2015年11月20日

2015年超党派予算法が成立-17年の新政権発足まで政府機関閉鎖、米国債デフォルトリスクは低下

経済研究部 主任研究員 窪谷 浩

このレポートの関連カテゴリ

文字サイズ

1.はじめに

10月1日より新しい会計年度(16年度)がスタートした。もっとも、年度初までに歳出法案が成立しなかったことから、現状では政府閉鎖を回避するため12月11日を期限とする暫定予算で凌ぐ状況が続いている1

暫定予算審議の過程では、共和党保守派を中心に一部医療機関に対する補助金の取扱いを巡って審議が紛糾したため、9月末の期限が迫る中で暫定予算不成立に伴う政府機関閉鎖の可能性が高まっていた。共和党のベイナー下院議長は政府閉鎖を回避するため、自身の進退と引き換えに期限切れ直前で暫定予算を成立させた。

一方、債務上限問題についても、米国債のデフォルト回避のために11月月初の債務上限抵触前に法案を成立させる必要があったが、下院議長交代を巡る混乱で10月中旬になっても審議は滞っていた。

こうした中、10月下旬にオバマ大統領と、共和党および民主党の執行部が合意した2015年超党派予算法案(Bipartisan Budget Act of 2015)が突然発表された。同法案では16、17年度の予算枠や、17年3月まで債務上限の適用を先送りすることが示された。同法案に対しては、密室で決められたことへの一部議員の反発はみられたものの、28日に下院、30日には上院で可決され、11月2日に大統領の署名を経て成立した。法案の概要が明らかになってから、成立まで1週間程度とまさに急転直下の展開となった。予算法の成立によって、米国債のデフォルトリスクが回避されたほか、12月以降の政府閉鎖の可能性も低下した。

本稿では、米国予算審議の制約となる予算管理法について説明した後、今年度の予算審議を振り返るとともに、今回成立した2015年超党派予算法の内容と問題点、今後の予算審議の見通しについて解説する。
 
 
1 米国の予算編成プロセス等については、Weeklyエコノミスト・レター(15年2月20日)“米国予算審議がキックオフ”を参照下さい。

2.超党派予算法案発表以前の予算審議

(図表2)歳入・歳出、財政収支(GDP比) (1)予算管理法:予算編成における歳出額の制約

米国では、リーマン・ショックを契機とした金融危機に対応するため、大型の経済対策を実施した結果、財政赤字が09年度にはGDP比10%近い水準に悪化した(図表2)。

このような財政赤字の大幅拡大を受けて、財政赤字削減の仕組みとして、11年に2011年予算管理法(Budget Control Act of 2011、以下BCA)が制定された。BCAでは、12~21年度で裁量的経費に上限を設けて10年累計で0.9兆ドルを削減するほか、民主党、共和党議員で構成される財政赤字削減両院合同特別委員会が12~21年度で最低でも1.2兆ドルの財政赤字削減策を作成することが決められた。しかしながら、特別委員会は期限までに意見集約できなかったことから、BCAで規定されていたトリガー条項が発動した。これにより、累計1.2兆ドルの歳出削減を実現するため、12~21年度にかけて国防関連と非国防関連で同額を削減する強制歳出削減(Sequestration)を実施することとなった。

米国の予算編成作業では、これらの歳出上限を意識した運営がされている。もっとも、議会は強制歳出削減を回避する法律を施行して、歳出上限を超える歳出権限を付与することも可能である。実際14年度および15年度については2013年超党派予算法(Bipartisan Budget Act of 2013)により、裁量的経費の歳出額について国防関連、非国防ともに強制歳出削減で規定される歳出上限額を超える歳出が行われた。

さらに、アフガニスタンやイラクで展開する軍事作戦のための軍事費は一部海外緊急事態作戦費用(Overseas Contingecy Operation、以下OCO)から拠出されるが、これらの予算については歳出上限の適用除外となっており、BCAを回避するために活用されている。
 
(図表3)歳出・歳入、財政収支(GDP比)/(図表4)国防関連 (2)予算決議:6年ぶりに成立も大統領案と考え方に開き

予算編成プロセスでは、上記の歳出上限を意識しつつ、今後10年間の大枠を決める予算決議が議会で決定される。大統領は予算決議に先立ち、予算教書(大統領予算)を議会に提出することで、議会への要望を示すことが出来るが、予算決議は必ずしもこれに縛られない。このため、議会で野党が多数党である場合には、大統領予算と予算決議の内容が乖離することが多い。

