2015年12月08日

欧米生保市場定点観測(毎月第二火曜日発行)DC年金自動制度と加入者動向-DC年金の加入者は、「慣性の法則」に支配されていないか?

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也

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3デフォルト商品での運用の継続状況

最後に、自動加入制度と任意加入制度の加入者について、運用商品の継続状況を比較した結果を見てみよう。デフォルト商品での運用を、3年後にも継続している割合を見ると、自動加入制度の加入者は約8割、任意加入制度の加入者は約3割が、デフォルト商品のままであった。自動加入制度では、任意加入制度よりも圧倒的に大きい割合でデフォルト商品の運用が見直されない、との結果になった。
 
図表4. デフォルト商品での運用の継続状況 (3年後) の比較
4DC年金における「慣性の法則」支配の可能性

これまで見たとおり、自動制度を用いると、加入割合が高まることが判明した。また、掛金設定や運用商品は、加入時に初期設定されたものが継続される傾向があることも浮き彫りとなった。
この現象は、物理学で、運動の法則の1つとして知られる「慣性の法則」と通じるところがある。
慣性の法則
DC年金加入者を物理学の物体に見立てると、何らかの力が働かない限り、自動加入した人はそのまま加入し続ける。また、加入時に自動掛金引上げを設定された人は、そのスキームで引き上げられた掛金を支払い続ける。更に、加入時にデフォルト商品で運用を始めた人は、その資産運用を継続する。

慣性の法則のことを英語では、“law of inertia”(ロー・オブ・イナーシア)と呼ぶ。inertiaには、「慣性」の他に、「不活発」という意味もある。自動制度を通じて、DC年金に加入し、掛金を支払い、運用をする人は、このinertiaの状態になり、「慣性の法則」に支配されているのかもしれない。
 

5――日本のDC年金におけるデフォルト商品運用

日本では、社会保障審議会企業年金部会において、DC年金のデフォルト商品運用について、規定を整備する方向で、確定拠出年金法等の改正が議論されている。2015年9月に、同部会で提示された資料によると、加入者に運用商品の選択を行うよう通知した上で、通知してもなお商品の選択を行わない場合には、一定期間経過後に、自動的に指定運用方法に基づく商品を購入する、ということが規定される方向である。現在、同部会で、詳細な取扱いや規定ぶりなどについて議論が進められている。
図表5. 指定運用方法に関する規定整備の方向性

6――おわりに (私見)

アメリカでは、DC年金において自動制度が徐々に浸透しつつあり、それに伴って年金プランへの加入率や掛金率が向上している。これについて、DC年金を通じた従業員の退職後資産形成が進むとして好意的な見方が出ている。何はともあれ、まず、従業員にDC年金に加入してもらい、掛金を支払ってもらい、資産運用を始めてもらうという点で、自動制度には一定の意義があるという見方である。つまり、これは、DC年金に対して、「習うより慣れろ」という考え方であろう。

しかし、そもそもDC年金は、退職後資産の形成を、加入者が主体的にリスクを負って行うものであったはずである。掛金設定や運用商品が加入時の初期設定に留まるinertiaの状態の加入者が多く存在することは、DC年金本来の意義を踏まえると、好ましい状況とばかりは言えないかもしれない。

日本では、現在、自動加入や自動掛金引上げは認められていない。デフォルト商品による運用については、前章のとおり、検討が進められている。その際、真に加入者の資産形成に役立つ年金制度とはどういう制度か、という視点から、検討を進めるべきと思われる。そして更に、加入者の理解が進み、年金制度の利便性が向上していくよう、デフォルト商品だけではなく、投資教育、その他各種情報提供のあり方等について、幅広い議論を行い、必要な制度改正につなげることが重要と考えられる。
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保険研究部   主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員

篠原 拓也 (しのはら たくや)

研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務

(2015年12月08日「基礎研レター」)

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