状について比較を行う。

2――日本における医薬分業

日本における医薬分業は近代的な医療制度の基本原則の一つとして、薬剤師を中心に早くから実施しようとした動きがあったものの、医療費に占める薬剤費の割合が極めて高く、調剤による収入が医師の所得に大きな影響を与えていたので、常に医師会の反対によって実現できなかった。

医薬分業が初めて公式的に示唆されたのは、アメリカの薬剤師協会使節団の影響を受けて、1950年7月厚生省に設置された臨時医療報酬調査会の答申からであり、その内容は「物と技術が不可分の形をとっている診療報酬を物と技術の報酬に区分して考えるべきである」であった1。それ以降1951年の医師法、歯科医師法および薬事法を改正し、医師の処方箋発行の義務化、薬剤師の処方箋による調剤などを明示したものの、医師会はこれに反発し処方箋を発行しなかった。医師会が医薬分業に反対した最も大きな理由は(1)薬局の調剤環境が十分整備されていないことと(2)技術料に対する評価が十分に行われていないことであった。医師会は施行前年である1954年に東京神田の共立講堂で全国医師大会を開催、強制的な医薬分業に絶対に反対するという決議案を採択した後、デモ行進を行った。一方、薬剤師会もその四日後に、同じ場所で全国薬剤師総決起大会を開き、医薬分業の完全実施を決議し厚生省へのデモ行進を行い、両者の対立は極まることになった。結局、1955年から実施される予定であった医薬分業は医師会の猛烈な反対等により法律を施行前に再度改正し、1956年4月から強制分業の代わりに任意分業の形で実施されることになった。しかしながら、それ以降医薬分業率2は継続して上昇しており、1986年に9.7%であった医薬分業率は2014年には68.7%まで上昇した(図1)。
図1日本における医薬分業率の動向
なぜ強制分業ではない任意分業なのに医薬分業率が上昇しているのだろうか。その理由としては、政府が処方料よりも処方箋料を高く設定したことと、薬価を継続的に引き下げて医療機関の利益となる薬価差額が減ったことが挙げられる。従来の病院では、院内に調剤部門を設置しており、患者が医師の処方箋をそこへ持参すると、院内で薬を購入できる仕組みが多かった。このように院内の薬局で薬を処方する場合には、医療機関は診療費に加えて処方料という収入を得ることができた。また、院内調剤部門に使用する薬を製薬会社から直接購入するときの価格は薬の公定価格である「薬価基準」よりも安いため、この過程で発生する薬価差益が、医療機関においてはもう一つの主な所得源になった。したがって、医療機関としては処方箋を院外より院内の調剤部門に出せば出すほど、また薬価差額が大きい薬を使えば使うほど利益が増加したので、院外に調剤部門を出さずに院内で診察から調剤まで一貫して済まそうとしたのである。さらに、大量に薬を購入するか、あるいは新薬を購入した場合には製薬会社からリベート等が提供されることもあり、それは医療機関にとって貴重な副収入源になった。しかしながら、政府による「薬価基準」の引き下げ政策により薬価差額は徐々に低下し院内調剤によるメリットが大きく縮小した。図2は1967年から2012年までの薬価の改正率をみたものであり、長期間にわたって薬価基準が引き下げられていたことがわかる。
 
図2薬価基準の引き下げ率の動向
また、院内の調剤部門で薬を処方する場合の「処方料」よりも院外処方である「処方箋料」の点数を高く設定した政策も、分業率を引き上げる一因となった3。1974年の改正で一挙に50点に引き上げられた処方箋料の点数は1998年には81点まで上がったものの、その後の改正によって2006年には68点(後発医薬品を含む場合は70点)まで引き下げられた。また、1990年までは基本診療に含まれており算定できなかった処方料は1992年には24点の点数が付けられ、2000年以降は42点の点数が維持されている(表1)。
表1  処方箋料と処方料の点数改正現況
 
1 吉原健二・和田 勝(2008)『日本医療保険制度史』東洋経済新聞社、240~241頁から引用。
2 医薬分業率(%)=薬局への処方せん枚数/外来処方件数(全体)×100
3 患者が病院内の薬局で薬を受け取る場合(院内処方)は「処方料」が、病院外の薬局で薬を受け取る場合(院外処方)は「処方箋料」がかかる。
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生活研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

金 明中 (きむ みょんじゅん)

研究・専門分野
労働経済学、社会保障論、日・韓における社会政策や経済の比較分析

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
    独立行政法人労働政策研究・研修機構アシスタント・フェロー、日本経済研究センター研究員を経て、2008年9月ニッセイ基礎研究所へ、2023年7月から現職

    ・2011年~ 日本女子大学非常勤講師
    ・2015年~  日本女子大学現代女性キャリア研究所特任研究員
    ・2021年~ 横浜市立大学非常勤講師
    ・2021年~ 専修大学非常勤講師
    ・2021年~ 日本大学非常勤講師
    ・2019年  労働政策研究会議準備委員会準備委員
           東アジア経済経営学会理事
    ・2022年~ 亜細亜大学都市創造学部特任准教授
    ・2021年  第36回韓日経済経営国際学術大会準備委員会準備委員

    【加入団体等】
    ・日本経済学会
    ・日本労務学会
    ・社会政策学会
    ・日本労使関係研究協会
    ・東アジア経済経営学会
    ・現代韓国朝鮮学会
    ・韓国人事管理学会
    ・博士(慶應義塾大学、商学)

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