予算決議は5月に議会で可決された。予算決議の可決は6年ぶりである。予算決議の決定プロセスでは、上下院別々に予算決議案を決定した後、両院で内容の摺り合わせる必要がある。昨年までは、上下両院で多数政党の異なるねじれ議会であったため、両院の意見集約ができず、予算決議が決定されないことが多かった。

一方、今回決定された予算決議(議会案)と大統領予算の中身を比較すると、財政赤字削減の方向性については一致しているものの、財政赤字削減のスピードや削減手段については考え方に大きな開きがある(図表3)。

また、現行法に基く予算見通し(ベースライン)と比較すると、議会案は歳出を大幅に削減することで10年以内に財政赤字の解消を目指す(「小さな政府」)一方、大統領案は歳入を増加させることで歳出上限を超える歳出拡大を目指している(「大きな政府」)。
さらに、毎年歳出額を決める必要がある裁量的経費について国防と非国防に分けて、歳出見通しを比較すると、大統領案では国防、非国防ともに歳出上限を上回る歳出を目指しているのに対して、
 
議会案は国防、非国防ともに歳出上限を守った上で、非国防の歳出削減を大きくしていることが分かる(図表4)。

もっとも、議会案は、表面的には歳出上限を守っているようにみえるものの、歳出上限が適用されれないOCOを大統領案より多額に計上することで、OCOを合わせた国防関連支出額では大統領案をも上回る金額を要求しており、実態的には守られていない。

(3)歳出法案審議:暫定予算が期限切れ寸前に成立、政府閉鎖は回避

5月の予算決議を受けて、議会は各省庁に裁量的経費の配分額を決めるための歳出法案の策定を進めた。歳出法案は複数の省庁分がまとめられて合計12本策定される。

予算編成のルール上は歳出法案を6月末までに成立させることになっているが、期限を過ぎることに対する罰則規定はないため、実質的な期限は9月末となっている。さらに、07年度以降は歳出法が9月末時点でも成立しておらず、新年度開始時には前年度予算を踏襲した暫定予算で凌ぐことが常態化している。暫定予算が期限までに成立しない場合には政府機関の閉鎖が発生する。実際、95年のクリントン政権や13年のオバマ政権で政府機関閉鎖が発生した。

16年度の歳出法案審議では、裁量的経費に対する与野党の考えた方が大きく異なっていたため、夏休みが終わり議会が再開された9月上旬時点でも歳出法案が1本も成立していなかった。このため、政府閉鎖を回避するために暫定予算が検討されていたが、「全米家族計画連盟」(Planned Parenthood 、以下PP)に対する補助金の扱いを巡って与野党の対立が先鋭化し、暫定予算の期限内の成立が危ぶまれる状況となっていた。

PPは主に低所得の女性に対して医療サービスを提供する非営利団体であり、全米700の医療機関を展開している。PPでは、妊娠中絶(医療サービス全体の3%)も行っているが、中絶した胎児の臓器を売買して利益を得ているとの疑惑が浮上したため、共和党保守派を中心に暫定予算を成立させる条件として、PPへの補助金削減を求めていた。これに対し民主党は疑惑には根拠がなく、低所得者の医療サービスへの影響が大きいとの判断から補助金削減に強硬に反対した。オバマ大統領も補助金削減を含む暫定予算案には拒否権の発動を明確にしていたことから、9月末に向けて13年以来となる政府閉鎖の可能性が高まっていた。

このような状況に対して、9月25日に下院のベイナー議長が10月末で議長を辞任し、議員も引退することを突然発表した。同議長は、政府閉鎖を政争の具にしている共和党保守派を痛烈に批判し、自身の進退と引き換えに、補助金削減を含まない形で期限切れ直前の9月30日に、12月11日までの暫定予算を成立させた。
 
Xでシェアする Facebookでシェアする

このレポートの関連カテゴリ

経済研究部   主任研究員

窪谷 浩 (くぼたに ひろし)

研究・専門分野
米国経済

経歴
  • 【職歴】
     1991年 日本生命保険相互会社入社
     1999年 NLI International Inc.(米国)
     2004年 ニッセイアセットマネジメント株式会社
     2008年 公益財団法人 国際金融情報センター
     2014年10月より現職

    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会 検定会員

公式SNSアカウント

新着レポートを随時お届け!
日々の情報収集にぜひご活用ください。

週間アクセスランキング

レポート紹介

【2015年超党派予算法が成立-17年の新政権発足まで政府機関閉鎖、米国債デフォルトリスクは低下】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

2015年超党派予算法が成立-17年の新政権発足まで政府機関閉鎖、米国債デフォルトリスクは低下のレポート Topへ