コラム
2015年09月28日

木で造る高齢者施設の効用

加藤 えり子

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最近、建築や不動産関連のメディアに限らず一般誌でも戸建住宅以外の木造建築の試みが取り上げられている。今年6月の建築基準法の改正が影響していると思われる。この改正により、従来は耐火構造にすることが求められた用途・規模の建物でも、定められた性能基準を満たせば、準耐火構造が認められるようになり、木造で建築できる建物の範囲が広がった。

それより先んじて、2010年に「公共建築物等における木材の利用促進に関する法律」が施行され、公共建築物は可能な限り木造化、または内装等の木質化を図るという国の考え方が示された。この背景には、国産木材の国内需要を促すことがある。同法で木材の利用を促進すべき公共建築物には、「(1)国又は地方公共団体が整備する」ものと「(2)それ以外の者が整備する(1)に準ずる」建築物があり、いずれにも社会福祉施設、病院・診療所などが含まれる。また、3000m2を超える木造の場合には防火区画が求められることや耐震性確保の観点から、大規模施設の場合には、単純な木造ではなく、RC造や鉄骨造との混構造の採用も促進されている。

高齢者施設は、社会福祉施設に含まれることから木材の利用促進の対象であり、比較的規模の大きい施設では、混構造を採用する事例も見られる。また、輸入材を用いたツーバイフォー工法による高齢者施設の建設も増えつつある。ツーバイフォーに限らず木質系の住宅メーカー各社が、今後需要のある領域として高齢者住宅を位置づけているのと同時に、土地所有者の有効活用でも木造の高齢者施設の検討が増えてきていると聞く。

木造による高齢者施設のメリットは、入居者の立場からは、居住空間としての親和性、転倒しても骨折しにくいこと等がある。工法により違いはあるが、住宅メーカー等が提供する標準的な仕様ならばRC造など他の構造よりコストが低く、施設入居の料金体系によっては事業者と入居者の双方にコストメリットが働く可能性もある。また、木造建物は減価償却期間が短く、建物を所有する事業者にとっては、法人所得税を抑える経営上のメリットもある。

超長期で考えると、取り壊しが比較的容易であることも木造の長所といえる。人口動態をみれば、団塊世代と団塊ジュニアの山を経て高齢者人口も減少する。施設入居率が高まったとしても将来、多くの施設が稼動しなくなる可能性もある。そうしたときに廃墟として残さないのであれば、木造の環境負荷は少ない。

輸入材を使うツーバイフォー工法の場合は国産材利用には繋がらないものの、在来の木造軸組工法や木質系パネル工法、内装材などで国産材の利用は少しずつ増えてきている。国産材を用いた新しい製材として耐火性能、構造強度に優れた直交集成板(CLT)なども注目されているが、まだコストが高く、需要喚起が求められる状況にある。最近では、こうしたCLTとツーバイフォー工法を組み合わせるなどの模索もされている。高齢者人口が増加する中で、今後、高齢者施設は増やしていく必要があり、そこに新製材も含めた国産材が使われれば、需要を牽引する可能性がある。課題である新製材のコスト低減については、まずは量産に向けて実績が増えることが求められるが、高齢者施設での活用もその一翼となり得るのではないだろうか。

昨年から今年にかけてヘルスケアリートが3社上場した。減価償却期間の短い木造高齢者施設に投資した場合、取得価格に対して減価償却費が大きく、配当利回りを低下させる可能性があること、小規模な物件が多いことなどから、リートの投資対象となるハードルは高そうだ。しかし、大手住宅メーカーが、木造高齢者施設のリートへの売却を今後模索するという報道もあり、可能性がないこともなさそうだ。

個人的な見解をいえば、木は、高齢者、高齢者を訪ねる家族、さらにはそこで働く方々に優しい。米国リートに組み込まれた高齢者施設には、ツーバイフォー工法による木造の建物も多く、それらの施設は開放的で、共用スペースが充実している印象がある。必要な性能を備え、魅力ある空間を持った木造高齢者施設が多数建設されることに期待している



 
 本稿は、不動産経済研究所『不動産経済ファンドレビュー』2015年9月5日号に寄稿した内容を加筆修正したものです。
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加藤 えり子

研究・専門分野

(2015年09月28日「研究員の眼」)

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